第4話 出会いと畑
春。
庭のツツジが咲き始めたころ、
保護施設の人が月に一度ほど様子を見に来てくれるようになった。
「近くなったから寄りやすくてね」と笑うその人が、
ある日、カードを差し出した。
「犬好きの集まりをやります。よかったら来ませんか」
会場は町はずれのカフェの庭だった。
長机の上に、紙皿と焼き菓子。
数匹の犬がリードで繋がれ、穏やかに風を感じていた。
そのとき、茶色の小型犬が近づいてきた。
丸い目でこちらを見て、尻尾を小さく振る。
「ポポ、挨拶は短めにね」
そう言って笑ったのが楓だった。
「チア、優しい目ですね」
「足は少し弱いけど、外が好きで」
「歩けるうちは、歩きましょう。季節は、待ってくれないから」
——その言葉が、妙に心に残った。
それから何度か、一緒に散歩をした。
夕暮れ前、川沿いの土手を歩く。
楓はよく空の話をした。
「冬は、全部の色が澄むんですよ」
「色が、澄む?」
「はい。にごりが落ちます。余分なものがなくなる季節です」
その言葉を聞いたとき、
じいちゃんの家の静けさを思い出した。
何もないことが、こんなに豊かだったんだと気づく。
チアは風の匂いを嗅ぎ、ポポは草を踏みながら跳ねた。
ある日、楓が言った。
「走るのもいいけど、育てるのもいいですよ」
「育てる?」
「はい。土は、急がないので」
数日後、彼女からメッセージが届いた。
『親戚の畑、角のほうが余ってます。使いますか? 月500円でどうぞ』
初めて畑を見に行った日、チアも一緒だった。
陽当たりがよく、風が優しかった。
チアが鼻を近づけて、くしゃみをしなかった。
「これは、“好き”の匂いだな」
楓が笑った。
「うまくいかない日も、芽は忘れませんよ」
畝を立てながら、
“そこ、もう少し押して”
“水はあわてないで”
風の中で、そんな声が聞こえた気がした。
夕方、影が長く伸びた畑で、チアが丸くなって座った。
楓が言った。
「また、畑で」
「また、畑で」
——走ることも、育てることも。
どちらも、今をまっすぐに生きる方法だ。
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