第32話 小さな戦争(2)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』『投擲(必中)』

アクションスキル なし

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 待機時間が長くなる程、焦りが募る。短い寿命のせいで平常心を保つのが難しい。同じ状況下、フライング気味に飛び出す精子を感じた。俺はそれでも耐えて成り行きを見守る。

 絶命したのか。卵管の奥は静けさに包まれた。

 そこに甘ったるい声と振動が響く。俺の焦りを下から突き上げる。億超えの精子の増加を想像して全身が震えた。

 圧が凄まじい。卵管の奥に突撃する数が加速度的に増えた。


 飛び出すな。今じゃない。もう少し、粘るんだ。


 膨れ上がる意欲を同等の恐怖が抑え込む。白血球の存在を強く感じた。精子はウイルスと見なされ、攻撃される。生前、ネットで見かけた情報なので真偽はわからないが。

 俺の命ははかない。ささいなミスで呆気なく消え失せる。その自覚が無類の辛抱強さを生み出した。

 全身が大きく震えた。恐怖ではなくて歓喜。直感が告げる。


 卵子ちゅわああああああんん! 今、行くよ! 俺と結合して分裂しよう!


 俺と同様に一斉に卵管に雪崩れ込んだ。最短ルートで卵子を目指す。

 その過程で時に動きを同調させた。推進力と反発力を合わせた螺旋らせん運動で危険地帯の通過を試みる。

 俺を掠めるように触手のようなものが飛び出した。辛うじてかわしたが別の精子が捕まったようだ。内部に取り込まれる感覚は捕食に近い。白血球の脅威を改めて感じた。

 急ぎながらも周囲へ細心の注意を払い、ようやく危険地帯を抜けた。

 全力を注いだ反動で力が入らない。墜落するように緩やかな下降線を描く。

 目覚めよと言わんばかりに武者震いが起きた。俺は再び螺旋運動を始める。その勢いで卵子に頭から突っ込んだ。柔らかい層に包まれてがむしゃらに動いた。

 俺だけではない。多くの振動がライバルを意識させる。一番の称号を手に入れるため、全力のアタックを続けた。

 簡潔に表現するとニュルンだろう。俺は最後の壁を乗り越えた。栄光の一番を手にした瞬間だった。


 精子から昇格した俺は受精卵となった。身体の周囲は強固なよろいとなり、押し寄せる精子をものともしない。卵管内を貴族のように優雅に漂う。

 導かれるまま卵管を通り抜けて広い空間に放たれた。主戦場は打って変わって俺の誕生の場所となる。

 自然に心に余裕が生まれた。そこにある考えが浮かび、急速に膨れ上がった。


 産まれるだけで達成ガチャを回せるのでは?


 ここまでの厳しい過程を振り返ると真実味が増した。それしかないとさえ思えた。湧き出す喜びで心が満たされ、甘美な夢を堪能した。


 ふわふわとした時間が過ぎてゆく。いつまで経っても身体が安定しない。着床できず、不安と苛立ちが交互に襲う。

 精子のように自由に動き回ることができない。広い空間を運任せで漂っていた。しかも他の受精卵の気配を感じる。無い胃がキリキリと痛み出した。

 追い打ちを掛けるように不吉な声が降ってきた。


「今日のカラオケはパスで。なんか頭や腰が痛くて」

「それ、アンネじゃね?」

「やっぱ、そうかな。季節的にインフルかと思った」


 生理の始まりは俺の終わりを意味する。焦りは頂点に達した。動かない身体は牢獄に繋がれている状況に等しい。


 誰か助けてくれ! 産まれる前に死にたくないんだ! 神様、プリンちゃん、何でもいいから俺を救ってくれええええ!


 着床できる壁を身近に感じる。手があれば掴める。その僅かな距離が果てしなく遠い。

 時間が垂れ流しとなった。明るい未来は暗い絶望に呑み込まれる。

 薄っすらと過った瞬間、俺は押された。漂ってきた他の受精卵が当たってビリヤードのボールのように弾かれた。

 そんな俺を柔らかい壁がふんわりと受け止めてくれた。とても温かくて無い目から大粒の涙が零れそうになる。


 なんという素晴らしい多幸感……達成ガチャが目の前に……ああ……。


 薄れる意識と緩やかに落ちる感覚。全てが幸せに満ちていた。

 最後に女性の声を全身に感じた。


「やっぱ、生理は怠いわ」


 世界はゆっくりと閉じていった。

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