11

体育祭の最終種目、チーム対抗リレー。

凛太郎が属する紫チームは、これに勝てば、凪の属する青チームに逆転勝利するという場面だった。



――運命のホイッスルが鳴る。



「佐野っちー! 行けー!」


舞ちゃんが叫ぶ。

紫の第一走者である佐野くんは、凛ちゃんのお友達だ。

サッカー部の俊足がトラックを駆け抜ける。


「佐野っちも速いけど、相手が悪いね。1位のやつは陸上部のスプリンターだよ」

「舞ちゃんは何でも詳しいね」


第二走者の男子にバトンが渡る。

現在の順位は黄、紫、青、その他と続いていき、徐々に距離に差が生まれていく。

黄チームと紫チームの間でも5メートルくらいの差が広がっている。


「巻き返せるよー! 次の走者は原田か」


第三走者の原田くんにバトンが渡る。

スタートダッシュしたはずが、徐々にスピードが落ちていく。


「あれ?」と違和感に気付く。

原田くんは“まずい”という表情で、第四走者の手前で勢いよく転倒した。

転がっていくバトンを拾おうとするけれど、立ち上がろうとしてもよろけてしまう。その顔色は悪い。


「え? どうしたの!?」

「アイツ、もしかしたら騎馬戦の時に足を痛めていたのかも。あの感じだと、走るまで本人も大丈夫だと思っていたんじゃない?」


ざわざわと応援席に動揺が広がる。

その間もレースは続くので、紫チームは4位に転落している。


「原田くん……」


最後の力を振り絞るようにして、よろよろと次の走者にバトンを手渡した。

その姿に手拍子がパラパラと起こるけど、本人は魂が抜けたような表情だ。


しかし、もう1位とは絶望的な差が開いている。


「大丈夫、次は野球部の俊足だから。その後は凛だね」


舞ちゃんの真剣な眼差し。

私も固唾を呑んでレースの行方を見守る。

先頭集団はもう次の走者にバトンを渡そうとしていた。


第五走者の場所で横並びに立っている、凛ちゃんが凪くんに向かって口を開いた。それは凪くんだけに聞こえ、一瞬だけ驚いたような表情になったかと思えば、口角を上げた。

その直後にバトンが凪くんに渡る。


「うわー。王子の足の速さ、ヤバいね」


首位との差をあっという間に縮め、独走していく。まるで軽やかな風みたいで、誰も追いつかせない背中だった。

女子たちから黄色い悲鳴が上がる。


「凛にバトンが渡ったよ。でも、ちょっと巻き返したとはいえ、王子のところまでは差がありすぎる……」


舞ちゃんの声には諦めが滲んでいて、それを聞いて、胸の前で握っていた手に力を入れた。

緊迫した終盤のレースに息が止まりそう。


「……あれ? ちょっと待って。凛のやつ、めちゃくちゃ速くない?」

「うそ……」


目の前の光景が信じられなかった。

まるで目の前の獲物を狙う獣のように、凛ちゃんのスピードは加速していく一方だった。ぞくりっと身震いがした。


2位を走っていた黄チームを追い抜き、凪くんとの差は10メートルくらいにまで縮まっている。


うぉぉぉぉぉ!!という男子たちの雄叫びが木霊する。

「凛太郎ー!!」という、佐野くんと原田くんの叫び声も聞こえてくる。


「いける!いけるよ、凛ー!」

「凛ちゃん……」


凪くんが背後をチラッと確認した。

その表情に驚きはない。まるで、凛ちゃんが追いついてくるのが分かっていたように。


凛ちゃんは驚異のスピードで、確実に距離を詰めていく。8メートル、7メートル……あと1メートル。凪くんの喉元まで迫った。

観客のボルテージは最高潮といわんばかりに、そこかしこから声援が上がる。


凪くんと凛ちゃん、どちらを応援するか競っている。まるでこの声援合戦に負けたほうが負けみたいな空気がある。



――先に約束したのは俺だから。応援してくれるよね?



凪くんとの約束が頭を過ぎる。

どちらも必死の表情で、胸が苦しくなる。


……私は凪くんを応援するって言ったんだよ。


ゴールの瞬間はスローモーションを見ているようだった。

あと一歩で追いつく。獣が最後の牙を剥いているようで、息を忘れてしまう。

もうゴールテープを切ることしか見えていないようで、踏みしめた場所が砂を舞い、二人とも勢い余って転がり込んだ。


先に起き上がった凪くんが泥を払い、凛ちゃんに手を伸ばした。それにほんの少し躊躇を見せるが、手を取った。

観客はその様子を静かに見守った。息を殺すのが当然の空気だった。


先生から勝者が伝えられる。


「ただいまの判定は――」


目を閉じても、声は耳に届いてしまう。逃げることはできない。


「――青組の勝利です!!」


その判定にグラウンドは煩いくらい盛り上がったけれど、凛ちゃんは顔を押さえて俯いていた。肩の震えが泣いているようにすら見えた。凛ちゃんが人前でそんなことするはずないのに。


友達として、その姿に胸が締め付けられそうになる。


「原田の分まで頑張っていたけど、惜しかったね」

「うん……」


舞ちゃんに肩を抱かれる。


「ねえ、莉央」


責めるような色は一切なく、優しく問われる。


「どっちの応援をしたの?」


ドキッとした。チームを裏切ったことを見透かされていたなんて。気まずくて俯いてしまう。


「なるほど、王子かー。あ、怒ってるわけじゃないよ」


よしよし、と頭を撫でられる。


「でも、その顔は……」と言いかけたのに、続きは聞こえなかった。


凪くんを応援するって約束を守ったのに、あんなに必死になっている凛ちゃんを応援できなかった。どちらか一方は応援できないって分かっていたはずなのに。

今夜は自己嫌悪で眠れないかも……。












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