DEMONS-RECOVER ー悪魔憑きのなんでも屋ー
びおら
第1話【社長・刻石英斗】
その街は、ごく普通のオフィス街(学校や団地もあるよ)。いつも街ゆく会社員の姿で溢れかえっている、至って平和(に見える)な明るい街。街の名は『シティ』(そのまま)。
しかしそんな明るい街にも影はある。街の外れにある、意識してそこを通らなければそこには何も存在していないかのようにひっそりとしている一角がある。通称『なんでも屋街』。『なんでも屋』と呼ばれる個人事業者のオフィスがそこかしらに立ち並んでいる。
街に住む人々は皆、基本的にごく普通、またはそこそこ幸せな日々を送っている。しかし実際のところは皆がそういうわけでもなく、大小様々な問題を抱えて生きている人たちもそこそこ存在している。通常はそういった問題は街の治安維持組織『ポリス』(そのまま)に頼るものだが、中にはポリスではどうすることも出来ない事案が発生する事もある。そういった時に人々が頼る先が、なんでも屋である。
この日も、のっぴきならない事情を抱えた者が一人、このなんでも屋街を彷徨い歩き、やがて一軒のボロボロの二階建てのオフィスの前で立ち止まり、恐る恐るベルを鳴らした。
3分ほど経ったあと、玄関のドアが半分ほど開かれる。その隙間から、口の端から血を一筋垂れ流し、目の下に大きなクマを飼った青白い顔で金髪の不健康そうな青年がヌルっと上半身を顕にした。
「あぁ………おぎゃぐさんだぁ………なんにちぶりだろぉ………」
すると突如その青年の姿がなくなり、何か鈍い音が聞こえたあと、紫がかった赤髪をツインテールに結った、シティにある有名校の学生服に身を包んだ少女が現れ、ドアを開け広げて客人を迎え入れた。
「先ほどは失礼致しましたぁ。中へどうぞ~」
言われて客人はまた恐る恐る中へと足を踏み入れる。中は至って普通のオフィスといった内装で、部屋の中央に大きめな机が置いてあって、その机をソファが四面で囲んである。応接室と言った所だった。客人はソファの一脚に促されてゆっくりと腰を下ろした。そして少女は奥にパタパタと駆けていき、僅かな時間で戻って来てお茶を机の上に置いた。客人は少女の姿にずっと目が行っていた事に気付き、慌ててお茶を啜った。
「あぁこれ、気になりますよね~」
少女の制服から見える手足の部分全てに包帯が巻かれていた。まるでミイラが服を着ているように見えたが、彼は言わなかった。
「ミイラみたいだって思いましたよね~? けど別に怪我とか皮膚の病気とか傷がたくさんあるとかそういう訳じゃないんでお気になさらず~」
ならなんなんだ。とも思ったが彼は、それだけ言ってまた奥に消えていった少女に何も言わなかった。
お茶を一杯飲み終わった頃、向かいのソファに先ほどの顔色の悪い青年が体を引きずるようにやって来て崩れ落ちるように腰掛けた。
「あ、あの…大丈夫、ですか?」
客人はその青年に伺ったが、青年は手を降って何かをアピールしてみせた。
「お気遣いなく…いつもこんな調子なんで…へへっ。それに口のあれはトマトジュースです。へへへっ」
その笑顔には生気も力なく、もはや狂気しか感じられなかった。客人は漸く後悔した。来る場所を間違えた。そう気付いて立ち上がろうとした時、目の前の青年がボソッと呟いた。
「…概念の変質」
「…えっ?」
「ルールの強制変更。当たり前を異常にして、異常を当たり前にする」
客人は再びソファに座り込み、青年の方を注視した。
「あんた、吸血鬼だろ?」
客人はドキッとした。真っ白な肌に冷や汗が垂れる。真っ赤な瞳が揺れている。
「ど、どうして…そんなことを…?」
「隠さなくていいから。シティではどうだか知らないけど、ここらへんじゃ、あんたみたいなのそこら辺にウジャウジャいるから」
「は、はぁ…」
そう言われて客人は漸く肩の力を抜いた。口から長い牙が見えた。
「問題は、なんでこんな真っ昼間に外を歩けてんのかってことですよね」
「え、えぇ。…あ、あと最近…人の血が飲めなくなってしまったんです。以前は好物…と言うか主食だったんですけど、最近受け付けなくて…」
「それで体の調子が悪いと」
「は、はい、そうなんです。我々吸血鬼は基本的には不死なんですけど、時々人の血を摂取しなければ体調が悪くなってしまうんです。そして最悪、死ぬこともできずに苦しみ続けることになってしまうんです…」
「その際は銀の杭を胸に打ち込んでみて下さい。苦しみがラクになりますよ」
「ラクって言うか灰になりますよね?」
「灰。なんつって。へへっ」
「帰らせていただきます」
「お待ちを。ホントに。マジで待って。ッていうかマジな話、多分今のあなたに銀杭打っても効きませんから。あとニンニクも」
「……やっぱり、そういうことなんですか…」
「えぇ。先ほど言いましたが概念の変質。ルールの強制変更、つまりあなたに対する吸血鬼という概念が書き換えられた。だから吸血鬼としての当たり前があなたにとって異常となっている。けど種としての体質は変わることなく、血を取らないことによって起きる不調だけが適用されたまま、というわけです。お辛いでしょう。なんでこの不調だけはそのままなんだよぉって、思いますよね。それは悪魔の仕業だからです。悪魔にとっては、そうやって悩み苦しむあなたを見ることこそが至福の喜びなんです」
「どうしてそんな残酷なことを………?」
「それが悪魔の本分だからです。良い悪魔も中にはいないこともないんですが、基本的に悪魔は悪です。我々が本来関わってはいけない存在なんです。…だからさっさと出ていけよおいコラ」
客人の顔が引きつる。顔色の悪い青年は身を乗り出し、客人の胸ぐらを掴んだ。
「俺はなぁ、悪魔憑きは見りゃ分かんだよ。だから最初っからバレバレだっつーの。さっさと出てきやがれ。吸血鬼が悪魔憑きとかややこしいったらねーんだよ」
客人の雰囲気が変わる。目が赤く血走り、筋肉が隆起し身に包んでいた黒いタキシードのようなスーツを内側から破り、その体躯は一回りほど大きくなった。元から尖っていた牙と爪はさらに鋭さと殺意を増した。
「おいおいおいソファと床メキッてなったじゃねーかよぉ。直すのに金かかんだよ…勘弁してくれよ…つかなんでここで出てくんだよぉ…表へ出ろって言う流れにする感じだったのによぉ…」
先ほどのツインテ女子高生が、項垂れまくっている青年の肩をポンと叩いて溜息をついた。
「今のはお兄ちゃ…社長が悪いって。めっちゃ挑発してたじゃん」
「そうかなぁ…? また大家に怒られるよぉ」
「このお客さんから成功報酬ふんだく…たくさん弾んでもらおうよ。ね?」
「そうだよなぁ…サエ子は頭が回るよなぁ…いい子だなぁ」
「そ、そんなことっ………」
そんなことを言っている間にも客人の変異は収まらず、ついにその巨腕を振り回し始めた。オフィス内の観葉植物が切り裂かれ、壁にも大きな傷がついた。中二階へ登る階段にも深い爪跡が残った。階段の先にあるドアの奥から怒号が鳴り響いた。
『さっきからうっさいわねぇ!! 下でなにやってんのよっ!?』
「あー、ごめんねー、ヒロ子さんーっ!! 今ちょっと取り込み中でーっ」
サエ子と呼ばれたツインテ女子高生は大声で返事した。
『仕事の邪魔だからさっさと片付けなさいっ!! 騒音は作業効率を落とすのよっ!! あとストレスは肌にも悪いっ!!』
それから怒号は聞こえなくなった。
「ヒロ子さんだいぶイラついてるね」
「つかなんで今日に限って他の連中みんな出払ってんだよぉ…お前がやるしかないじゃん。余計に部屋ぶっ壊れんじゃん…」
「そんな事言うならお兄ちゃんがやればいいでしょ? そもそもなんで、か弱い女子高生がいつも実働部隊なのよ」
「だって…あいつ、違うんだよ。違うんなら俺には手出し出来ないじゃん…」
「違うの? あの人に憑いてる悪魔…」
「全然違う。あんなザコじゃねーもん」
「じゃあ、しょうがないかぁ…はぁ」
サエ子は更に深く大きく溜息をつきながら、暴れ狂う客人だったものに近付き、両手足に向かれた包帯を解いた。
包帯に包まれていたモノは、一言で表すと『化け物の手足』としか言いようがない異形だった。腕は肘から先が折り畳まれていてそれが展開して伸びると一メートル半ほどになり色は赤黒く、所々から棘のようなものが生え、手からは腕と同じくらいの長さの長い爪が生えた指が三本。脚も腕と同じく逆関節に折り畳まれていて、開くと身長が二メートルを超えるようになり、太ももの途中から腕と同じように赤黒くトゲが生えており、やはり足からは長い爪が生えた指が二本。まるで、少女の手足に化け物の手足を移植したかのようだった。さらに少女自体にも変化が起きる。瞳が血のように赤くなり、瞳孔は縦に伸び、きれいに並んでいた歯はガタガタに尖り、口の端からまるで飢えた獣のように涎が溢れている。
「ゔぇぁぁあぁぇぁぁっ えも、のぉ…えものはぁ…どごぉおぉ?」
「はいはい、あっちだよー」
青年はその化け物のようになったサエ子をあやすように撫でて客人の方に首を向けた。一度目を見開いたサエ子は、獲物を見つけた肉食獣のように四つん這いになって客人に飛びかかり、その首に噛みついた。
バキバキという鈍い音が響く。首の骨を噛み砕いている音だった。客人の身体はビクビクと痙攣し、手がだらんと下に落ちた。それでもサエ子の咀嚼は止まらず、胸、腰、そして足と次々に噛み砕いていった。辺りは血の海だった。床に敷いてあるラグの元の色は、もはや分からない。
「あーもー…あれ敷いたばっかなのによぉ…いや、赤く染めたとすれば使え…ないよなぁ」
既に客人だったものの動きは完全に停止している。というより原形を留めていなかった。
「あぁははははハはぁっ!! もっともっともっどもっともっどぉぉぉ殺じ足りないぃぃぃぃっ!! ギィぁあぁぁあハハハはッッッ」
客人の体は見るも無残に、サエ子の牙によってミンチ以上に細かく挽かれてしまっていた。
「おいサエ子、お前なんで依頼人挽いてんだよ。やりすぎなんだよ」
「はっ!! 私ったらなにを…」
我に返ったサエ子はすぐさま包帯を拾って手足に巻き直し、髪を整えて口元をハンカチで拭った。不思議と包帯が巻かれた手足は、人間のそれと同じ大きさ、形に戻っていた。
「私ったらなにを…じゃねーよ。いつものことだろうが」
「どどどどうしようお兄ちゃん~…成功報酬ぅ…」
「それは心配すんな…ほらぁ」
見ると、床に散らばった客人だった肉片がモゾモゾと動き出して一箇所に集まり、やがて元の客人の姿を形作った。
「あ…あれ、私は一体…?」
客人は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がり、ソファに座った。青年も向かいに座り、床に散らばったガラスの破片を一欠片手に取り、自分の腕を切りつけた。
「お客さん、これ飲んでみて下さいよ」
青年は切りつけた方の腕を客人に差し出した。血がドクドクと流れ出している。客人はまた恐る恐る、指でその血を取り、舐めた。
「の、飲める…!! しかもおいしい…」
客人は青年の腕の傷口に直接口を付けて血を吸い出した。するとみるみる内に肌艶が良くなり、元気を取り戻した。
「もういいだろ…離せよ…」
青年は腕を引っ込めた。既に傷は跡形もなく治っていた。客人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、失礼しました…。なにせ久しぶりの血でして。しかも、その…あなたの血がこれまたとても美味でして…いやはや」
「俺の血は天然物じゃねーんだけどなぁ…まいっか。とにかく、あなたに憑いていた悪魔は取り祓われました。だから本来の吸血鬼に戻ったというわけです。再生できて良かったですね。これからはまた、銀杭やニンニクにはちゃんと気をつけてください」
「ありがとうございますっ…しかし、どうやって悪魔を祓ったんですか?」
「彼女に食べてもらいました」
サエ子はなぜか舌を出してウィンクしている。
「今回あなたに憑いていた悪魔はそれはもうザコ中のザコでして、簡単に祓うことができました。ぐっ」
青年はサエ子から静かにボディブローを食らった。
(簡単とか言っちゃダメでしょ? 吹っ掛けなきゃ)
(俺嘘つけないもん…)
(なに寝言いってんのよ)
「あ、あの、それで料金は…」
客人は財布を取り出して言った。サエ子はすかさず言い値と答えた。すると客人は財布の中から紙を1枚だけ取り出した。小切手だった。そこへスラスラと額面を記入し…。
「ぜ、ぜろが、タクサン、アルヨ?」
「お兄ちゃんが壊れちゃった…見たことない金額を見たから…」
「本当はこれでも感謝の気持ちとしては足りないほどなんですが…」
「い、いえいえ、ありがとうございますっ」
「先程頂いた血の味は一生忘れません。私に日常を取り戻してくれたこと、本当に感謝します…あの、聞き忘れていましたが、こちらのお名前は…?」
正気を取り戻した青年は胸ポケットから名刺を取り出して客人に手渡した。
「なんでも屋パラサイト、社長・刻石英斗…」
青年、刻石英斗は居住まいを正して咳払いをした。
「ウチはなんでも屋パラサイト。落としたコンタクトレンズの捜索から悪魔祓いまでなんでも幅広くやっております。それにウチには私を含めて優秀な社員が七人もおりますので、適材適所、案件毎に専門的な知識や技術を持った者を派遣いたしますのでどうぞご安心を。決してお客様に損はさせませんよ? …って、お知り合いにも宣伝しといて下さいね。今後ともご贔屓に」
客人は、この社長はビジネススマイルが本当に苦手なんだなぁ、といった表情でソファから立ち上がり、玄関に向かった。
「あ、ちょっとお待ちを」
英斗は客人を呼び止め、近くにあった日傘を彼に手渡した。
「日光にも、お気をつけを」
それから部屋の片付けがとても大変だった。英斗とサエ子だけでは手が足りず、暫くして帰ってきた他の社員たちと総出でおこなって、暗くなる頃に漸く片付いた。
「ねぇ、ここに置いてあった日傘は?」
一通りが終わるのを見計らってから中二階から降りてきた、眼鏡に白衣の女性が静かに言った。その直後に先ほど聞こえたのと同じ怒号がそこで響いた。
夜。一日が終わってホッと一息をつく微睡んだ時間。何故か顔が腫れている英斗は、サエ子が淹れたお茶をズズズっと啜ってからソファで横になった。サエ子は無言で毛布を掛けた。
「今日もお疲れさま。お兄ちゃんなんもやってないけど」
「後片付けしただろぉ? んでなぜかヒロ子にぶん殴られた」
「そりゃヒロ子さんの日傘なんだから勝手にあげちゃったら怒られるわよ」
「ぐぬぬ…」
サエ子は向かいのソファに座り、背伸びをしてから大きな欠伸をした。
「けど残念だったねぇ。今回もハズレで」
「そう簡単に見つかったら苦労しねーって」
「けどいつになったら解放されるんだろうねぇ、お兄ちゃんは」
「俺はまだ解放される可能性があるだけマシだろ…お前らはもう…」
「私は別に不幸してないもん。好きでやってんの。お兄ちゃんの目的を果たす手伝いをね」
「………俺の中から逃げた九体の悪魔を全て取り戻す。それが、俺がなんでも屋をやってる理由だ」
「誰に言ってんの?」
「自分に対して言ってんの。決意を新たにってやつよ」
「ふーん。じゃ、おやすみ~」
こうして一日が終わる。そして、おそらく明日もこんな風に一日が終わる。なんでも屋の一日とは、そういうものである。
続く
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