第2話
リディア視点
静寂を取り戻したローゼリア公爵邸の大広間。祭典の後のように空虚だ。
私は、窓から差し込む夕陽を浴びながら、赤い絹のドレスの裾を優雅に広げた。指先には、細い金と宝石の指輪が幾重にも光っている。全ては計画通り。いえ、計画以上に完璧だった。
「お姉様、せいぜいお元気で、ね。」
先ほど、追放の馬車を見送る直前に耳元で囁いた言葉が、甘美な余韻となって蘇る。あの時の、ルーマニアお姉様の屈辱に歪む顔。私には何よりも美しい景色だった。
穢れた霊媒体質のくせに、長女というだけで全てを手に入れようとしていた愚かな姉。
私に必要なのは、公爵家の権力と、最強の魔法使いであるハリス様の隣の地位。姉の持つ「長女」という肩書きは、邪魔でしかなかった。ハリス様を籠絡するのは、想像以上に容易だった。彼は正義感が強く、少しばかり優しすぎる。私の涙と、姉の「霊視」という不吉な能力への漠然とした恐怖を刺激すれば、すぐに私を選んだ。
(ああ、これでいい。全てが順当だわ。)
私は公爵家の当主となる。そして、ハリス様という最高の盾を手に入れた。
腹心の進言
背後から、滑らかで低い声が聞こえた。
「リディア様。追放は完了しました。タキスタン子爵も、貴女様の掌の上です。万事順調と言えましょう。」
セルヴァン。暗い緑のマントを纏う私の腹心。彼はいつも冷静沈着で、裏の仕事を全て引き受けてくれる。彼がいなければ、今回の策略は成功しなかっただろう。
「セルヴァン、ご苦労様。完璧よ。あとは時間の問題。父上も私を次期当主として認めざるを得ないわ。」
私はティーカップを傾け、優雅に微笑んだ。だが、セルヴァンは鋭い眼差しを私に向けたまま、静かに進言する。
「しかし、霊峰サンサーラは侮れません。あの地では、霊媒師が最高の地位にいます。ルーマニア様がもし、その『穢れ』を力として覚醒させてしまえば、後に厄介な火種となり得ます。」
「ふふ、ご心配なく。」私は笑みを深くした。
「あの甘いお姉様が、そんな荒々しい場所で本物の霊媒師になれると? ただの安息よ。彼女が霊と戯れている間に、都(ここ)での地位は盤石になる。それに……」
私の内心には、わずかながら、不安の種がある。
ルーマニアお姉様は、確かに霊媒体質で都の貴族としては不適格だった。しかし、彼女の霊視は、時に真実を暴いた。もし、彼女がサンサーラで力をつけて、都の、このローゼリア家の秘密を知りたがったら?
そんな可能性を潰すためにも、私は公爵家を完璧に掌握しなければならない。そして、いつか。
「セルヴァン。サンサーラへ、時折、監視の目を送っておいて。何かが芽生えそうになったら、すぐに摘み取って頂戴。彼女はもう、私にとって、遠い辺境の幽霊でしかないのだから。」
私はカップをソーサーに戻した。カチン、という小さな音が、私の冷酷な決意を静かに示していた。
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