Chapter1-2:広がる世界

エリス先生の提案

 翌朝、アトリエの扉がノックされる音でメリィは目を覚ました。

 いや、一回目を覚ましてはいたのだ。起きて、のそのそとお湯を沸かし、紅茶を淹れて……そこから記憶が無い。


「は、はーい!」


 返事をしながら髪を撫で付ける。

 扉が開いてエリス先生が入ってきた。


「おはよう。メリィちゃん。ふふ……」


 エリス先生はメリィの顔を見るなり、抑えきれないというように微笑んだ。


「さては昨日、ドキドキして眠れなかったんでしょう?」


「うっ……!?」


 どうしてそれを、とメリィは目をしぱしぱさせる。


「顔を見れば分かるわ。

 今日のクエストを用意してきてよかったわ。

 そんな寝不足の状態じゃまだ街の外には行けないものね?」


「うう……たしかに……」


 しょんぼりとするメリィにエリス先生は優しく話し始める。


「街の外に出る前に、まだ見ていない場所があると思わない?」


「えっ?まだ見てない場所……?」


 うーん、と考え込むメリィ。

 その間にエリス先生はさらさらとクエスト依頼書を書く。


「答えはね、『街の中』よ。

 メリィちゃんはまだお庭とアトリエしか見てないでしょう?

 でも街の中にも、錬金術に使える素材はたくさんあるの。

 今日はそれを探す日にしましょう?」


 そういってメリィの前にクエスト依頼書を模したメモを差し出す。


―――

クエスト名:〈街の中で素材探し〉

依頼主:〈エリス〉

難易度:★

【目的】

・街にある素材を4種類、図鑑に書いてみること

・お店に売っているものでも良いわよ

【報酬】

・先生が焼いてきたクッキーがあるからお茶しましょう

【備考】

・〈先生からのコメント〉見慣れた街の中でもきっと気付くことがたくさんあるわ

―――


「街の、中……」


「そう、街の中にもたくさんの植物は生えているし、水も流れている。

 もしかしたらそんな自然の中に生きる虫や鳥の羽なんかも素材になるかもしれないわ。」


「そっか……!確かに!」


「それにお店に売っているものにも、素材になるものがたくさんあるのよ。

 色々見に行ってみるといいと思うわ」


 メリィはうんうん、と頷いてからメモを見返す。


「先生のクッキー!?本当!?」


 早速甘いものに食いついてきたメリィにエリス先生は苦笑する。


「ええ、今朝焼いてみたのよ。

 クッキーは逃げないから、ゆっくり街の中を見ていらっしゃい」


 そう言われ、メリィは急いで出かける準備をして街へと繰り出すのだった。


◇◆◇◆◇


 街の中、色々な人に声を掛けられながらメリィは図鑑にスケッチをしていく。

 噴水の周りに生えていた黄色い花、偶然木の下に落ちてきた鳥の羽。


「メリィちゃん、こんにちは。

 何してるんだい?」


「こんにちは!錬金術の素材の図鑑をスケッチしてるんだ!」


「凄いねえ!綺麗に描けてるじゃないか!」


「おい、それならうちの果物もらっていかないかい」


「えっ?良いんですか?」


「いいって、いいって!頑張ってるんだろ?

 ほらちょうど今朝取れたのがあるんだ」


 そんなやり取りで、ありがたくもらった青果店の果物もスケッチする。


 そしてメリィは商店通りを歩き始める。

 確かに、錬金術に使えそうなものがたくさんだ。


 例えば、畜産品を扱うお店のミルクやチーズ。

 パン屋さんの手作りパン用の小麦粉。

 鍛冶屋向けに鉱石を卸売しているお店の綺麗な石たち。

 薬屋の薬草や薬液。


 この世のもの全てが素材になる可能性を秘めているんだ……!

 メリィは目を輝かせた。


 でも……、とメリィは財布を覗き込む。

 毎日おやつを買ったメリィの財布には、今日の天気に似合わない冷たい風が吹いている。


 通りを何度も往復したあと、よし!と意気込んで一つだけ素材を買うのだった。


「うーん……エリス先生に相談してみようかな……」


 ほぼ空っぽの財布を鞄にしまい、クッキーを目指してメリィはアトリエに戻るのだった。

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