元病弱な転生者は貞操観念逆転世界でも自由に生きたい!~主人公ムーブを楽しんだり、影の実力者ムーブを楽しんだり好きなように生きていたら世界各地で己を慕うヤンデレを量産してしまっていた件~

リヒト

プロローグ

 無機質な病室の窓。

 窓の外に見える一つの大きな木。


「……もう、紅葉も終わる頃か」


 それが、僕から見える外の世界のすべてだった。


「冬は、嫌いだ」


 外の世界の景色から色がなくなるから。

 ただ白く、淀んだ景色になる。


「げほっげほっ」


 毎年、思うのだ。

 冬が近づくに連れ、落ちていく木の葉を見て。最後の一つが落ちた時、それが僕の最後なのかと。

 そしてまた、何の彩りも持たず、ただ枝だけがあるその姿に自分を重ねてしまうのだ。何も持たない僕と───でも、彼の木は僕と違う。また春になれば、彩りをその枝から生やす。

 永遠に、何もなくただベッドに横たわっているだけの僕とは違う。


「……あぁ」

 

 嫌な現実。

 そこから目を逸らすようにもう久しくお見舞いにも来なくなった両親が残していったスマホへと視線を落とす。

 ただの小さな箱の中には、僕の知らない世界が広がっている。

 

 そこには主人公が居て、ヒロインが居て、ラスボスがいる。

 他にも魅力的なキャラはいくらでもいる。カマセキャラだったり、ライバルだったり、影の実力者だったり。ありとあらゆる人がいて───僕は、そのすべてに憧れていた。


「……もう、夜か。暗いな」


 でも、現実は無常。

 スマホを閉じればただ一人の病室。たまに看護師さんとお医者さんが来るだけの世界。

 両親はもう病気で歩けもしない僕ではなく、元気な妹に首ったけ。

 友達はいなく、思い出も何もない。

 今日もまた一人、何者でもない僕は暗い病室で瞼を閉じ、本能に従って何の意味もない睡眠へと落ちる。


 ───そして、再び僕の視界が光を取り戻すことはなかった。



 ■■■■■


 

「ひゃっはぁーッ!狩りだ狩りだァァァァァアアアアアアアアアッ!」

 

 雪が降りしきる身を切るような寒さ厳しい冬のある日。

 僕はその雪を踏みしめながら多くの木々を駆け抜けていく。


「ガァァ!?ぎゃぁ、ガァァァアアアア!?」


 僕の視界の先にいるのは一体の化け物だ。

 

「何だ!なんだお前!初めて見る生物だ!おら!解剖させろ!僕にお前のそのすべてを見せてくれッ!」


 黒いヘドロが人型に動き出したかのような見た目だった。

 この世界に来てからというのもの、ドラゴンだったり、足が六つある狼だったり、奇怪な生物というのもごまんと見たが、それでも、目の前を走る化け物はその奇怪な奴らよりもより奇怪だった。


「ヒャッハァァァァアアアアアアアア!」


 捕まえ、よく見てみねば。

 逃げる面白そうな化け物を追いかけていく。


「およ?」


 その果てに、木々が生えそろうばかりの森の中でぽつりと空いた広い空間に出た僕は首をかしげる。

 広い場所には一つの壊された馬車が横たわり、その隣には一人の少女と黒いもやに包まれた一人の人物が立っていた。


「怪しい奴はてんちゅうぅぅぅぅうううううううううううううううッ!」


 どんな光景か。

 疑問に思うよりも前に僕はさっき拾った木の棒を振りかぶる。


「何奴っ!?」


 だが、その一撃は寸でのところで避けられてしまう。

 惜しい!


「……何がっ?」


 回避したその人物は困惑の表情でこちらの方に視線を送ると共に、その視線をすぐさま僕が追いかけていた化け物の方に向ける。


「魔法だな!魔法を使ったな!あの化け物はお前の使い魔か何か!?今は、あれか?化け物の記憶でも読み取ったか!?」


「な、何だこいつ!?お前……うちの子相手にこんなことを!?」


「良いなァ……置いておけよ。お前のすべてをぉ」


「……ッ。どんな、魔力の圧だ。……ちぃ、引くほかないか。狂人の相手をしている暇などないッ……クソがァ」


「あっ、おいっ!」


 僕が飛びかかろうとした瞬間、黒い靄に包まれたその人物は忽然と姿を消してしまう。僕が追いかけていた黒いヘドロの奇怪な生物も一緒だった。


「……アァ?」


 逃げられた?なんていう……面白そうなイベントだったのに。


「……あ、貴方は?」


 なんてことを思っていた中、横から凛と響く声が耳に入り、そちらへと視線を向ける。

 そこにいるのは一人の美しい少女───これは、あれじゃないか?アニメにもありそうな、王道展開。襲われていた一人の少女を救うイベントではないか。


「ふふふっ」


 これは、どっちだ?

 何処のラインだ?どの構図が一番素晴らしい……?


「前日譚か」


 物語の開始にしては、あまりに僕も、目の前の少女も幼い。

 僕の年齢はまだ五歳で、彼女は八歳くらいに見える。五歳と八歳の物語なんて見たことない。つまり、これは前日譚だ。

 誰のか?ラスボスか?それとも、主人公のか?


「……ぜ、ぜんじつ……何を?」


「ふっ」


 いや、違うな。これは、第三陣営の前日譚だ───さっきの光景を思い出してみればわかる。なんかヤバそうな組織の手合いでしょ。これ。化け物を飼っている人間って絶対にヤバい奴だ。

 まぁ、この構図、別に主人公とヒロインの前日譚とも見えるし、目の前の少女がラスボスにまで堕ちていくまでの前日譚にも見える───が、まだ僕は修行の身。

 流石にいきなり主人公とか、ラスボスだとかの花形はやりたくない。


 なら、まずはちょっと脇道の第三陣営だ。

 主人公陣営とラスボス陣営はとは別の第三陣営。第三陣営としてその両者とも関係を持つカッコいい影の実力者───これだ。

 まずは、これで楽しもう。


「暗いな」


 雲は似合わない。

 せっかくだ。月光を浴びたい。


「……ッ」


 腰の剣を抜き、軽く振るった僕の剣閃は雲を引き裂き、月光を露わとさせる。


「名もなき少女よ」


「……わ、わたしっ?」


「この世界の、道を知りたいか?」


「えっ?」


 前世の僕は病弱だった。

 ただ、ベッドの上に横たわり、死を待つだけの無意味な生───だからこそ、今世の僕は生を謳歌したいのだ。

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