第9話【外の世界】
翌朝。英斗たちは朝靄かかる中、なんでも屋街を発った。シティにはそれほどまだ人の姿はなく、静けさに包まれていた。
シティと外を繋ぐゲート。以前はその存在を認知できなかったが、今は開け放たれている。悠々とくぐって外に出ると、一面に草原が広がっていた。人が開いた街道だけが文明の存在を示していた。
「わぁーっ。開放感ーっ」
サエ子がはしゃいでいる。彼女は誰よりも早く起き、そして誰よりも早く身支度を済ませていた。学校への長期休学の届けも、いつの間にか提出していた。
「お前…はしゃいでんなぁ」
英斗にとって本来なら間違いなく夢の中に居る時間ゆえ、彼はその眠い目をひたすら擦らざるを得なかった。
「だっていつも、薄暗くて湿っぽくて淀んでるなんでも屋街か、不自然に綺麗に整えられた造り物のシティしか見てないから、こんな自然な光景は新鮮なのよっ」
「そりゃ良かったよ…」
後ろの方にいるケイは不安げに英斗に聞いた。
「ところで…行くアテはあるんですよね? まさか闇雲に悪魔が居ないか探し回るわけじゃ…」
「そこまでノープランじゃねーよ。取り敢えず一番近い町…っていうか村があるから、そこ行こうかなって」
「村…ですか。都会から一気に田舎へ…」
「田舎ってわけじゃねーんだけど、そこの連中が昔から太陽を信仰していて、太陽に逆らわない生き方? みたいなのを実践してて…まぁ要は自給自足の生活してるんだよ。で、町の名前も太陽の村ってのに変えてんだよ、いきなり。なんでか」
「ずいぶん詳しいですね、社長」
「少し住んでたからな、昔。…いや、住んでたというか、幽閉されてたというか…」
ケイはそれ以上は何も聞かなかった。ヒロ子が遠い目をしている。
「あの時も、あたしがいなかったらそりゃあもうね…」
「あまり聞いたことなかったんですけど、社長とヒロ子さんって付き合い長いんですね」
「ざっと百年の付き合いよ」
「盛大に嘘を付くな」
やはりケイはそれ以上何も聞かなかった。
それから一時間以上歩いた。景色は変わり、木々が増え、田んぼや川や山も見えてくる。
「あー、なんかこう、懐かしいというか、落ち着くわ~」
サエ子がしみじみとしている。
「お前ってシティ生まれだっけ?」
「そうだよ。だから新鮮なの。全てが」
「そういうもんかねぇ…道路もねぇタクシーもねぇバスもねぇ電車もねぇ街もねぇ…世紀末かよ」
「まさに地獄ね」
ヒロ子がニヤつく。
「もしかして外の世界とシティの中では文明の差があるとか…まさか時間の流れが違うとか…」
英斗が頭を抱えて言った。やはりヒロ子はニヤついている。
「何をSFみたいなこと言ってんのよ。たまたまここらへんが田舎ってだけよ。ここら一帯にだだっ広い土地があったから、そこにシティが作られたってだけ。ちゃんと都市部へ行けば色々普通にあるわよ」
「お前、やけに外の世界に詳しいよな…」
「だって普通に普段から行き来してるから。むしろあんたたち、外の世界の存在を知ってるのに行かないのが不思議でならなかったのよ」
「多少なりとも影響受けてたとしか言いようがねぇ…」
そうこうしている内に一行の前に人里が現れた。中へ進むも村人は誰も警戒の意思を示さず、むしろ歓迎しているかのようだった。村の中は日本家屋が点在し、田んぼや畑の面積が大半を占めており、それぞれの家には家畜小屋もあった。そして村の中心部には、コンビニが1軒建っていた。
「コンビニがある…」
サエ子は面食らっている。
「今どきコンビニくらいあんだろ。さて、見た感じ昔のまんまだな…ならあそこか」
英斗は村の奥、木々に囲まれた場所へ向かった。そこには小さな祠のようなものがあった。様々な果物がお供えされている。
「元いた場所に帰ってるっていう説を信じて遥々こんなとこまで来てんだ…いてくれよ~…」
英斗は柄にもなく神頼みをした。それが偶然祠に手を合わせる形となった。空にはちょうど真上に太陽が昇っている。
祠が振動する。そして天を貫くように赤い光の柱が伸びる。そしてそれが太陽にまで届かんとした時…。
《我を呼ぶは何者ぞ…》
「あぁ良かった、無駄足踏まずに済んだ」
祠の上部の空間が揺らぐ。徐々に何かが形取られていく。やがてそこに現れたのは、全身銀色に赤いラインが入り、筋肉質な上半身とは対照的に下半身は腰から下が尻尾のように細く短くなっていて脚がない姿の悪魔。そして最も特徴的なのが、両腕の肘から先が包丁のような刃物になっている点だった。
《………》
悪魔は英斗を睨みつけて何も答えない。
「お前は信仰とかそういったことを重んじる奴だったからな、多分ここに戻ってるんじゃないかと思って」
《………》
「いやもういいから、そういう神様みたいな振る舞い。シティじゃ敬われなかったから、ここに戻ってきて気分良くなったのは分かるけどよ」
《………用はなんだ?》
「戻ってきてくれよ。お前ら全員戻さなくちゃならねーんだよ」
《………何故だ?》
「ギャンザーを戻すにはお前ら全員の力が必要なんだよ、分かんだろ?」
《何故、彼奴を戻す?》
「お前バカか? あの野郎が目を覚ましたら、この世はおしまいだろーが。人間滅亡したらお前ら悪魔も困んだろ?」
《………神を馬鹿呼ばわりするとは》
「だからお前は神じゃなくて悪魔だろーが。何なんだよこのやり取りはよぉ…。あれか、前ん時みたいにやりゃいいのか? なぁ?」
《………》
「よしそれは肯定の無言だな。分かった。しばらく待ってろ」
そう言って英斗は祠をあとにし、村で待っている皆のもとに戻った。
「どうだったの、お兄ちゃん?」
「海を渡ってくる」
「………へ?」
「先にタオスを連れ戻す。あいつは離小島に一人で籠もってる…ハズだ。元の場所に帰ってるのならな」
「で、でも船なんて…港なんて見えないよ?」
「そこは問題ない。船長」
フリードが意識の表層に現れる。どこか上機嫌のように見える。
『話は聞いた。タオスと再び相まみえる日が来ようとは、戻った甲斐があったというものだ』
「と言うわけで、頼んます」
英斗がガクンと項垂れる。そして顔を上げ時はその雰囲気が変貌していた。片目に眼帯をしている。辺りを見回すようにし、突然走り出す。
「わ、ちょっと、お兄ちゃんどこ行くのーっ!?」
皆を置き去りにして英斗は人ならざる速さで駆けて行ってしまった。
「取り敢えず冷たい物でも飲んで、どこかでひと休みしましょう。それしかないわ」
ヒロ子はそう言ってコンビニに歩いていった。
続く
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