第11話:商業ギルドの「壁」と ボーナスタイム
スラム街の廃工場、「株式会社タナカ(仮)」の拠点。
そこは今、「物流危機」を迎えていた。
「しゃ、社長……! もう置き場所がありません! 足の踏み場も……!」
リアが悲鳴を上げた。
彼女の視線の先には、天井までうず高く積み上げられた鉄くず、洗浄済みのガラス瓶、そして再生された魔石の山があった。
元ヤクザのガジェル率いる「黒牙会」が警備し、スラムの住人たちが昼夜を問わず持ち込む資源の量は、タナカの予想を遥かに超えていたのだ。
「分かっている。そろそろ売り時だな」
タナカは積み上がった「
現金化できなければ、在庫はただの保管コストのかかるゴミだ。
「販路を開拓する。……行くぞ、リア。ガジェル」
タナカは首飾りをしているリアと、スーツを腕捲りした状態で着る元ヤクザのガジェルを引き連れ、王都の商業区へと向かった。
†
王都商業ギルド本部。
大理石の床が磨き上げられた豪奢なロビーは、一流の商人たちで賑わっていた。
その受付カウンターに、異質な三人組が立った。
「取引を頼みたい。高品質な再生インゴットのサンプルだ」
タナカは風呂敷包みをカウンターに置いた。
受付嬢は、ガジェルの腕にある刺青と額の傷、後ろに控える亜人の少女を見て、あからさまに鼻で笑った。
「あのねぇ……ここはスラムのゴミ捨て場じゃないのよ?」
「ゴミではない。精錬済みの資源だ。品質を見てもらえば分かる」
「はぁ……。どこの馬の骨とも知れない連中が持ち込んだ、出所不明の汚い素材なんて扱えません。うちは『信用第一』なの。お引き取りください」
受付嬢はサンプルに触れようともしなかった。
品質などどうでもいいのだ。「スラムの人間」というだけで、門前払いにする。
それが、この国の商業ギルドにはびこる「差別」と「既得権益」の壁だった。
ガジェルが凄もうとしたが、タナカは手で制した。
(怒るだけ無駄だ。感情で商売は動かない)
「……そうか。残念だ」
タナカは引き下がったが、その目は死んでいなかった。
彼はロビーの壁一面に貼り出された「最新相場表」を睨みつけた。
『アドミン・ビュー』が、膨大な数字の羅列から、市場の歪みを弾き出す。
『警告:市場バランスの崩壊』
『品目:紅蓮石』
『供給状況:供給途絶』
『原因:勇者パーティによる生息地(火山)の乱獲・爆破による生態系破壊』
『買取価格:高騰中(前月比350%)』
(……なるほど。また勇者どもか)
タナカは口元を歪めた。
暖房器具の熱源として不可欠な「紅蓮石」が、冬を前にして枯渇している。ギルドは今、喉から手が出るほどこの石を欲しているはずだ。
(ゴミ扱いするなら、頭を下げてでも欲しがる『最高級品』を突きつけてやればいい。向こうから「売ってください」と言わせる状況を作るまでだ。)
「予定変更だ、仕入れに行くぞ」
「えっ? どこへですか?」
「ダンジョンだ」
「ガジェルは悪いが留守番を頼む」
「へい、社長!」
†
王都から馬車で一時間。
中級ダンジョン『富の鉱脈』の入り口は、殺伐とした空気に包まれていた。
ここは初心者向けの洞窟とは訳が違う。一攫千金を狙う手練れの冒険者たちが集う、死と隣り合わせの場所だ。
「入場料は一人2000G。制限時間は4時間だ」
受付の男が、無愛想に告げた。
2000G。初心者のダンジョンの10倍だ。二人で4000G。
現在のタナカ商会の運転資金からすれば、決して安くない出費だ。
さらに、受付の男は二人に「砂時計のペンダント」を渡した。
「そいつがゼロになる前に戻ってこい。超過すれば30分ごとに5000Gの追加料金だ。払えなきゃ、装備を没収して鉱山送りにするからな」
厳しい「延長ペナルティ」
時間を過ぎれば、稼ぎなど一瞬で吹き飛び、破産する仕組みだ。
「分かった。……リア、準備はいいか」
「はい! 例のジュース、飲みました!」
リアの瞳孔が開いている。タナカ特製の「高カロリー泥ジュース」により、彼女はフル稼働状態にあった。
タナカは懐から4000Gを支払い、領収書を受け取った。
『残高:221,095G』
「行くぞ。
†
ダンジョン内部は、迷路のように入り組んだ坑道だった。
薄暗い通路の先から、剣戟の音と怒号が聞こえてくる。
「オラァ! 硬ぇんだよこの野郎!」
「魔法使い、MPまだか!?」
「もう切れましたよ! ポーションもありません!」
通路のど真ん中で、フルプレートの戦士たちが巨大な岩塊――『ストーン・ゴーレム』と殴り合っていた。
彼らの剣は刃こぼれし、鎧は凹んでいる。
「社長、私たちも加勢しますか? あの岩なら、私の爪で砕けます!」
リアが身を乗り出す。
だが、タナカは冷徹にゴーレムの頭上に表示された数値を読み上げた。
『ターゲット:ストーン・ゴーレム(Lv.15)』
『ドロップ品:ただの石ころ(1G)』
「ダメだ、戦う価値がない」
タナカは戦っている冒険者たちを指差した。
「彼らは剣の研ぎ代に1000G、回復ポーションに2000Gを使い、結果として1Gの石ころを手に入れる。あれが『破産する経営』の典型例だ。まぁドロップ品がわからないだろうから、仕方ないか……」
タナカは呆れ顔で首を振った。
「勝つことが目的じゃない! 『儲ける』ことが目的なんだ! 硬いだけで金にならない敵なんざ、ただの『歩く負債』だ! 全力でスルーしろ!」
ゴーレムが冒険者に気を取られている隙に、タナカとリアは音もなくその脇をすり抜けた。
背後で「うわぁぁ!」という悲鳴が聞こえたが、タナカは振り返らなかった。
情けはコストだ。今は1秒も無駄にできない。
†
さらに奥へ進んだ先。水晶が光る静かなエリアに出た。
そこで、一匹の小さな影が視界を横切った。
金色の毛並みを持つウサギ、『ゴールデン・ラビット』だ。
攻撃力は皆無だが、音速に近い速度で逃げ回るレアモンスター。
タナカの目が、カッと見開かれた。
眼鏡の奥で、ドルマークならぬゴールドマークが輝く。
『ターゲット:ゴールデン・ラビット』
『ドロップ品:黄金の毛皮(10,000G)』
「リアァァァッ!!」
タナカの裂帛の気合が坑道に響いた。さっきまでの冷静さはどこへやら、鬼のような形相だ。
「あれだ!! あのウサギを殺せ!! 何が何でも捕まえろォ!!」
「ひゃいっ!?」
リアは飛び上がった。
さっきの巨大なゴーレムからは逃げたのに、この可愛いウサギには殺意が高すぎる。
ウサギが危険を察知し、金色の閃光となって走り出した。
「逃がしませんっ!」
リアが床を蹴る。
首飾りのリミッターが解除された彼女の速度は、まさに疾風だ。一瞬で距離を詰める。
だが。
シュンッ!
リアの爪が届く直前、ウサギはあり得ない角度で方向転換し、壁を蹴って天井へ逃げた。
「速っ!?」
リアがブレーキをかけるが、勢い余って壁に激突する。
ウサギは天井から見下ろすように、キキッと嘲笑う鳴き声を上げた。
『ターゲット特性:超回避』
『回避パターン:予測不能のランダム機動』
リアは何度も飛びかかるが、ウサギはまるで彼女の動きを読んでいるかのように、紙一重で躱し続ける。
壁を蹴り、鍾乳石の裏に回り込み、リアを翻弄する。
「くっ、捕まりません! ちょこまかと……!」
リアが肩で息をし始めた。
高速機動の連続は、急速にカロリーを消費する。
「待て、リア! 止まれ!」
タナカが叫んだ。
リアが悔しそうに足を止める。
「すみません社長……! 速さは負けていないはずなのに、どうしても捕まえられなくて……!」
「ああ。直線的な速さはお前が上だ。だが、あいつは『逃げるプロ』だ。闇雲に追いかけても、カロリーの無駄遣いになるだけだ」
タナカは眼鏡の位置を直し、『アドミン・ビュー』で解析した。
視界の中で、ウサギの動きが光の軌跡として描画される。
「落ち着いて観察しろ。ランダムに見える動きにも、必ず『
タナカはウサギとリアの位置関係、そして地形データを照合した。
ウサギは、リアが接近すると必ず「最も障害物が多いルート」を選択して逃げている。
そして、回避行動をとる直前、必ず耳をピクリと動かして「音源」を確認している。
『行動ロジック特定:聴覚依存型回避』
『回避アルゴリズム:音源の反対方向へ、最短距離で移動する』
(……なるほど。そういう仕様か)
タナカは口元を歪めた。
相手の行動原理さえ分かれば、それはもはや生物ではない。ただの「予測可能な変数」だ。
「リア。俺が指示を出す。リアは言葉通りに動いてくれ」
「はい!」
「今の位置から右前に距離5メートル進んでくれ。そこで待機だ」
リアは疑問を挟まず、指示された位置へ移動した。
ウサギは天井の鍾乳石に張り付いたまま、様子を窺っている。
タナカは足元にたくさん落ちている石ころを拾った。
ただの石だ。原価0G。
「『
タナカは石を投げた。
狙うのはウサギではない。ウサギの右側の壁だ。
カアンッ!
乾いた音が響く。
ウサギの耳が反応した。アルゴリズムが作動する。
『右からの脅威を探知』→『左へ回避』。
ウサギは反射的に左へ飛び出した。
「そこだ! もう一回!」
タナカは間髪入れずに二つ目の石を投げた。
今度は、ウサギの逃げた先の床だ。
カッ!
音に驚いたウサギは、空中で無理やり軌道を変え、天井へと跳ねる。
タナカは手持ちの石を次々と投げ続けた。
ウサギを狙うのではない。ウサギの「逃げ道」を音で塞いでいくのだ。
右へ、下へ、上へ。
タナカの投石によって、ウサギの退路は徐々に限定されていく。
それはまるで、羊を追い込む牧羊犬のように。あるいは、相場を操作して獲物を狩る投資家のように。
「見えたぞ。……追い込み完了だ」
タナカは最後の石を、ウサギの真後ろの壁に全力で叩きつけた。
ガンッ!!
爆音。
パニックに陥ったウサギは、唯一音がしない方向――「前方」へと、弾丸のように飛び出した。
その先には。
「リア! 正面だ!!」
リアが待機していた場所の目の前だった。
「はいっ!!」
リアは動く必要すらなかった。
ただ、目の前に飛び込んできた金色の影に向かって、爪を振り下ろすだけでよかった。
銀閃。
リアの爪が、空中で回避行動を取れないウサギを正確に捉えた。
一切の無駄がない、完璧な一撃。
ドサッ。
金色の毛並みを傷つけることなく、急所を一撃で絶たれたウサギが地面に落ちた。
「や、やりました……! 社長、やりましたよ!」
リアがウサギを掲げて歓声を上げる。
彼女自身も驚いていた。あれほど捕まえられなかった相手が、まるで自分から手に飛び込んでくるように動いたのだから。
「ふぅ……。汗をかかせやがって」
タナカは眼鏡の曇りを拭った。
ただ石を投げただけだが、その計算量は膨大だった。
『ドロップ品:黄金の毛皮(10,000G)』
『使用経費:石ころ5個(0G)』
「完璧な黒字だ」
タナカは満足げに頷いた。
速さで勝てないなら、情報で勝つ。力で勝てないなら、知恵で勝つ。
それが「持たざる者」の戦い方だ。
「社長、すごいです! あんな風に動かすなんて、魔法使いみたいでした!」
「魔法じゃない。計算だ。……さて、ボーナス確定だが、まだ仕事は終わっていないぞ」
タナカはウサギを回収し、ダンジョンのさらに奥、熱気が漂うエリアを見据えた。
制限時間はまだ残っている。
そして、今回の本当の目的である「紅蓮石」は、この先にある。
「行くぞ、リア。今の連携があれば、どんな敵も『カモ』にできる」
「はいっ! ついていきます!」
一万Gの成功体験は、二人の間に確かな
スラムの廃工場から始まった株式会社タナカの快進撃は、まだ止まらない。
−−−−−−−−−−−
• 前話終了時残高: 235,095 G
【営業支出】
◦ ダンジョン入場料(2名分): △ 4,000 G
◦ その他仕入・雑費: △ 10,000 G
• 現時点残高: 221,095 G
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お読みいただきありがとうございます。
株式会社タナカ(仮)の業務報告は以上となります。
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タナカとリアの快進撃を、ぜひ「株主」として支えていただければ幸いです。
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