悪い魔女は教える

「下僕君」


「では、今日は悪い魔女が踊り狂って死ぬ話を」


「いや、今日はそういうのじゃないんだ。というかまた酷い死に方だね」


「結構武闘派の魔女ですよ。主人公を殺そうとした際に持ち出したのは魔法の杖じゃなくて斧ですからね」


「それほんとに魔女かい? ただの脳筋なんじゃ……」


「魔女ですよ。うっかり間違えて自分の娘の首を斧で切断してしまううっかり者ですけど魔女です」


「やっぱりそいつただの脳筋だよ……。って、そうじゃなくて。君に一つ聞きたいことがあるんだ」


「……?」


「君、魔法を学びたいとは思わないかい?」


「……いえ、別に?」


「…………え?」


 ドヤ顔決めながら問う魔女さん。

 正直に答えたら表情がぴしりと固まった。


「……理由を聞いてもいいかな?」


「理由? ……と言われても、別に魔法が使えなくても今の生活に不便はないですし」


 便利そうだなぁと思わないでもないけれど、なくて困るものでもない。

 そんなものの習得に時間を使うなら、プリンに合う最高のカラメル作りに時間を割きたい。


「逆に、どうして魔女さんそこまで驚いているんですか?」


「……だって、君は異世界人なわけだよ?」


「ええ、まぁ、はい」


「異世界人といえば、魔法の習得が異様に早くてすぐ調子にのるうえに種族問わず手を出してハーレム作り出す種族じゃないか」


「異世界人に謝ってください」


「正直、君を召喚したときも、あぁこいつどうせボクのことエロイ目で見てるんだろうなぁって思ってたよ」


「自分にも謝ってください」


「なのに君ときたらまるでボクに興味がないと言わんばかりの無関心だ。一体どういうつもりだ! この腰ぬけめ!」


「その罵倒はおかしくないですか?」


「無防備に眠るボクに何かイタズラをするわけでもないし。あげく乱れた着衣整えて毛布をかけだす始末だ。一体、ボクの好感度を稼いで何を企んでいるんだい?」


「純粋な好意を湾曲して受け取られると案外ツラいですね」


 そもそも寝てる魔女さんをどうこうなんてしたら普通に犯罪ですよね。


「まぁ、それでボクは考えたわけだ。どうして脳内ピンクの君が全くボクに手を出せないのか」


「前提から気が狂ってますね。そもそも出してほしいんですか?」


「いや、出されたら消し炭にするけど」


「どうかしてますね」


 理不尽の権化みたいな人だ。

 もう、この会話切り上げてプリン作りに戻ってもいいだろうか。


「まぁ、とにかく、ボクはこう結論付けたわけだ。君には自信が欠如している。考えてみれば異世界人達も魔法を身に付け力を持ちだすまでは謙虚だった。つまり、自信を持てば君もその他大勢のように調子にのりだすだろう」


「魔女さんは自分に調子にのって欲しいんですか?」


「いや? 調子にのってるなって思ったら叩き潰すけど」


「理不尽」


「さすがに鬱陶しいのは勘弁だよ。でも、ほらね、その……」


「……?」


「なんというか、せっかく一つ屋根の下で下僕と主人の関係で暮らしているというのに、距離が遠すぎるというのも考えものじゃないか」


「……?」


「例えば、書物を読むボクに対して君がそれとなくどんなものを読んでいるのか関心をもって話し掛けるとか、ご飯を食べているときに他愛もない世間話をするとか。そういうことがあってもボクは良いと思うんだよ。今のボク達の会話といえば、ボクが暇だから君が何かを話すくらいのものじゃないか。ボクはもっとその……ふとした時に気づいたら行われているような会話があってもいいと思うんだよ」


「……つまり、もっと仲良くなろう、みたいなことですか」


「……まぁ、その認識で概ね間違っていないよ」


「そうですか。では、外に行きましょう」


「外?」


「さすがに室内で魔法の練習というのは危ないと思いますし」


「……っ。……うん、そうだね。うっかり四肢がもげたら部屋のなかが血だらけになってしまう」


「……あの、やっぱりやめていいですか」


「ダメです。やめたら四肢をもぎます」


「それ持ちネタみたいにするのやめてください」


「ふふっ。さぁ、早く行こう」


「……なんか憂鬱です」


 とはいえ魔女さんは楽しそう。

 ここでの自分の役割が魔女さんを楽しませることにあるのなら、これはこれで役目を果たしていると言えないこともないのかもしれない。


 そう考えたら……いや、でも四肢がもげるのはやっぱり嫌だなぁ。

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