仮面博物館の夜勤ルール
Van
第1話 入社初日
入社初日、周防主任(すおう けんいち)が紺色の表紙を持つ手帳を俺の手に突きつけた。表紙の金箔押しの「面影館 夜間パトロール規定」が蛍光灯の下で冷たい光を放っている。
彼の眼下のクマは手帳よりも濃く、話すたびに無意識に襟元を触る —— まるで何かを隠しているようだ。
「颯太(そうた)、俺たちのここは特殊だ。夜勤中はこの手帳の通りにしろ」主任は最初のページをめくり、指腹で整然と印刷された明朝体(みんちょうたい)の文字をなぞる。「覚えておけ —— 規則は命だ」
面影館(おもかげかん)は京都老城区祇園東側の路地裏に隠れている。外壁には蔦が一面に這い上がり、まるで緑の斑のある古い傷跡のようだ。
館内には弥生時代から江戸時代までの千枚以上の面が収蔵されている —— 銅鐸面(どうたくめん)、木製面、皮革面、笑う面、泣く面、猟奇的な面…… 昼間は観光客に公開され、夜は俺たち三人の夜勤警備員(やけんけいびいん)が交代で看守する。俺は三人目で、先月突然失踪した佐藤悠真(さとう ゆうま)さんの後釜だ。
俺はドキドキしながら、那些明朝体の文字を見つめた ——
「夜間パトロール規定(夜勤 22:00 - 翌朝 6:00 適用)」
1.22:30 までに最初のパトロールを終了し、全ての展示ケースの錠前が完好であることを確認せよ。展示ケースのガラスに曇りが生じた場合は、乾いた布で拭くこと。息を吹きかけたり、水をかけたりすることを禁止する。
2.紅鬼(べにおに)の展示エリアでの停留時間は 5 分を超えてはならない。「江戸時代・能面『紅鬼』」と記された赤い面への接触を避けよ。同面は温度に敏感で、人体に触れると色が変化する。
3.溜め息の音を聞いた場合、即座に二階西側の「白巾着面(しろきんちゃくめん)エリア」へ赴き、一番左の展示ケースの銀色の面(平安時代の白巾着面)を取り出して着用せよ。溜め息の音が消えるまで着けたままにする。白巾着面は感情不安定者を鎮める効果がある。
4.面を着用した職員に遭遇した場合は、胸元の番号を確認せよ。番号が三位の数字で末尾が奇数の場合は信頼可で、指令を遵守してもよい。末尾が偶数の場合は無視せよ —— 彼らは退社時に面を外さなかった同僚に過ぎない。
5.午前 3:00-3:15 は「沈黙時間」とする。この期間中は足音を含む一切の音を発することを禁止する。背後に呼吸音を聞いた場合、振り返ってはならない。最寄りの立て鏡の前まで等速で移動し、30 秒間立ち続けよ。彼らは映り込みを嫌う。
6.展示ケース内の面の位置がずれていた場合は、元の位置に戻せばよい。ただし、面と目を合わせる時間は 3 秒を超えてはならない。特に「平安時代・浮世絵風美女面(うきよえふうびじょめん)」に注意せよ。同面の目は光の変化に応じて回転し、長時間目を合わせると親しみを感じるようになる。
7.当直室の引き出しに予備の面(江戸時代の黒漆面(くろうるしめん))が用意されている。自身の影がゆがみ始めた場合、即座に予備の黒漆面を着用せよ。同面は影を固定する効果がある。
8.地下室の「禁断の陳列室(きんだんのちんれつしつ)」への侵入を絶対に禁止する。そこの面には番号がなく、主动的に挨拶をする。地下室からノックの音が聞こえた場合、聞こえなかったふりをし、ガーゼで耳をふさぎ 10 分間待て。
9.夜明け前の最後のパトロールで、全ての面が展示ケースに戻っていることを確認せよ。某の面が消失していた場合は、手帳の最後のページに消失時間と特徴を記録する。捜索することを禁止し、翌日には自動的に元の位置に戻る。
10.交接(こうけつ)時に手帳が完好であることを確認せよ。手帳のページが減少していることを発見した場合は、即座に最後の三ページを撕いて焼却せよ。新しい手帳が当直室に自動的に出現する。覚えておけ —— 規則は永遠に正しい。規則への疑いは不要な注目を招く。
周防主任は手帳を俺の手のひらに叩きつけた。「前半は大抵問題ないが、後半は気をつけろ。佐藤は規則通りにしなかったから、今では行方不明になっている」彼はこう言って慌てて立ち去り、廊下の明かりで影がゆらゆらと揺れる —— まるで何かに引きずられているようだ。
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