飛べない鳥のセッション
右中桂示
プロローグ
スタンダードナンバー
草を喰むペガサスの群れが、人の気配を感じたせいか急に飛びたった。
初夏の太陽が地上を強く照らす。昼の白い月が青空に映える。
平原を流れる川と木立に挟まれた中に延びる街道を、黒毛の馬が引く馬車が二台走っていた。
前を行く馬車の手綱を握るのは、褐色肌で頭に二本の角の生えた人物。隣の護衛は角はない人種だ。手すりにちょこんと座るのは妖精。後ろの馬車には美麗なエルフや
荷台には山積みの商品。行商の一団が牧歌的な風景を進んでいく。
御者がほっと息を吐き、朗らかに話しかけた。
「いやあ、今日は順調ですよ。この調子なら予定より早く着きそうです」
「そうですね。普段ならもっとゴブリンに襲撃される事が多いと聞きます。キウリャさん、このまま何事もなく到着するかもしれませんよ!」
「……安心するのは早いと思う」
気を抜いている二人に、護衛の若い女性──キウリャが警戒を滲ませて口を挟む。
色白な肌で小柄かつ細身。水色の髪をバンダナが包む。灰色の目は冷ややかな半眼。濃緑の軍用ジャケットにパンツとブーツ。缶バッジの可愛い絵柄が浮いている。腕に細長い包みを抱えていた。
木立を油断なく見据えるキウリャに、妖精と御者は呑気な顔で応じる。
「気を張り過ぎていたら疲れてしまいますよ?」
「仕事がなくたって護衛の報酬はきちんと払いますぜ」
「……確かに心配し過ぎかもしれないけど」
「ヂンペーさんはどう思います?」
振り返り、荷台の方に話しかける妖精。
もう一人の護衛を務める男性──ヂンペーは背中を見せたまま答えた。
「そりゃあ警戒はいくらしても……あっ!」
「なに?」
「あァ、なんでもねェよ」
キウリャは後ろを覗き、彼の目線を確認。虚空に向かって滑らかに指を動かしている事を確認して、包みで頭を小突いた。
「サボらないで」
「ってェ! いいだろ暇なんだからよォ!」
ヂンペーは頭を抑えながら抗議した。
年齢は三十代前半頃。青緑の髪は天然パーマ、多機能ゴーグルの奥に焦茶の瞳、こだわりがあるらしい髭。油汚れのこびりついた作業服を着ていた。
険悪でありつつ気安く言い争う二人を、妖精がハラハラと見守っている。
後ろの馬車の商人達は護衛のはずの彼らの態度に呆れ顔。文句も漏れ聞こえる。
商人達の服装は革や布であるのに対し、デザインも素材もキウリャとヂンペーは場違いだった。二人だけが異質。その違和感も不信感を助長しているようだった。
だが、唐突に。言い争っていたはずのヂンペーの声が緊張感を帯びる。
「嬢ちゃん。居やがるぜ」
「分かった」
「旦那ァ、止めてくれ」
「ええ? なんでまた……」
「いいから言う事を聞いて」
「まあ分かりましたが……」
御者は訳が分からない様子だったが馬車を停止させた。
ただ、後ろの馬車では「何故止めたんだ」と騒ぎ出してしまったのでヂンペーが落ち着けようとする。
「前にロープが仕掛けてあんだよ。馬が転ぶぞ」
「ああん!? 本当か!?」
「いやだから危ねェって! 引っ込め!」
顔を出して大声で呼びかけるが、信用ないのか聞き分けられなかった。馬車から出て前に行こうとする商人との間で一悶着。
それを他所にキウリャが馬車の屋根へ颯爽と跳びあがる。頑丈な造りの為に踏み締めても支えられた。
バサッ、と持ち込んだ包みを剥がす。
出てきたのは銃だ。白と黒の外装、異なる物が二丁。
目付きをより鋭くさせたキウリャは下のヂンペーを睨む。
「騒いでないで仕事」
「ほれ、奴さんの位置情報……あァだから下がれって!」
「うん」
サポートを終え、商人達への対応に戻るヂンペー。
キウリャは片膝立ちになり、胸ポケットを軽く叩く。携帯端末が起動した。
「射撃補助」
視界に文字や図形が浮かび、風景に重なる。気温、湿度、風速、目標の位置など必要な情報が半透明のホログラムモニターに表示された。
不審な人影の反応を多数確認。
木々が遮ろうと標的は把握できる。まずは馬車の前方、右奥、離れた位置。
まずは白い外装の銃、レーザーライフルの方を構える。軽いそれは支えがなくとも楽に保持。狙いをつけるのも簡単だ。
照準の中心には、杖を掲げる魔法使い。
息を止め、引き金を引いた。
無音で放たれる光線。放たれる熱、焦げた匂い。木を貫通した殺傷力ある光が、杖ごと腕を撃ち抜いた。
「ぎゃあああ!」
悲鳴を無視して、今度は反対側、馬車の後方に銃身を振る。敵影を確認し、撃った。
再び木々の中を貫く光。野太い悲鳴。弓矢を持つ人物を先程と同じように無力化した。
そこで近い場所から物音。一旦放置していた、手前に潜んでいた人影だ。
ガサガサと茂みをかき分けて盗賊の集団が現れる。荒っぽい格好の彼らは敵意を剥き出しに、剣や鈍器をかざして威嚇する。
「よくもやりやがったな!」
「よくも仲間を!」
「うるさい」
キウリャは冷めた目で手早く銃を持ち替えた。黒い重厚なそれは、実弾の猟銃。
反動に備え、射撃姿勢を変える。
今度は激しい発砲音が響いた。揺れる木立。鳥や獣が逃げ出し、商人達は耳を覆う。
まず一人目。賊の胴を覆う革鎧に命中した。
「ぐ、がっ……!」
鉛弾は防具を貫く衝撃を与えた。制圧に丁度いい威力は把握済みだ。その場に崩れ落ちた盗賊も命は無事だろう。
続けて、怯んだ盗賊を容赦なく狙う。屋根上から位置情報を頼りに、効率良く排除する。
全弾狙いは正確。銃声はリズミカル。怒号は呻き声に。次々と敵影を撃破していく。
だが、発砲しても尚健在な影があった。弾丸を弾き落とす者が現れたのだ。
「へへへっ。こんなもん、オレにゃあ効かねえぜ」
「そう」
幅広の剣を自慢気に担ぐのは、盗賊の親玉らしき彼。下品な笑みは余裕の表れだろう。
キウリャは気にせず、続けて発砲。目にも留まらぬ剣
「待ってな。奴らの分も可愛がってやるよ」
「できるつもり?」
殺気を
猟銃からレーザーライフルに再び持ち替えようと片手を伸ばす。
が、頭上から落ちる影に気付いて手を止めた。
掌サイズの浮遊する金属の塊。ドローンだ。親玉は謎の物体に意識を奪われた。
「あん?」
「遮光」
キウリャは胸ポケットを叩き、機能を作動。視界は暗く覆われる。
瞬間。
強烈な光がドローンから発された。白く世界が染まる。
不意打ちに目を覆う盗賊の親玉。
光に潰される影を照準に収め、素早く撃った。
「ぐあっ……!」
目を焼かれては凄腕だろうと防御は不可能だろう。
最後の銃声。腕に響く衝撃。腹部の鎧にめり込む弾丸。親玉が悶絶する。
そして街道に静けさが戻った。盗賊は全員意識をなくし、商人達は見慣れない戦闘にポカンと戸惑っている。
キウリャは淡々と屋根から飛び降りた。静かな着地の音がいやに響く。
「お手柄でしたね!」
妖精がキウリャに向かって飛び、乾いた空気を振り払うように労う。
ただ、活躍した当の二人は朗らかではない。
「……助けなんて要らなかったのに」
「そう言うなよォ。オジサン寂しくなっちまう」
「それがなに?」
「はーあ。意地張ってっとおこちゃまみたいだぜェ?」
「はあ?」
「もう! 仲良くしてくださいよー!」
キウリャの不機嫌をニタニタとからかうヂンペー。戦闘より余程雰囲気が悪い。
どこか滑稽な妖精の叫びは誰も気にしないままに空に抜けていく。鳥が林に戻り平和を示すように鳴いた。
キウリャとヂンペー、異質な二人にとってこの地はほとんど未知の惑星。角が生えた人間、エルフやドワーフは宇宙人。
母星から宇宙を旅し、このまるで異なる環境と文明の惑星に辿り着いた星外調査隊の一員だった。
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