第5話 進化

俺の名はレオナール。

修道騎士団の便利屋にして、聖女リュシエルの護衛を務める男だ。

寸止め鉄拳制裁で氷の聖女を改心させ、

筋トレで体力をつけさせ、暴漢を投げ飛ばし、

さらにはモーニングスターまで購入させて(されて)しまった。


――そして今、俺は目の前の光景に頭を抱えている。




神殿の広場のど真ん中。

リュシエルはモーニングスターを振り回しながら、快活に叫んでいた。


「ヒャッハー!悪党ども、まとめてかかってきやがれ!」


信者たちは唖然とし、俺は膝から崩れ落ちた。

かつて氷のように冷たい態度で人を拒んでいた聖女が、

今や冒険者のように陽気に、戦闘狂じみた雄叫びを上げている。


「……聖女様、どうしてこうなった」


「……筋トレと武器の成果」


彼女は涼しい顔で答えたが、その口元は愉悦に歪んでいた。




その日も例のごとく街では盗賊団が暴れた。

俺は護衛として剣を構えたが、リュシエルが前に飛び出した。


「ヒャッハー!待ってましたー!」


彼女はモーニングスターを振り回しながら盗賊団に突っ込んでいった。

鉄球が地面にめり込み、衝撃で盗賊たちが吹き飛ぶ。


「……聖女様、護衛は俺の役目なんですが」


「もう護衛なんていらねー!」


彼女は笑いながら叫んだ。

その、あまりの迫力に盗賊たちは次々と逃げ出した。




事件後、街では新たな噂が広まった。


「聖女様が冒険者みたいだ」


「聖女様がモーニングスターで悪党を撃退した」


「聖女様がいれば騎士いらなくね?」


信者たちは彼女を「冒険聖女」と呼び始めてしまう。

俺は頭を抱えた。




神殿に戻って報告すると、団長は目を剥いた。


「……聖女が『ヒャッハー』と叫んだ?」


「はい。俺の護衛も不要だと」


「……お前、筋トレだけでなく武器まで持たせた結果がこれか」


「いや、勝手に進化したんです!」


団長は深いため息をついた。


「聖女は人々を癒す存在だ。冒険者化してどうする」


「でも、信者を守りました」


「……それは騎士の役目だろうが」


団長は頭を抱えたが、

聖女本人が「護衛不要」と主張したため、結局黙認された。




その夜、彼女は俺に言った。


「……昔は人を拒んでいた。でも今は楽しい。戦うのも、笑うのも」


「……でも、聖女が『ヒャッハー』って叫ぶのはどうなんですかね」


「……悪くない」


彼女は小さく笑った。

その笑みは、以前の氷の聖女とは違う。

明るく快活で野心的で、まるで冒険者のようだった。


俺は思った。

寸止め鉄拳、筋トレ、暴漢撃退、武器購入、そして冒険者化。

聖女は着実に「戦女」から「勇女」へと進化している。

――護衛の俺はもう不要なのかもしれない。




翌日、街では新たな噂が広まっていた。


「聖女様が冒険者になった?」


「聖女様がモーニングスターを振り回しながら『ヒャッハー』と叫んだ」


「聖女様に任せておけばオッケー」


信者たちは彼女を「冒険聖女」と呼び、俺の存在も忘れ始めているようだ。


修道騎士の俺は、護衛対象を筋トレで改心させ、武器まで持たせ、

ついには冒険者にしてしまった――もう護衛いらんよな?


俺は空を仰ぎ、深いため息をついた。

だが心の奥では、少しだけ嬉しかった。


氷の聖女は変わった。

人を拒む存在から、笑い、叫び、人を守る存在へと。

それが俺の護衛としての最高の仕事だったのかもしれない。

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