第22話 魔王と勇者とエトセトラ(3)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』

アクションスキル なし

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 勇者を背負って快調に走る。横たわる遺体は速度を活かして軽々と跳び越えた。振り落とされないように首に回された両腕も悪くない。立場を忘れてデートをしている気分になった。

 目印の黒い石碑が大きさを増した。俺は目を細めて立ち止まった。勇者は瞬時に両腕を首から離し、どうした? と小さな声で言った。

むくろの山だ。それでも進むか?」

「……もう現実から、逃げたくはない」

「そうか」

 俺は再び走り出した。勇者の目にも見えているのか。首に回された両腕の力が強くなる。

 石碑の周りにはおびただしい数の遺体が折り重なっていた。首をねられたゴブリンの下には組み敷かれたような人間がいた。苦痛に歪んだ横顔は女性に見える。首筋には躊躇ためらい傷のような跡が残されていた。

「おろして欲しい」

 その声に従い、俺はその場にしゃがんだ。勇者は背から離れ、傷めていた右脚でゴブリンの横っ腹を蹴り上げた。

 女性の隠れていた下半身が露わになった。き出しの臀部でんぶは深くえぐられ、部分的に酷い裂傷が見られた。勇者は怒りを抑えられず、負傷した脚で次々とゴブリンを蹴り飛ばす。

 俺は女性の近くに落ちていた短剣を拾い上げた。剣身が異常に短い。武器としての効果は全く期待できない作りであった。

「これはなんだ?」

「自決用だ」

 目にした勇者が伏し目がちに答えた。

 俺は他の女性にも目を落とす。ほぼ全員が首筋に複数の切り傷を負い、苦悶の表情で息絶えていた。近くには決まって短剣が落ちていて気ままに拾い集めた。

 勇者は非難するような目で見てきた。手の内を全て明かすつもりはない。適当に思い付いた内容を口にした。

「殺傷能力はなくても何かに使えるかもしれない」

「そうかもしれないが、不謹慎ではないのか」

「死者には必要ない物だ」

 きっぱりと言い切った。

 納得しない勇者に俺は一本の短剣を差し出した。

「貴様が持つか」

「……どういう意味だ」

「自決用ではないのか?」

「ま、まさか私をそんな目で見ているのか!」

 激しく動揺して胸と股間を手で隠す。この反応には俺も困った。淫らな想像が頭を巡り、股間の膨らみを感じた。

「取り敢えず、湖の底を調べる」

 短剣を手に俺は湖に速足で向かう。地上の惨状は湖面に影響がないようで澄んで見えた。

 大股で湖面を揺らし、躊躇いなく頭まで浸かった。そのままの勢いでなだらかな湖底を突き進む。水中に適したスキルのおかげで問題なく息ができた。

 残念なことに短剣のスキル効果は発揮されず、いくら足を速めても歩行の範囲に収まった。

 薄暗い中、目で用心しながらものんびりと歩いた。小魚の群れが目の前を横切る。手掴みを試みるがかすりもしない。

 諦めて歩を進めると、そこかしこに小型の翼竜が沈んでいた。中型くらいの魚が何匹も小さい口でついばむ。そっと近づいても気付かれた。

 何かしらの仕掛けや道具が無いと魚の捕獲は難しそうだ。先を見ても同じような状況に思えるので引き返すことにした。

 湖底に残された自分の足跡をなぞるように帰ってゆく。やや外れた位置に試験管の口のような物体が、二本、突き出ていた。先を急ぐあまり全く気付かなかった。

 俺は口の部分を掴み、引き抜くと中身が入っていた。しっかり栓がされているようで円筒形の中で緑と紫の液体が揺れている。

 この二本は回復や解毒に使えるかもしれない。実際の用途は勇者に見せればわかるだろう。収穫とは言えないが少し気分が上向いた。

 前のめりで歩き、湖面から顔を出した。信じられない姿の勇者を見て身体が震える。

 背中を向けた褐色の巨人が勇者の首を片手で掴み、高々と掲げていた。苦し気な顔で藻掻もがいてもびくともしない。

 俺は思わず叫んだ。

「何をしている!」

「まだ生き残りが……魔王か?」

 片手で勇者を圧倒した褐色の巨人が振り返る。

 赤黒い髪の生え際に二本の小ぶりな角が生えていた。種族はオーガだろうか。眼光は鋭いが整った顔立ちは女性のように思えた。

 服装に目がいく。焦げ茶色のポンチョのような物を着ていた。身体をすっぽりと覆い、膝の辺りまであった。

 そのオーガは俺を見て即座に魔王と判断した。配下の者と信じて威圧を強める。

「それはわれの所有物だ。勝手な振る舞いは許さん」

「大きく出たな」

 厚みのある唇を不自然に吊り上げる。覗いた犬歯は鋭く、猛獣の牙に等しい。

 威嚇いかくを含んだ笑みでオーガは勇者を無造作に横へ投げ捨てた。大地を無様に転がり、背中を向けた姿で止まった。数秒の遅れで弱々しく咳き込み、一命を取り留めた。

 内心で安堵した俺はオーガの横を悠々と通って勇者の元へゆく。手に入れた二本の円筒形の物を顔の近くに置いた。

「使うがよい」

「人間は等しく魔族の敵だ。魔王の立場にありながら裏切るつもりか?」

「何度も言わせるな。吾の所有物に種族は関係ない」

「そのような屁理屈が通ると思うのか」

 オーガから笑みが消えた。褐色の肌は黒さを増した。身体も一回り、大きくなった。見た目の変化は理解できても効果は不明。軽はずみな行動は命取りとなる。

 俺は冷静を装い、言葉を選んで口にした。

「今回の大戦では多くの命を失った。これ以上は種族の存亡に関わる」

「正しい見解だ。この機に人間は根絶やしにする」

 オーガは打ち捨てた勇者を横目で睨む。状態は変わらず、背中を向けた姿で倒れていた。

 達成ガチャの可能性の芽を摘まれては堪らない。俺は勇者から得た情報で軽い脅しを試みる。

「吾に圧壊を使わせるな」

「圧壊か。なんなら一閃も試してみるか」

 虚勢には思えない。心底、楽しそうに笑う。心なしか、揶揄やゆも含まれているように感じた。

 オーガは薄笑いを浮かべ、自ら距離を縮める。両腕は構えを取らず、だらりと下げて無防備を貫いた。

 その態度に俺は脅威を感じて後ずさる。左手の湖に意識が急速に傾く。逃げ込めば助かるかもしれない。そうなると勇者の命が危険に晒される。

「逃げ腰とは情けない。それでも魔王か」

 あからさまな揶揄に身体が燃えるように熱くなる。

 俺は後ずさりをやめた。自決用の短剣を左手の指の間へ挟む。その数は十本。未知の速度に不安はあるが、魔王の身体能力で使いこなせると信じるしかない。

 オーガは小馬鹿にしたように手を振った。

「恐怖で錯乱でもしたのか。そんな玩具で」

 突然の風が言葉を中断させた。勇者は立ち上がり、頭上に巨大な光の剣を顕現けんげんさせた。足元には空になった容器が落ちていた。

「悪鬼は滅びよ!」

 勇者は右手を縦に振った。巨大な光の剣がオーガの頭部を襲う。

 湖面に小波が起こる。俺は巻き添えを嫌い、勇者の背後へ瞬時に移動した。

 オーガは避ける素振りを見せず、生欠伸を噛み殺す。

「遅い攻撃だ」

 声に反応するかのようにオーガは光の茨に囲まれた。拘束した状態で光の剣は頭上に振り下ろされた。

 鼓膜をつんざく破砕音。荒れ狂う風は遺骸を蹴散らし、湖面を二つに割った。

 全力を出し切ったのか。勇者は膝を突いた。

「威力はそこそこだな」

 オーガは何事もなかったように立っていた。頭部や肩に付いた光の粒子を適当に手で払う。

 その態度を目にした勇者は気力を振り絞って立ち上がった。

「直撃したはず。不死なのか!?」

「魔法の無力化だ。一切の魔法を受けつけない。思い出したか、魔王よ」

 オーガの視線で勇者は後ろを振り返る。俺の存在に気付くと、どうして? と驚きの表情を浮かべる。一緒に葬ろうとした魂胆が透けて見えた。

 無視して俺はオーガと対峙した。

「同族同士の殺し合いは無益だ。膝を突いた方が負けとしないか」

「構わんが魔王になるつもりはない。こちらが勝てば、そこにいる人間を殺す」

「吾が拾った命。好きにすればいい。先手はどうする?」

「魔法を封じられた憐れな魔王に譲るとしよう」

 オーガは湖面を背に自然体の姿となった。俺は見つけた小石を右手に掴み、左右に揺れながら歩き出す。

 揺れ幅を大きくして右から瞬時に左へ跳ぶ。オーガは目で追えず、俺の姿を見失ったようだ。

 その隙に乗じて右手の小石を湖に投げ込んだ。オーガは巨体ながらも素早く後ろを振り返る。

 無防備となった背中に向けて俺は突っ込む。当たる直前で両方の掌を突き出した。

 手応えは十分。オーガは何もできず、突き飛ばされた。飛び石のように湖面を転々と飛び、最後は頭から沈んだ。

 勇者は呆気に取られた様子で眺めていた。

「膝を突いたところは確認できないが、吾の勝利か」

 俺は目で勇者に問い掛ける。

「それよりも、どうなって……勝利は、そう、かもしれない」

「命拾いしたな」

「……すまなかった。それどころか、私は魔王も一緒に」

「受けた大恩は行動で返せばよい」

 言葉を被せた俺は湖面に目をやる。オーガは一向に戻って来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る