一昨日いらして? 〜今更好きと言われても、ダンジョン攻略に夢中なので〜

@Kimagureyariika

第1話 失恋したのね、私




失恋したら泣くものだって、一体誰が決めたのかしら。


私って人でなしなのかもしれない。ふとそう思う瞬間がある。たとえば大好きだった友達が遠くの国に引っ越すことになった時とか、友達だと思っていたあの子に陰で悪口を言われていた時とか、大好きだった人に言葉にもしてもらえず振られた時とか。

いつだって、私は泣かなかった。勿論悲しいし、傷ついたし、落ち込んだけれど、引っ越した友達は見えなくなっても地平線の向こうにいるのだし、友達だと思っていたあの子と過ごした楽しい時間だってなくなるわけじゃないし、大好きだった人を大好きだった日々は幸せでしかなかった。なのに、どうして涙が出るのか分からない。

そう話したら、親友のミーシャはクッキーを齧りながら呆れ顔をした。


「………………リリーって本当に変な子だよね〜」


「その台詞何回目よ」


「もう一万回は言ってる。でもやっぱりおかしいよ。ひどい振られ方してるのにケロッとしてるなんて」


「そんなにひどいことされてないわよ。告白しようとしたら避けられただけよ」


「それも3回もね!サイテーあいつ!代々王族に使えてる一族か何か知らないけどさ!」


ミーシャは小さな唇を突き出しながら忌々しげに言った。白い肌に栗色の髪を腰まで伸ばし、小さな背のミーシャは一見か弱くおとなしそうに見えるけれど、実際はすごく気が強くて少し口が悪い。けれど人一倍友達思いの彼女が私は大好きだ。


「ねーぇ、気晴らしに髪型でも変えてみない?せっかく綺麗な黒髪なんだからさあ、三つ編みばっかじゃもったいないって。アイツのこと見返して鼻で笑ってやろうよ!」


「大丈夫。気に入ってるのよ、この髪型。邪魔にならないし」


断るとミーシャは不服そうに口を閉じた。こうやって私の為に怒ってくれることは嬉しいけれど苦笑いをするしかできない。だって、もう私の中では終わった話だったから。

親友のミーシャとは幼馴染だ。私の家は代々ポーション━━━━━痛みを止めたり傷の回復を早めたりする効果を持つアイテムを作っていて、ミーシャ家は防具を作っている。二人とも職人の家に生まれたからか気が合い、私たちは姉妹のように一緒に育った。そのせいか考え方も似てきたようで、示し合わせたりしていないのに、私達は二人揃ってこの王都魔術学園に入学をした。二人とも、最新の専門知識を学んで家業を盛り上げられたら。そんな思いからだった。有名な教授から専門知識を学び、実践して。勉学に明け暮れる日々の中、私はライナスと仲良くなった。

ライナスは王族に仕える一族の方で、入学直後から学園中から羨望の的になっていた、らしい。私もミーシャもそう言うのに疎かったから、それを知ったのはライナスと仲良くなった後だった。それを知った後でもライナスは対等な関係で居たいと言ってくれて、私たちは親友になった。


『損得抜きにして俺だけを見てくれる人なんて初めてだ』


ある日、ライナスがポツリとそう呟いたことがある。


『そんなことないわよ。ライナスって皆に人気じゃない。いつもいろんな子に囲まれてるし』


『あれは俺の家柄が人気なんだよ。俺自身なんてそう大した人間じゃないのに』


『そんなことないったら!剣の扱いだってすごいじゃない。あれは家柄や、血筋だけでなんとかなる問題じゃない。ライナスの努力の証だわ』


私がそういうと、ライナスはぽかんとした後、今まで見たことがないように嬉しそうな顔をして笑った。私はその瞬間、ライナスのことを好きになってしまった。

それからあっという間に3年間が過ぎ、私たちはあと2週間で卒業を迎える。ライナスは卒業したらそのまま王国騎士団に入隊すると聞いた。王国騎士団に入ってしまえば特訓の日々が始まり、中々会えなくなってしまう。だから、最後に━━━━━━ライナスに、気持ちだけ伝えられたら。そう思ったのだけれど。


『すまない。剣の稽古があるから』


『今日は教授と会食する予定があるんだ。すまない』


少し時間が欲しい。何をするのかをぼかして、そうお願いだけした時の、ライナスの困ったような顔と、続く台詞に、心のどこかではもう気づいていた。他の生徒の告白の誘いにはしっかり応じた上で丁寧に断っていたのに、私だけはその機会すらもらえなかった。それでも私は愚かだったから、どうしても諦めきれなくて、せめて直接じゃなくていいから断ってほしくて、気持ちを綴った手紙を手渡した。ライナスはやっぱり困ったような顔をして手紙を受け取って、そのまま去っていった。

その後すぐ、ライナスと仲がいい王家一族のエルウィン様が私のところに来て、すごく言いづらそうに言った。


『…………ごめんね。直接言えって言ったんだけど…………。ライナスはね、君とはすごく仲がいい友人だと思ってて、…………どうしても、その関係を壊したくないんだって』


『─────────』


心臓がギュウ、と握りつぶされたように苦しくなる。分かってる。ライナスは私を傷つけたくなかったんだ。だから、エルウィン様に頼んだんだ。

それでも、せめて、あなたの言葉が欲しかったな。

ス、と息を吸い込む。冷えた空気が肺に心地よかった。心地よい冷気が体を巡り、痛みを癒し、同時に脳裏にライナスとの思い出が輝いた。どれもこれも幸せで、それを思うだけで悲しみが消えていく。


(失恋したのね、私)


その事実がストンと腑に落ちる。そうだ、それだけ。ポーションを作る材料を一緒に探しに行ったことも、その帰り道に一つのミルクティーを分け合って飲んだことも、一緒に魔法攻撃の特訓をしたことも、思い出が台無しになる訳じゃない。剣を振るうたび焦茶色の髪が揺れるところも、前髪から覗く金色の混じった瞳も、笑い顔も素敵だけれど、その隣にいるのが私じゃなくたって、それでいい。


『………………あの、リリー。………………大丈夫じゃないだろうけど、大丈夫かい?』


『え?────────ああ、ええ。もう大丈夫です』


私の答えに、エルウィン様が困ったような顔をした。私が無理をしていると思ったんだと思う。本当にそうじゃないのだけれど、無理にわかってもらうつもりはない。

私はエルウィン様に深々と頭を下げる。


『お気遣いいただきありがとうございました。嫌な役をさせてしまい申し訳ありませんでした』


『いやいやとんでもない!こちらこそ、礼を失するようなことを─────』


『いいえ。────友人ですもの。傷つけるつもりがなかったことぐらい分かりますよ。──────私、ライナスを好きになれてよかったです』


そう答えて、顔を上げて微笑む。それで、私の恋は完璧に幕を閉じた。それで、おしまい。


「──────ねえリリー、聞いてる!?」


ミーシャの声でハッとして回想から戻る。


「もー、窓辺でお茶するとすぐウトウトするんだからさぁ」


「ごめんごめん、で、なんだっけ?」


ミーシャは紅茶に角砂糖を3つほど追加しながら言った。


「だから、卒業後の進路。私、お父さんたちが家に帰ってきてお見合いしたらどうかとか言われててさあ。まだお父さんたち元気だし、家業継ぐまでに時間もあるから、もう少し自由にさせて欲しいよね」


「ミーシャは優秀だから、フレドリックさんも家を継いで欲しいんじゃない。ミーシャってずっと学年2位だったでしょ」


「ライナスのアホがいなきゃずっと一位だったけどね!でもだからって気が早いんだよ!私の意思は!?そもそも私じゃなくてもお姉ちゃんも弟もいるのに!」


「ううーん、それは確かに。うちもお兄ちゃんいるし、お兄ちゃんが継ぐだろうけど…………」


そう言いながら、自分の両親もきっと見合いを勧めるだろうな、となんとなく思った。ミーシャみたいにやりたいことも特にないから、別に不満じゃない。元々私は物事への執着が薄いのだ。ポーション作りはそれが家業だったから頑張っているだけで、心から熱中したことなんて、何一つない。


「………………私、ミーシャが羨ましいな」


「え?」


「私、自分のことがよくわからないの。自分がやりたいことが思いつかない。私のやりたいことって、なんだろうね…………」


思わずポツリと呟くと、そんな私をミーシャがじっと見て、短く深呼吸をしてから言った。


「それなら、リリー──────、私と一緒に事業やろうよ」


思いがけない言葉に、一瞬だけ呆気に取られる。それから、ミーシャの生き生きとした目を覗き込んで尋ねた。


「………………事業って?」


「ダンジョン商売」


「…………………ダンジョン商売?」


聞きなれない単語に困惑する私を他所に、ミーシャはジャリジャリと音を立てながらティースプーンで砂糖と紅茶をかき混ぜ、一息に飲み干してから姿勢を正してこう言った。


「ダンジョンについては知ってるわよね。魔力量が多いエリアで、魔物の住処になっている場所のこと。今までは危険すぎて中々足を踏み入れることができなかったけれど、色んな魔物の生態研究が進んできたのと、近年魔術の発展に伴って魔具や魔術が急速に進化してきてる影響で、ダンジョンを開拓しようってムーブメントが起こってるの。ダンジョン内にはレア素材がゴロゴロ転がってるし、一攫千金を夢見て訪れる冒険者や度胸試しの為にダンジョンに挑む人も多くなってきた。でも、そもそもダンジョンに入ろうとする人のは庶民から中流階級の人がほとんどだから、防具やポーションを用意できるだけのお金すら無い人の方が多い」


ミーシャの話に、昨日読んだ新聞記事を思い出す。そういえば確かに、ダンジョンに碌な装備もせず挑む人が増えて怪我人や行方不明者が急増していると報じられていたハズだ。


「………………元々防具や武器は騎士団や王族向けに作られてるものが多いものね。ポーションはまだ冒険者向けだけど、材料を集めるのに時間がかかるせいで沢山作れなくて、流通数も少ないせいでどうしても高価になってしまうし」


ポーション作りにおいての一番の難関は材料集めだ、と言われているぐらい、ポーションの材料は幅広い。ポーションの種類によるけれど、庭先でつめる薬草を使うこともあれば、キングスネークの唾液な必要なこともある。基本需要が高いのはレアな素材を使ったものが多いから中々たくさん作れず、しかも材料が高いからポーション自体も結局高く売らないと生活が成り立たなくなってしまう。防具だってそうだ。ビッグフットドラゴンの皮や、ミスリル合金みたいなレア素材を使って作る鎧が多くて、どうしても高く売るしかないから、お金を持っている人にしか流通していない現実がある。

そんなの考えを見透かしたように、ミーシャが目をきらりと輝かせた。


「私、そこに商機があると思ってるんだ。これ見て」


ミーシャは一枚の大きな紙を取り出して机に広げた。そこには王国の地図とともに魔力の分布図、ダンジョンの位置関係が書き込まれていて、その下にびっしりと今後の計画が書かれていた。ミーシャが長い時間をかけて考えたことが一目で分かった。


「すごい………………」


「感心するのはまだ早いよ。今この国には大小訳20のダンジョンがある。調査した時から自然発生した分もあるから、もう少しあるかもだけど」


そう言いながら、ミーシャは地図上の北側にあるダンジョンを指差した。


「今のところこの1番大きなダンジョンが開拓先として選ばれてて、立ち入る人の人数も多いみたい。ねぇ、もしも、この大きなダンジョンの前にポーションや防具が比較的安価に手に入る店があったら、どう思う?」


「………………それは、すごく人気になると思うけど…………。そんなの、どうやって」


私の質問に、ミーシャがニヤリと笑ったまま黙り込んだ。リリーならわかるでしょ、と言わんばかりに笑いかけた。少し考えて、ミーシャの考えていることを思いついてしまって目を丸くした。


「ちょっとまさか─────ダンジョンに入って直接材料を仕入れて、私たちで商品を作ってダンジョン前で売るってこと!?」


「その通り!ダンジョンで自分で材料を仕入れたらほぼタダだし」


ミーシャが満足そうに頷いて、ティーポットに残っていた紅茶を私とミーシャのティーカップに均等に注いだ。ミーシャが自分の分に角砂糖を4つボトボトと落とすのを呆然と見つめて、すぐにハッとして首を横に振る。


「いやいやちょっと──────、危険すぎるわよ!私たちそんな、冒険者でもないのに」


「何言ってんの、この学校で散々攻撃魔法習ってきたでしょ。二人で魔物の討伐ボランティアだって行ったじゃない。それにリリーは回復ポーションも作れるんだから、そこらの冒険者よりずっと安心よ」


「でも───────」


「ねえリリー、考えてみてってば。まず、商売の要は“いかに余分なコストを削れるか“と“いかに安定して供給ができるか“だよね。コストが高いとどうしても安く売れないし、安定供給できないと買いたい人がいても在庫がなくて売れない、なんてことになるからね。ダンジョンに潜って自分たちで材料を集めて作って売れば、これを一度に解決できる。これってすごいことじゃない?私たちならできるよ」


「そんなこと………………───────」


ミーシャの説得を断ろうとして、咄嗟に脳内で考えてしまう。確かに、学校のカリキュラムの一環でそれなりに魔物に対する実践経験は積んできた。身を守る魔術も習得しているし、何よりもミーシャの話は理にかなっている。

そして何より、面白そうだ。

しばらく黙って私の返事を待っていたミーシャが、ふいに小皿に残ったクッキーを摘んで、私の口元に持ってくる。まるで、食いつけ、とでも言わんばかりに。


「私は防具作りと営業、リリーはポーション作りと経理、食料や武器はまぁ…………後々考えるとして。…………私たち、この魔術学園でパンクしそうなほどの知識を蓄えて、魔術の修行も続けて、実践も重ねてきたよね。ねえリリー、私、結婚が私の幸せだなんてどうしても思えないの。私はやりたいことがある。自分の足で立って、世界の力を試したいの。ね、リリー。一緒に行こうよ」


私は少しの間、ミーシャとの未来を空想してみる。結婚して子供を産んで、なんて想像していた未来とは無縁な日々。今まで一度も想像したことがないような人生の選択肢は、きっと苦労の連続だ。


「………………………………………」


でも、───────でも、なぜだか不思議と、ミーシャの手をとってみたくなる。


「ミーシャ」


「なあに?」


「───────やってみるわ」


ミーシャの手のクッキーを摘んで食べる。途端にミーシャが飛び上がって喜んで、テーブルに上半身を乗り出して抱きついてくる。


「嬉しい、ありがとうリリー!」


「いいけど、卒業二週間前に言わないでよ。ギリギリじゃない」


「本当はずっとリリーのこと誘いたかったのよ、でも───────」


ミーシャが私の肩に顔を埋めて言い淀んだ。すぐにライナスのことだと思い当たって、ミーシャを抱きしめる力を強める。


「ミーシャ。…………私とライナスのこと、見守っててくれてたのね。ありがとう」


ミーシャは私の肩に顔を埋めたまましばらく黙っていた。けれど、そのうちに小さく鼻を啜る音が聞こえて、肩がじんわり暖かくなる。


「………………リリーに、好きな人ができたって聞いた時、本当に嬉しかっ他のに。…………私、…………リリーに、幸せになって欲しかったの………………」


「幸せよ。ミーシャみたいな親友が一緒にいてくれるんだもの。……………大好きよ、ミーシャ」


そう囁くと、啜り泣きが大きくなる。私はミーシャの小さな体を抱きしめながら、どうして私は少しも泣けもしないんだろう。そんなことを思っていた。




つづく

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