生徒会の失恋ヒロインたちが、俺(臨時)を狙ってくる…

姫乃ゆき

第1話 終わる日常

俺──小日向こひなた みなとは、とある扉の前で立ち尽くしていた。


昔から俺は、人の役に立つのが好きだ。頼まれごとだって嫌いじゃない。


今回だって、いつもみたいに上手くいくと思っていた。


……思っていた、はずなんだけど。


帰りたい。

開けたくない。

入りたくない。


扉の隙間から漏れ出してくる“負のオーラ”が、俺の本能を全力で止めにかかってくる。


(なんだよ、この空気……絶対、俺が関わっちゃいけないやつじゃん)


それでも俺は、数時間前の“お願い”を、なぜか快く引き受けてしまった。


お人好しにもほどがある。


――あの時の俺に言いたい。


「やめとけ」って。



────────────────────


──遡ること昼休み。


「おっ! 小日向じゃないか! いいところに来たな」


「うげっ、春川先生……」


「うげっ!? とはずいぶん失礼じゃないか」


トイレを済ませて廊下に出た俺は、担任の春川先生に捕まってしまった。


しかも、なぜか満面の笑みで。


(……嫌な予感しかしない)


春川先生は仕事には真面目だが、それ以外は投げやりにしてしまう癖がある。

今のこの笑顔は、間違いなく“後者”だ。


「お前に頼み事が──」


「嫌です」


「って、まだ何も言ってないんだが!?」


『いいところに来た』って時点で面倒なことですよね……?」


「俺のことをなんだと思ってるんだ……?」


「俺の担任で、面倒事製造機」


「ん〜!! 否定はしない!」


「そこはするところでしょ……」


春川先生は胸を張って、まったく悪びれずに続けた。


「まぁ本題なんだが、お前に生徒会の臨時サポートを頼みたいんだ」


あれ?

俺、嫌って断ったよね?


そんな俺を完全無視して、春川先生は勝手に話を進める。


「最近の生徒会は人手が少なくてな……しかも今の時期だと、文化祭や体育祭も控えてるだろ?」


今は9月上旬。確かにイベントが多くなる時期だ。


「……でも、なんで俺なんですか?」


「ほら? お前って運動も勉強も学年上位だし、クラスでも裏方としての評価が高い。それに……ちょうど居たから……」


「最後のやつが一番の理由ですよね?」


小声で言ったつもりなのだろうが、俺には全部聞こえていた。


「ん〜?? なんの事だか俺はさっぱり!」


「さすがに無理がありますよ……」


春川先生は妙に明るい調子で続けた。


「んまぁ、後は──三組の白雪生徒会長から、お前に頼みたいって指名があったんだ」


「……雪村生徒会長が?」


雪村ゆきむら 玲華れいか


俺が通う私立北見高校の生徒会長。冷静沈着で、完璧主義──らしい。実際に話したことないため噂程度のことしか知らない。


「現状は……まぁ、俺から言うより、雪村から直接聞いたほうが早いだろう」


さっきまで妙に明るかった春川先生が、急に歯切れ悪くなった。


「と、とりあえずだ。放課後、生徒会室に行ってくれ」


どこか投げやりな様子で言い残すと、春川先生は疲れた表情で去っていった。


……いや、疲れてるのはこっちなんだけど。


──というわけで俺は今、生徒会室の前に立っている。


(ここまで来た以上、戻るわけにもいかないか……)


意を決して、俺はドアをノックして開けた。


「──失礼します。臨時で来ました、小日向 港です」


その瞬間、どんよりとした“重さ”が肌にまとわりつく。


想像してた以上だ。先生、絶対もっと説明しておけよ……。


室内には、ひとりの女子が座っていた。彼女は静かに立ち上がり、口を開く。


「あなたが小日向くんね? 話は聞いていると思うけど、改めて……私は雪村玲華。生徒会長よ。よろしく」


そう言ってゆっくり振り返る。その顔には──

“笑顔”の形をした、明らかな作り物。


目だけが笑っておらず、むしろ闇を抱えているような……そんな“貼り付けた笑顔”で、まっすぐ俺を見つめてきた。


(……絶対、普通じゃないだろこれ)


──このお願いが、俺の人生の大きな分岐点になるなんて。


この時の俺は、まだ知る由もなかった。

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