第27話 生き抜く(1)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』

アクションスキル なし

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 霧散した意識が緩やかに集まる。活力が満ちて強い瞬きをした。どうやら灰色の地面に正座をしているようだった。

「そんな時もあるよ」

 軽い言葉を掛けられた。

 顔を上げると目の前に白いホットパンツの女神がいた。目尻を人差し指でさりげなく拭う。その動作を見て歯を噛み締めた。

「……言い訳もできません」

「仕方ないよ。うちも最初はダンジョンと思ったくらいだし」

 慰めの言葉は笑った目で台無しだ。怒りや不満を呑み込んで俺は立ち上がった。

 パーカーのポケットに右手を突っ込み、『女神屋』の店頭に置かれたカプセルトイの前でしゃがんだ。取り出したコインは速やかに入れてハンドルを回す。

 出てきたお馴染みのカプセルを割って書かれた紙を取り出した。スキルを目にした瞬間、おっ、と思わず声が出た。

「女神様、久しぶりの大当たりです」

 弾んだ声で紙を渡した。受け取った女神は、これね、と苦笑いのような表情を見せた。

 不安になった俺は小声で話し掛ける。

「もしかして『レア』でもない?」

「悪くはないよ。投げた物が必ず当たる『投擲とうてき(必中)』だからね。でも、これには上位スキルがあって『追尾必中』とか『二倍撃』や『三倍撃』もあるんだよね」

「そう、ですか。倍撃の意味はわかるのですが、『追尾必中』は上位スキルになるのでしょうか」

 敵と相対した時、必中さえあれば追尾は必要ないように思えた。

 その質問に対して女神はしゃがんだまま踏ん反り返る。人差し指を立てると嘲るような笑みで左右に振って見せた。

「スピード差が激しいと目で捉えられないかもしれない。そうなると『投擲(必中)』は当たらないんだよね。『追尾必中』は敵と認識した相手を見失っても追い掛けて当てるから上位になるんだよ」

「そういうことですか。速度の問題は『短剣特効(速)』で補えると思いますが」

「その場に短剣があればね。あと転生した人物が非力だったり、病弱だとスキルの恩恵がほとんどなくなるので注意してね」

「まあ、そうですね」

 自力でどうにかできる問題ではない。異世界ガチャ運はあまり良いとは言えないので微妙な笑顔になった。

 その後、俺は両手を組み合わせて深く頭を下げた。その姿で胸中に思い浮かべた神々に懸命に頼み込む。所持したスキルが大いに役立つ異世界に転生させてください、と。

 切なる祈りを捧げた姿で俺は穴の中へ落ちていった。


 頬に何かが当たる。冷たい雨水を想像した。野外にいるのだろうか。

 閉じていた目を開けた。黒い鉄格子のような物が見えた。もぞもぞと動くと右肩に鈍い痛みがあった。長時間、横向きの姿で寝ていたのだろうか。

 床もひんやりしている。岩をり貫いたような作りで表面は粗い。切り傷を作らないように上体を起こした。

 ここはほの暗い牢獄なのだろうか。スキルの力で通路の向こう側を見ると鉄格子があった。無人で両隣にも人の姿はなかった。

 それにしても身体が重い。手足は細くて血色も悪い。その上、囚人服とも呼べないようなボロを身にまとっていた。片方の肩の部分が破けて薄汚れた袈裟けさのようだった。

 静けさは長く続かない。遠くで忙しない靴音が聞こえる。複数で立ち止まると甲高い金属音が響き、出ろ、と威圧的な声を耳が拾った。

 よろよろと立ち上がった俺は鉄格子に張り付き、左へ視線を向けた。

 複数の靴音に、イヤだ、と力ない声が混ざる。その都度、叩くような音がした。

 最初に幼い子供が現れた。俺と同じようなボロを身に纏い、片方の頬が青黒く腫れていた。その背後には革鎧の二人組の男が横並びで歩く。

 よく見ると子供は片脚を引き摺っていた。遅々とした歩みに苛立ち、男が背中を手で突いた。転びそうになる姿を見て、早く歩け、と吐き捨てて足蹴あしげにした。

 俺の目付きが鋭くなる。暴力を振るった男がそれに気付いて速度を緩めた。

「コイツが終わったら、次はお前だ」

「……どうするつもりだ」

「どうもこうもない。せいぜい足掻いて無様に死ね」

 黄ばんだ歯で嗤うと足早に通り過ぎていった。

 先程の男の言葉からコロシアムを想像した。俺は幼いながらも剣闘士奴隷なのだろう。貧相な身体でも生き延びている。そう考えると少し気分が上向いた。

 あと何勝すれば自由を手にできるのか。それはわからないが希望は持てる。心の変化は身体にも良い影響を与えるのか。腰や肩を回しても痛みをあまり感じない。

 俺は可能な限りのストレッチを試み、最後に股間に手をやると小さいながらも付いていた。

「出ろ。お前の番だ」

 先程の男が戻ってきた。

 俺は何も答えず、しっかりとした足取りで先頭を歩く。かなり遠くに扉が見えていた。近づく程に人々のざわめきが大きくなる。

 

 俺は絶対、生き延びてやる。そして自由をこの手に掴み取るんだ。


 その先には達成ガチャがあるはず。

 意識すると息が荒くなる。静かな興奮が身体に満ちて、俺は開かれた扉の先へ大きな一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る