第20話 魔王と勇者とエトセトラ(1)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』

アクションスキル なし

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 仰向けなので黒雲がよく見える。戻ってきた安心感で力が抜けてゆく。そこに静かな波音が聞こえ、瞬く間に全身が硬直した。

 怖々と音の方向を見ると、逆さまの傘が開いた状態でゆっくりと回っている。中に米粒や豆が入れられているのだろうか。傘の先端部分に嵌められた円柱形の物体が動力源になって、リアルな波音を再現しているようだった。

 起き上がってそろそろと近づく。灰色の路面の一部が砂浜になっていた。そこに虹色のシートが敷かれ、女神が仰向けで寝ている。

 白い肌に際立つ黒のビキニを身に着けていた。脚はすらりと長く下腹は出ていない。腰は程よくくびれ、胸は重力に負けない張りがあった。

 瞬間、女神の顔に意識が傾く。幸いなことに瞼は閉じられていた。寝息は聞こえないが、俺が近付いても反応しない。熟睡と判断して遠慮なく胸を見つめる。

 背中にしっとりとした柔らかい感触が蘇り、少し顔が熱くなった。

 胸を隠すかのように女神が寝返りを打った。背中越しでは豊かな膨らみを目にできない。小走りで回り込むと視線が合った。

「おっぱい見すぎ」

 黒目勝ちな目を不機嫌に細め、やや唇を尖らせていた。

「あ、いや、そんなことは……」

「それに女神ポイントが0なんだけど」

 上体を起こして更に顔を突き出す。

「えっと、水中歩行のスキルに意外な欠点があって不甲斐ない結果になりました」

「どんな?」

 白い頬に赤みが差す。四つん這いのような格好でいてきた。

 視線を下げると胸の谷間が見え、更に深く頭を下げた。その姿で懸命に語る。

「こ、広大な淡水に囲まれた小さな砂浜で、私は意識を取り戻しまして。助けも無さそうなので水中歩行のスキルを試してみました」

「そんで?」

 少し声が近くなる。俺はわかり易さを考慮して話を進めた。

「底を歩いても何もなくて。大腿骨のようなものを見つけたところで怪物? 大きくて凶暴な魚に出くわしました」

「武器は?」

「素手の状態です。なので、逃げることに専念したのですが、無理で魚に食われました」

「どうしてよ。泳がなかったの?」

 両肩に手を置かれ、軽く前後に揺さぶられた。驚いて少し視線を上げると黒い水着に包まれたふくよかな胸が弾み、思わず腰が引けた。

「ス、スキルの、水中歩行のせいで泳げなくて。それでも必死で、歩いて逃げようとして……餌になりました」

 何かを噴き出すような音がした。肩から両手が離れ笑い声が頭に降り注ぐ。

「そ、それ、ウケる。必死なのに歩くって、マ、マジで、あり得ないんだけど」

 途切れがちな言葉のあと、大きな深呼吸が聞こえた。そろりと顔を上げると女神は白いTシャツを着ていた。中の黒い水着が薄っすらと見える。あまり耐性のない俺だが、どうにか気持ちを抑え込んだ。

「まあ、今回は仕方ないね。気を取り直してガチャ、いってみよう」

「そうですね」

 俺は女神屋の前に置かれた筐体きょうたいの前でしゃがみ、真紅のコインを入れてハンドルを回した。出てきた紫色のカプセルを割って紙を見る。

「マジか……」

 呟いて渋々、女神に紙を差し出した。目にすると笑いがぶり返した。

「あ、あのね。『ハズレ』って出ないよ、普通」

「はは、そうなんですね。私もびっくりしました」

 女神は目尻に溜まった涙を人差し指で拭い、別の手で紙を握った。光る球体にはならず、白い煙のようになって大気に溶けた。

「次は頑張ってね。それと視線が嫌らしかったので」

 瞬間、路面に横長の穴が開いた。俺の身体は沈み、途中で止まった。股間に当たる部分が僅かに残され、ウッ、とうめいた俺は右に傾いて真っ逆さまに穴へ落ちていった。


 肉の焦げる臭いがする。周囲から小さく爆ぜる音が断続的に聞こえた。

 俺の目の前に銀色の鎧に身を包んだ女性がいた。金色の短髪で肌の色は白い。それだけに額から流れる赤い血は際立って見えた。足元には割れた銀色の兜が転がっている。そこには無残に折れた大剣もあった。

 肩で息をする女性は俺に向かって言った。

「どうした? 早くとどめを刺すがいい」

 負けを認めていながら眼光は衰えていない。青い眼に怒りを募らせる。

 俺は反応に困り、軽く肩を動かす。刺すような痛みに納得した。羽織ったマントの一部が切り裂かれていた。全身をよく見れば焦げ跡や打撲による内出血が見て取れた。

 女性は苛立ちを抑えられず、叫んだ。

「早くしろ! はずかしめを受けるくらいなら、圧壊あっかいで肉片にしろ!」

「圧壊とは?」

「魔王の無詠唱魔法だろ! ふざけるな!」

 この異世界で俺は魔王なのか。そうなると、この女性は勇者なのだろう。問題は圧壊という魔法だ。俺のスキルで上書きされているのでせがまれても困る。

「……魔法は使わない」

「殴り殺すつもりか? それでもいい。早くしろ!」

「敗者に従ういわれはない。それよりも戦況を教えろ」

 意外と上手い返しに思えた。勇者は怒りで震え、その場に両膝を突いた。

「……人類と魔族が存続を賭けて戦った。私達は魔族の幹部共を打ち破り、魔王に挑んだ。そして、最後の一人となって……負けた」

「魔族と人類の生き残りの数は把握しているのか?」

「いないとは言えないが、どうだろうな」

 勇者は自嘲気味な笑みで辺りを見回す。釣られて俺も周囲に意識を広げた。

 元々の魔王がハイスペックなのか。視力向上でかなり遠方まで見えた。故に落胆も大きい。どこに目をやっても生存者は確認できなかった。

 黒ずんだ人型の物体は微動だにしない。破損した武器や防具は墓標のように思えた。

 達成ガチャが頭に過る。勇者である女性は大剣を折られ、満身創痍の状態だ。俺が転生する前の魔王の力を知っているので抵抗なく、あっさりとたおせるだろう。


 ――達成ガチャがそんなイージーなわけがない。


 考えを改めた俺は様子見に徹し、先に歩き出す。直後に慌てたような声を掛けられた。

「どこに行くつもりだ!?」

「生存者を探す」

「何の為に?」

われと貴様だけが生き残った世界に何の意味がある?」

 俺は疑問に疑問で返した。勇者はよろめきながらも立ち上がった。右脚を引き摺るような歩き方で横に並んだ。

「そうだな。私も仲間を見つけ出し、戦力を増強しないとな」

「楽しみだ」

 俺は暑苦しい兜を自ら投げ捨てた。青い長髪が胸元まで垂れた。

 隣にいた勇者は目を丸くした。俺が横目をやると急いで目を背けた。

「……別に、びっくりしただけだ」

「その言葉、信じよう」

 自分の顔がよくわからないが、勇者と友好的な関係を築けそうに思えた。

 容姿向上のスキルに感謝しながら不毛な大地を二人で歩いてゆく。

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