第二章 『とめどない私達は』私の色 7話
「どうして、何も言わずに学校やめたの?」
公園について、最初に口を開いたのは千里だった。その声は、ためらいも優しさも削ぎ落とされていて、まっすぐに突き刺さる。
「私たち、何かした?……何にもしてないよね? 毎日笑って、たくさん話して……美心は、美咲とずっと楽しそうだったのに。なのに、どうして? どうして急にいなくなったの。一言も話さずに、勝手にいなくなって……ねえ、どうして?」
途切れ途切れの息を押し殺すように、千里の言葉は矢継ぎ早に突き刺さる。その芯が胸の奥を打ち抜いて、痛みはただの針なんかじゃない。もっと深く、もっと重く――心臓の中心に杭を打ち込まれるような痛さだった。
「黙ってないで教えてよ……。美心のせいで、美咲が……美咲が……」
「み、美咲が……?」
その名前を聞いた瞬間、反射みたいに心が跳ねた。
『美咲』――脳みそがその言葉に勝手にロックオンして、私の意思なんて無視して、何度もその音を繰り返す。
「美咲ね、全然笑わなくなったの。周りから見たら、何も変わらないように見えるかもしれない。でも……わかるでしょ? 美心なら、わかるよね? ずっと苦しそうで、あの時みたいに、笑わないの。……美心がいなくなってから、ずっと。ずっと、そんな感じなの」
千里は涙をこぼしながら必死に言葉を継いだ。
「なんでか分かるでしょ? 美咲には……美心しかいなかったから」
今までのどんな言葉よりも、その一言が重く、心臓を真っ直ぐ突き刺してきた。致命傷になりそうで、目の前の視界が黒く塗りつぶされていく。――そうだ、予感はしていた。いつか、こうなるかもしれないって。
でも私は、その予感から目を背けてきた。考えることすら放棄して、ただ逃げていた。
「……全部、分からなくなって、どうしたらいいか分からなくて……それで、逃げたの」
震える声で、それでも私は足を一歩、前に出した。
「私……千里にも、美咲にも、一度だって本当の姿を見せられなかった。私ね…ずっと昔から空っぽで、自分が何者かなんて分からなくて……好きなことも、やりたいことも、何ひとつ分からなくて。ただ流されるように、生きてきて……それで」
地面を踏みしめるたびに、やっとの思いで言葉を吐き出していく。まるで、自分の正体をさらけ出すように、仮面をひとつずつ外すみたいに。
「みんなに合わせて笑って……嘘ついて……でも、それが気持ち悪くて、嫌で、もうどうしようもなくて……」
言葉が急に止まる。ブレーキを踏んだみたいに、息が詰まって、先に進めなくなった。
「なんで? いつも三人で……美咲とあんなに笑ってたじゃん……。あれも、『嘘』だったの? ほんとは私たちなんて…美咲のことなんて、どうでもよかったの? ひどいよ、意味わかんないよ」
千里のかすれた声が、胸の奥で何度も反響して離れない。
「違う。あの時間は……ほんとうに楽しかったの。楽しかったけど、ずっと自分が分からなかった。本音も、悩みも、ひとつも言えなかった。心の奥に、埋まらない何かがずっとあって……」
――一人で逃げて、ごめん。
――隠してて、ごめん。
――仮面をかぶってて、ごめん。
これが、花澤美心という人間なの…。
「ごめんなさい。全部、ごめんなさい」
繰り返すことしかできなかった。今の私にできることなん
て、謝ることしかなくて。
「私は……また、三人で笑いたい。美咲が、美心が、一緒に笑ってるところを、もう一度、見たいの。見たいのに、もうどうしていいか分からないんだよ」
声が落胆と一緒に沈み込む。
私も同じだ。どうすればいいのか、何をすべきなのか。考えれば考えるほど靄がかかって、答えはぼやけていく。夕日の光に、ただ縋るように視線を投げてしまう。
「美心がさっき、パンを売ってるのを遠くから見てたんだ。それで……すごく楽しそうだった。学校にいた頃よりも……なんかずっと」
「え?」
「だから……私は……私はまた笑ってほしくて。美咲にも、美心にも……それだけ…」
それ以上は何も言わず、千里は背を向けた。夕焼けに伸びるその影を、私はただ、追いかけることしかできなかった。
「わかんないよ」
独り言みたいに、自分にぶつける。わかんない、わかんない、わかんない。
やっと少しずつ色が差し込んできたはずなのに、また世界が曇っていく。
本当は向き合わなきゃいけないって、頭では分かってる。でも——『勇気』だけは別で、足を踏み出すその一歩がなきゃ、私は何も始められない。
涙が込み上げてきた頬を、指先でぎゅっと抓って堪える、
笑美さんの前に、泣き顔なんて持ち帰るわけにはいかない
から。
ヒリヒリと焼けつくような夕焼けに、私も背を向けた。
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