第51話 街と魔物

 街の中は大混乱だった。


「い、いやあああ! なんで、街の中に魔物がいるのよ!」

「た、助けてくれ! 衛兵! 衛兵は、何をしているんだ!」


 突如として襲い掛かってくる魔物と、逃げ回る街の住民たち。道路に出ると逃げ惑う人々と魚のような顔をした魔物が争い合っていた。粒子になって消えていく人もいて、街は相当な被害があるようだった。


「衛兵は何をしていやがる! こんな時は真っ先に来てくれるんじゃないのかよ! それになんだ、あの半魚人は!」

「スキャン完了! なに? サハギンって・・・。こんな魔物、初めて見たんだけど!」


 スマホを構えたアキミが、悲鳴のような声を上げた。


 シュウにとっても未知の魔物だった。人間のように二足歩行をしているが。かなりの猫背で、手にはモリのようなものを持っている。無感動に丸い目をして、鼻はない。魚のような顔は、かなり嫌悪感を覚えてしまう。陸上でも素早く動けるようで、逃げ回る街の住民たちを追い回していた。


「た、助けて!」

「ぎょぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 住民の背中にモリを突き立てようとした、その時だった。


 ずどん!


 魔物がいきなり吹き飛んでいく。その首筋に刺さっている一本の矢。驚いて振り返るシュウの目に入ったのは、厳しい顔で睨んだまま次弾を用意するケイの姿だった。


「すぐに建物の中に! 魔物は私たちがなんとかします! それまでは身の安全を第一に考えてください!」

「あ、あんたは! わ、わかった。しばらく隠れている!」


 コロは冷静に街の住民たちを誘導すると、ケイたちを振り返った。


「ケイさん。ありがとう。あとは僕がやります。皆さんも、ここに隠れていてください。私は魔物を殲滅します」

「私もお手伝いしますわ。これでも正同命会の探索者ですから」

「正同命会だけに好きにさせるわけにはいかないわね。私たち魔線組も、個々の魔物に対処します。アキミはここでシュウさんと待ってて。すぐに済ませるから」


 ケイとサナが競い合うようにそんなことを言い出した。でもアキミは激しく首を振った。


「ううん。私も行く! あの魔物をスキャンしたのは私だよ! 私だって戦える! こんなところでまごまごしているわけにはいかないから!」


 さっきまで落ち込んでたとは言えないくらいのアキミの表情だった。決意を込めた目で2人を交互に見回している。


 そんな彼女を見てシュウ溜息を吐いた。そして外を覗き込んでいた店主に話しかけた。


「マスター。ここを頼めるか? 俺たちは魔物を退治する。逃げ遅れたやつがいたらここに誘導するからよ」

「あ、ああ! わかった。俺だってこの店を守ることくらいはできるさ。それよりも、逃げ遅れたやつらを助けてくれ。戦えるお前らに頼りきりなのは情けない限りだが」


 落ち込んだように言う店主に、シュウは笑いかけた。


「なに。いいてことよ。よし! それじゃあやるぞ! 見たこともない魔物だけど、街の被害を食い止めるぞ!」


 意気込むシュウに、3人の女たちは同時に頷いたのだった。



◆◆◆◆



「ほあああああ!」


 コロが放った刀が、サハギンを両断した。巨体から放たれた一撃は、固いうろこに覆われていたはずの魔物をあっさりと真っ二つにしてしまった。


「コロさん! さすがですね。初見の魔物をアビリティも使わず簡単に倒すなんて」

「これでも先生と一緒に戦ってきましたからね。初見の魔物に対応するのも慣れているんですよ」


 ケイの称賛に鼻息荒く答えるコロ。サナは彼に頷くと、何かを考え込み始めた。


「さすがは大将だな。あっという間じゃねえか。スキルもアビリティもつかっちゃいねえんだろ?」

「長年先生の教えを乞うてきましたからね。この程度の魔物なら僕でもどうとでもなります。確かに素早いし、うろこもある程度の強度がありますが、刀を扱える人間なら斬れないことはないですから」


 礼の大剣を手にするコロをちらりと見ると、サナは大声で叫び出した。


「オミ! こっちです!」

「サナか。とんでもないことになったな」


 くわえたばこをしながら近づいてくるオミを笑顔で出迎えた。


「ぎょわわわわ!」


 そんなオミに飛びついてきた影が一つ。サハギンだ。サハギンが、うろこを刃にしてオミに迫ってきたのだ。


「オミさん!」


 思わず叫んだアキミの視界に、一瞬オミが掻き消えた。サハギンの一撃が空を切り、消えたオミをきょろきょろと探し出す。


「遅いんだよ」


 ぎょっとして振り返ったサハギンの顎を、オミが突き上げた。オミのアッパーカットが、サハギンに直撃したのだ。浮かび上がったサハギンの腹にオミの左ストレートが突き刺さる。


 流れるような連続攻撃でサハギンに対処したオミ。サハギンはあっさりと粒子になってオミのポケットに吸い込まれていく。


 驚いて倒れた町の住民を、オミが手を貸して起こした。そしてそっと、その背中をシュウたちのほうに押した。驚いた町の住民にオミが喫茶店のドアを指さすと、住民は混乱したような顔をした。


「みんな! 喫茶店に避難してくれ! あそこでお前たちを町の住民を保護している! しばらくは、あそこに隠れていろ!」

「あ、ああ! どういうわけか衛兵が来ないんだ! 早くなんとかしてくれ!」


 シュウの叫びに慌てたように言う町の住民たち。そんな彼らにオミが冷静な言葉を掛けた。


「うちの戦闘員や、忌々しいが生同盟会の下位部隊もこっちに向かっているらしい。街に現れた魔物はすぐに殲滅できる。お前らは戦いが終わるまで避難しろ」


 オミの言葉に希望を見たのか、住民たちは自分から動き出した。慌てて喫茶店に逃げ込む町の住民たちを、睨みながら見送るシュウ。オミもタバコをふかしながら町の住民を見送っている。さっきの住民も慌てて喫茶店の中に駆け込んだようだ。


「ほう。あなたもですか。あなたも街の住民を足す受けたいという思いがあるようですね。魔線組には、戦えない人たちに思うことがある人も多いですが」

「お、おい! 大将!」


 魔線組を否定するようなコロを慌てて抑えるシュウ。当のオミは気にもしないようにタバコをふかし続けた。


「向き不向きの問題さ。戦える奴はそれでやればいいし、戦えないやつはできることをすればいい」

「そうですね。ではここの守りはサナさんたちに任せて・・・」


 コロがさりげなくサナたちを退避させるように誘導するが、それよりも先にオミがサナたちに指示を出していく。


「この魔物を召喚した元凶をスラムで見たという情報がある。正同命会の連中も魔線組の他の部隊も向かったらしい。親父が向かったという話もある。俺たちもスラムに行くぞ。これ以上、街を襲われてはかなわんからな」

「はい。街に魔物があふれるこの現象をほおっておくわけにはいきませんからね」


 嬉しそうに答えるサナ。スラムでは戦闘が始まるというのに、それでも積極的に行こうとするサナにコロは溜息を吐いた。


「サナ姉はね。やっぱり探索者として扱われたいんだよ。きれいな女性としてではなくてね。だから・・・」

「? おい? どうした?」


 シュウが思わずと言った感じで尋ねた。アキミが言葉の途中で固まってしまったのだ。


「あ、ごめん。あたしは、サナ姉といっしょでどんな形であれ自分の力を認めてほしいって思ってる。探索者の女性って、多かれ少なかれそう言うところがあるから。でも、あの2人はそうじゃなかったかもって思ったんだ」

「アキミ?」


 怪訝な顔で聞き返すシュウに、アキミが慌てて言いつくろった。


「ううん。なんでもない。それよりも、この事象をちゃんと止めないとね。私たちの街を襲われるのは、やっぱり悔しいからさ」


 そう言うアキミの顔は、シュウの目には何かを吹っ切ったように映ったのだった。

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