第二章 『とめどない私達は』 私たちの笑顔 9話
「いらっしゃいませ!」
いつものように、パンを買いに来るお客さんに笑顔を向
ける。カーディガンやジャケットを羽織る人が増えて、季節の変わり目を肌で感じる日々。
少しずつ香りはじめた秋の匂いに、心をそっと重ねる。そのたびに、自分の中の小さな変化と、積み重なっていく日常を確かめるように――。
私は、これからどこに向かえばいいんだろう? その先にある未来を、どう形づくっていけばいい? そんな、とめどない不安が時々胸の奥を泳ぎながらも、この一瞬の空気と温度を、ただ噛みしめていた。
「美心ちゃん! 十七歳の誕生日、おめでとう!」
まさかのサプライズに、一瞬腰が抜けるかと思った。
お店を閉めて、帰り支度をしていた私を、笑美さんがニヤニヤしながら呼び止めて——。気づいたときには、目の前に小さなケーキとプレゼント。
「驚いた?」
笑美さんは、いたずらっぽく目を細めて私を見た。
「う、嬉しいのと……驚きで、声が出なくて……」
「よかった。ちゃんと準備して正解だった」
十月十六日。今から二日前、私は十七歳になった。
この一年は、きっと本にできる。そんなふうに思えるほど、いろんなことがあった。
誕生日の当日は美咲と千里が盛大に祝ってくれた。嬉しくて、でもちょっと恥ずかしくて。 二人の前でちゃんと笑えるようになった自分の笑顔を、そっと見つめる。
まだ少しぎこちなくて、迷うこともあるけれど――それでも、ちゃんと笑えてる。
「このケーキはちゃんと手作りだよ」
パンみたいな、でもケーキみたいな。丸いデニッシュの上に、色とりどりのフルーツとクリームがこんもりトッピングされている。
「パンのケーキ……パンケーキ?」
「ちょっと! 美心ちゃん」
笑美さんのくすくす笑う声が、もうすっかり私の日常の一部になっている。
「そしてこれは誕生日プレゼントだよ」
そう言って、笑美さんは袋に入った包みを差し出してくれた。
「あけてもいいですか?」
「もちろん!」
中に入っていたのは、青色のふわふわしたマフラー。手に取っただけで、やさしいぬくもりがじんわり伝わってくる。
一年前の私なら、「似合わない」って思っていたかもしれない。
でも、今の私なら——ううん、今の私だからこそ、これを着けたいと思った。
「ありがとうございます!」
「冬の先取りってことでね」
「はい。絶対つけます。大切にします」
この冬も、その先の春も——私は私を見つけながら、生きていきたい。
「あ、あともうひとつ、プレゼント……的な」
「え?」
資料が詰められたクリアファイルを、笑美さんが差し出す。
「ハロウィン限定の新商品。美心ちゃんにも、そろそろ作り方覚えてもらわないとね」
「は、はい!」
まずは、十月の終わりに向けて、心のギアをひとつ上げてみる。
秋の訪れは、息つく暇もないけれど——それでいい。
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