第21話 三十の節目と王都からの手紙

 フェルの加入から半月。

 俺たちのパーティーは、屋敷周辺の「死者の森」で最後の調整を行っていた。


「フェル、右だ! 影で足止めするから叩き込め!」

「あいよッ!」


 俺が『シャドウウィーブ』を展開し、『スケルトン・ジェネラル(Lv28)』の足を影の茨で縫い止める。

 そこに、銀色の弾丸と化したフェルが突っ込む。

 『銀狼の爪甲』を装備した拳が、骸骨将軍の鎧ごと胸郭を粉砕した。


 ドゴォォン!


 ジェネラルが霧散する。

 同時に、俺の脳内で待ちわびていた音が響いた。


『Level Up!』


 体が軽く熱くなる感覚。魔力回路が一回り太くなり、視界がよりクリアになる。


「……よし。来た」


 俺は残心を示しながら、ステータス画面を展開した。


【Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 30 (New!)

Race: ヴァンパイア (Vampire)

Job: なし

Traits:


[夜宴] Lv.3


[吸血] Lv.1


[霧化] Lv.1

Trait Pt: 1 (New!)

Skills:


[種族]: [吸血鬼の体質]


[特性]: [ブラッドバレット], [シャドウウィーブ]


[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(40%)], [投擲(25%)], [回避(60%)], [体術(25%)], [解体(85%)], [罠解除(15%)], [隠密歩行(98%)], [鑑定(15%)], [野営(88%)], [環境耐性(92%)], [魔力制御(65%)], [連携(20%)]


 Lv30。

 この世界における「一人前」の基準であり、特性ポイントが付与される重要な節目だ。

 獲得した1ポイント。

 俺はこれを迷わず『夜宴』に振り、Lv3からLv4へと強化する。


『Trait Level Increased: Lv.3 -> Lv.4』


 特性レベルが4になった。

 次のスキル解放(Trait Lv5)にはあと1ポイント足りない(次はLv40だ)。

 劇的な新スキルはないが、『夜宴』自体の補正倍率が上がり、夜間でのステータス上昇量と隠密補正が底上げされた。

 地味だが、この基礎力の向上が高レベル帯での勝敗を分ける。


「アルス! レベル上がったか? 肉食おうぜ!」


 フェルが魔核を拾い集めながら尻尾を振る。

 彼女もこの半月でLv29まで上がっている。獣人の成長速度も凄まじい。


「ああ。今日の狩りはここまでだ。帰ろう」

「お疲れ様でした、アルス様」


 レイラがハンカチで俺の額を拭う。

 その距離が以前より少し近い気がするが、フェルがジト目で割り込んでくるので、甘い雰囲気にはならない。


 ***


 屋敷に戻ると、執事から「旦那様がお呼びです」と伝えられた。

 父ヴァルガスの執務室。

 そこには、珍しく険しい顔をした父と、一枚の豪奢な封筒があった。


「Lv30になったそうだな。おめでとう」

「ありがとうございます。……それで、その手紙は?」


 父は手紙を俺の方へ滑らせた。

 封蝋(シーリングワックス)には、天秤と剣の紋章。

 これはノクス・ドメインの紋章ではない。


「人間たちの国、**『アルメリア王国』**からの招待状だ」


 アルメリア王国。

 エリュシオン大陸の中央に位置する、人間主体の大国。

 本来、魔族領であるノクス・ドメインとは不可侵条約を結んでいるが、交流は最低限のはずだ。


「内容は?」

「王立学園への『特別留学生』としての招待だ」


 俺は耳を疑った。

 吸血鬼を? 人間の学園に?


「あちらの言い分としては、『種族間の融和と相互理解のため、ノクス・ドメインの若き才能を招きたい』とのことだ。だが、裏があるのは明白だ」


 父が冷たく笑う。


「人質か、あるいは我々の実力を測るための偵察か。……どうする、アルス? 蹴っても構わんぞ。こちらとしても、大事な跡取りを人間の巣窟に送るのはリスクが高い」


 俺は手紙を手に取り、思考を巡らせた。

 アルメリア王国。

 ゲームの設定では、そこには数多くのクエスト、ダンジョン、そして何より**「光属性」や「聖属性」の魔法・アイテム**が溢れている。


 今の俺には『携帯型・融合装置』がある。

 だが、この装置で強力な属性装備を作るには、動力源や素材として対応する属性の魔核が必要だ。

 ノクス・ドメインで手に入るのは闇属性ばかり。光や聖、水や風といった他属性の魔核は、人間の国へ行かなければ手に入りづらい。

 

 それに、Lv30を超えた今、ノクス周辺のダンジョンだけでは経験値効率が悪くなってきた。

 そして何より――俺はまだ**「職業(ジョブ)」**に就いていない。

 この世界では、各国の神殿や公的機関にある『天啓の碑』で儀式を行わなければ、職業を得ることができないからだ。


 新しいマップ。新しい敵。新しい素材。そして職業の獲得。

 ゲーマーとしての判断は一つだ。


「行きます。人間の国、興味があります」


 俺の返答に、父はニヤリとした。


「即答か。肝が太いな。……よかろう。ただし、条件がある」

「条件?」

「『留学』という名目だが、お前はブラッドベリー家の代表として行くのだ。ナメられるな。そして、人間の技術や知識、奪えるものは全て奪ってこい。……ついでに、向こうにある『天啓の碑』で職業を得てくるといい」


 父は俺の考えもお見通しか。

 スパイ活動と自己強化。俺の目的とも合致する。


「承知しました。……連れて行く従者は?」

「レイラは必須だ。あいつなら人間の社交界にも対応できる。あの獣人は……どうする?」


 フェルのことだ。

 人間社会に獣人。差別や偏見の対象になりかねない。

 だが、彼女をここに置いていけば、屋敷が半壊する未来しか見えないし、貴重な戦力を遊ばせておく余裕はない。


「連れて行きます。躾は完璧にしておきますから」

「好きにしろ。出発は一週間後だ。準備を怠るなよ」


 ***


 部屋に戻り、俺は二人に事情を話した。


「人間の国!? 肉は美味いのか!?」

 フェルが身を乗り出す。食欲最優先だ。


「アルメリア王国……。光の信仰が強い国です。私たち吸血鬼には居心地が悪い場所でしょうが、アルス様が行かれるなら地獄の底までお供します」

 レイラは覚悟を決めた顔をしている。


「目的は三つだ。

 一つ、新天地でのレベルアップ。

 二つ、職業(ジョブ)の獲得。

 三つ、『融合装置』用の他属性魔核や素材の確保だ」


 俺は『携帯型・融合装置』を撫でた。

 Bランク火竜の魔核で起動したこの箱は、便利な道具だが、素材がなければただの箱だ。

 水、風、土、そして光。

 全ての属性を使いこなせるようになった時、俺の装備は完成形に近づく。


「忙しくなるぞ。まずはフェル、お前のテーブルマナーを叩き直す」

「ええーっ!?」

「レイラ、向こうの通貨と物価、貴族の勢力図を調べておいてくれ」

「かしこまりました」


 俺は窓の外、南の空を見上げた。

 まだ見ぬ人間の国。

 そこには、どんな攻略対象が待っているのだろうか。

 俺の冒険は、「魔族領」というチュートリアルエリアを抜け出し、本格的な「世界(ワールド)」へと広がろうとしていた。


____________________

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