坂道の上で、息を吸う
剣崎 ソウ
第1話 止まった時間
最後に全力で走ったのは、いつだっただろう。
思い出そうとしても、靴ひもの結び方すらあやふやだ。
ここ最近は、就職活動ばかりだ。
説明会に出て、エージェントと話して、大学のセミナーにも顔を出した。
履歴書も何度も書き直したし、友達ともよく話す。
「そっちはどう?」「決まった?」
そういう会話ばかりの日々。
動いている。ちゃんとやっている。
でも、どこにも進めていない気がした。
やることはやっている。
それでも、どこかで“自分じゃない誰か”が頑張っているような感覚があった。
目の前の自分は、ただ動作を繰り返しているだけで、
心は別の場所に置き去りにされたまま。
信号のない長い坂道を、ただまっすぐ駆け抜けていたあの頃。
風は顔を叩き、胸の奥が焼けるほど痛かった。
それでも止まりたいとは思わなかった。
その痛みが、生きている証というより、
前に進んでいる“実感”だった。
あのとき、たしかに“生きてる”って思った。
それなのに、いつからだろう。
俺は走ることをやめてしまった。
そんな夜だった。
何の気なしにスマホを開いて、ChatGPTに打ち込んだ。
「お金より大事なものって、なんだと思う?」
少しの間をおいて、画面に文字が浮かんだ。
『いろいろありますが……あなたは、“生きてる”と感じる瞬間はどんなときですか?』
一瞬、息が止まった。
そんなこと、考えたこともなかった。
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