サイドストーリー3 真紅のテイスティング

 王都への出発を翌日に控えた夜。

 ブラッドベリー家のダイニングには、普段とは違う豪勢な「液体」が並べられていた。


 クリスタルガラスのデキャンタに入れられた、粘度の高い赤色。

 ワインではない。血液だ。


「さあ、アルス。今宵は旅立ちの祝いだ。私の秘蔵のコレクションを開けたぞ」


 父ヴァルガスが上機嫌でグラスを回す。

 これはブラッドベリー家の伝統行事、『利き血(ブラッド・テイスティング)』だ。


「ありがとうございます、父上。……これは、素晴らしい香りですね」


 俺もグラスを手に取り、色と香りを確かめる。

 ゲーム内では吸血鬼専用の「回復アイテム」でしかなかった血液だが、この世界では吸血鬼にとっての嗜好品であり、魔力回復の源だ。


「まずはこれだ。西の『エルフの森』で採取された、ハイエルフの処女血(ヴィル・サング)。樹齢千年の大樹の根元で熟成させた逸品だ」


 父の説明を聞きながら、一口含む。

 舌の上で転がすと、花の蜜のような甘さと、清涼感のある魔力が広がる。


(……すごい。MP回復速度上昇のバフ効果を感じる)


「甘美ですね。後味に土と森の香りが抜けます」

「うふふ、お口に合ったかしら? アルスは甘党だものね」


 母エリザが微笑ましそうに見守っている。

 彼女のグラスに入っているのは、とろりとした濃厚な『聖職者の血』だ。背徳的な味がするらしい。


「次はこちらだ。『オーク・ジェネラル』の心臓血。鉄分と野性味の塊だ」


 次のグラスは、ドロリとしていて鉄錆の臭いが強い。

 口に含むと、ガツンとした衝撃が喉を焼く。

 エナジードリンクを濃縮したような味。


(STR(筋力)一時上昇の効果あり、か。戦闘前には良さそうだ)


「……少し粗野ですが、力強い味です」

「男なら、これくらいパンチが効いている方が良い時もある。戦場では特にな」


 父は満足げに頷き、次々とボトルを開けていく。

 『マーメイドの冷血』、『ドラコニアの熱血』、そして希少な『王族の血』……。

 まるでワインの品評会のように、俺たちは感想を言い合い、優雅な時間を過ごした。


 ふと、父が真面目な顔つきになった。


「アルスよ。人間の国に行けば、こうした上質な血は手に入りにくくなる。向こうでは『家畜(血牛)』の血か、保存の効く『血液パック』が主食になるだろう」

「はい。覚悟はしています」

「だが、忘れるな。我ら吸血鬼にとって、吸血とは単なる食事ではない。相手の『魂』と『魔力』を同化させる、神聖な行為だ」


 父の赤い瞳が、俺を射抜く。


「お前が将来、誰の血をその牙で貫くのか。……私は楽しみにしているぞ」


 それは、俺の「初めての相手」――眷属や伴侶となる者への言及だった。

 俺は苦笑して、グラスを掲げた。


「期待に添えるよう、舌を肥やしてきますよ」


 グラスが重なる軽やかな音が響く。

 濃厚な鉄の香りと、家族の温かさ。

 この味を、俺はきっと忘れないだろう。


【Consumable Effect】


ハイエルフの血: MP最大値増加(微・永続)


オークの血: STR増加(微・永続)


ドラゴンの血: 火属性耐性アップ(微・永続)


 ……ちゃっかりステータスも底上げできた、有意義な晩餐だった。


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