第36話 魔物

「お、やっぱ、姉さんもこれいいと思う?」

「ちょうどいいですね。それにほら、依頼主さんも困ってますし」


 ビラをよく見ると、『クマのせいで外に買い物行くにも怖いです。助けてください!』とのコメントが添えてある。そりゃそうだ。怖いに決まってる。本当に大変なことだ。チェレーゼは礼拝帰りにジムへよって、私にちょうどよさそうなクエストを探して、これを見つけてきてくれたらしい。


「でも、ピグトニャの話だと、効率よく星をもらうには一人で行かなきゃなんでしょ? 上手くできるかな」

「ソメヤ様が心配すべきなのは山を壊しちゃう方ですね」

「それは怖いかも!」


 私のせいで土砂崩れが起きたら、人喰いグマどころではない最悪の人災である。依頼主が買い物に行く道も、人も人でないものも全てを飲み込む土砂崩れを起こし、勇者どころか魔王として討伐される自分の姿が見える。


「魔物退治の原則ですが……力がものすごく強いので、遠くから魔法を撃ち込むのが良いんです。結構難しいはずなんですが、ソメヤ様はやたら得意なので、大丈夫でしょう」

「あ……」


 それは、ピグトニャと出会った日の夜、『信仰は足枷』だと言いながら、凄まじい精度で的を撃ち続ける彼を見たおかげだ。私はコントロールは苦手だが、攻撃対象を意識できていれば、放った魔力が勝手にそこへ向かってくれる……その感覚をものにできた。もちろん、まだピグトニャの精度には及ばない。彼曰く、魔力素子に対する命令力、リーダーシップのようなものがまだ足りないという。


『思うとおりになって当然だと、もっと強く思え。世界は全て自分のものだと思え。少なくとも、無属性の魔力をただ撃つ……この単純な魔法は、ほとんど、原初魔法たるテレパシーと近い原理だからだ』

『属性を付与すると、何か変わるの?』

『変わる。おまえにいくら命令しても光の速度では走れないように、魔力素子単体では限界がある。そこに俺たちが属性を付与し、反応を起こし、制御する。その結果が魔法、魔法についての研究や探究を、魔導という』

『はあー、奥深いね』

『化学反応と組み合わせたり……固有能力と組み合わせたり……様々な分野と掛け合わせると、さらに世界は広がるが、その分難しくなる。けれどおまえは、俺が教えた最も単純な世界認識をものにしたから……必要最小限の組み合わせで、最大限の結果が出せる』

『わかったかも、わかんないかも』


 今思い返しても難しい話だが、実践を繰り返すうちにわかってきた。小難しく考えず、ひらめきにまかせると簡単に解けるパズルのような……そんな認識を持つことが、ピグトニャ曰く、最短で最良の道だという。


「魔物というのは、何かのきっかけにより、原初魔法を使えるようになった動物を指します。多くの場合、死にかけて、火事場の馬鹿力を手にした動物です。危機における突発的な肉体強化も、実は原初魔法なんですよ」

「そうなの?」

「赤ちゃんを持ち上げるには人差し指二本で事足りますね? なぜなら、赤ちゃんが原初魔法でありえない力を発揮して、私たちの指をしかと握るからです。赤ちゃんは最も優秀な原初魔法の使い手で……言葉を覚えるのも、高いテレパシー受信力によるものと言われています」

「へ〜! だから言葉聞いてるだけで喋れるようになるんだ! 大人がいくら外国語をリスニングしても覚えられないのに」


 少なくとも私は全然ダメだった。ンプァクトにエデンの言語という技術があって、本当に良かった。


「そうなんです。そういった原初魔法は、本来訓練なしに使えるものではないのですが……人も動物も、何らかのショックで目覚めることがあるんです。ハンターが狩猟に失敗して中途半端に傷を与えたとか。そういう理由で必死になって馬鹿力を得たんでしょう、このクマさんも」

「へえ、なんか可哀想だね」

「ええ」


 私のぼんやりとした感想に、チェレーゼは祈りの動きで応える。


「早く引導を渡してあげましょう。無知なまま罪を重ねてしまう前に」

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