第18話 古代の火と銀髪の迷子
半年に及ぶ遠征を終え、俺たちはノクス・ドメインへ帰還した。
懐かしい屋敷の正門が見えた時、張り詰めていた気がふっと緩むのを感じた。
「……戻ってきましたね」
「ああ。やっぱり我が家が一番だ」
出迎えてくれた父ヴァルガスは、俺が差し出した『炎竜の魔核(Bランク)』を見て、珍しく目を見開いて驚愕し、その後、屋敷が揺れるほどの大声で笑った。
隣にいた母エリザは、言葉もなく俺を強く抱きしめ、その華奢な肩を震わせていた。彼女の目から零れ落ちる涙が、どれほど俺の身を案じていたかを物語っている。
「クハハハハ! まさか本当に狩ってくるとは! しかも半年足らずで!」
父は俺の肩をバンバンと叩き、上機嫌で宣言した。
「認めよう、アルス。お前はもう守られるだけの子供ではない。これより先、お前の行動に制限は設けぬ。好きに生き、好きに強くなれ!」
『Quest Complete: 成人の儀(前倒し)』
『Reward: 自由行動権、Bランク魔核の所有権』
クエストクリア。
これで晴れて自由の身だ。
俺は挨拶もそこそこに、戦利品を抱えて地下工房へと直行した。
***
地下工房の作業台。
そこには、半年間眠り続けていた『封印された古代の筐体』が鎮座している。
「さて……起きる時間だ」
俺は『炎竜の魔核(Bランク)』を取り出した。
燃えるような熱と光を放つ結晶。
それを、筐体の中心にある窪み(スロット)へと近づける。
カチリ。
吸い込まれるように魔核が嵌った。
瞬間、筐体の表面に走る錆びた回路が、赤く輝きだした。
ブゥゥゥン……!
低い駆動音。錆がボロボロと剥がれ落ち、下から滑らかな黒銀の金属肌が露わになる。
筐体は変形し、複雑な幾何学模様を描きながら展開した。
中央には小さな「炉」のような空間と、ホログラムのような光の操作盤が浮かび上がった。
【System Reboot... Complete.】
【Energy Source: Fire (Rank B) Detected.】
【Mode: Portable Alchemy & Crafting (Rank B Output)】
「……起動した」
俺は『鑑定』スキルで詳細を読み取る。
【Item Info】
名称: 『携帯型・融合装置(ポータブル・エンチャント・デバイス)』
等級: 古代遺物(Artifact)
状態: 稼働中(動力:炎竜の魔核)
機能:
簡易錬成: 素材を投入し、登録された図面(レシピ)または使用者のイメージに従ってアイテムを生成・合成する。
属性付与: 動力源の属性(現在は火)を装備に付与する。
環境調整: 周囲の気温・湿度を調整する(キャンプ用機能)。
「なるほど。古代の兵士や冒険者が使っていた『サバイバルキット』兼『携帯鍛冶場』ってところか」
万象核石のような世界を書き換える力はない。
だが、今の俺にはこちらのほうが有用だ。
これがあれば、ダンジョンの奥深くでもポーションを作ったり、手に入れた素材で即席の装備を作ったりできる。
「試しに使ってみるか」
俺は荒原で手に入れた『岩石蜥蜴の甲羅』と、素材ストックとしてポーチに入れていた『鉄鉱石』を投入し、操作盤をいじってみた。
数秒後。
コロン、と炉から出てきたのは、新品同様の『スモールシールド』だった。
しかも、素材の特性が反映され、物理防御力が通常より高い。
「……素晴らしい」
俺は思わずガッツポーズをした。
これは「生産職」のスキルを持たない俺にとって、革命的なツールだ。
そして何より、この箱の構造解析を進めれば、失われた古代の魔導技術を学べる。
万象核石への道は遠いが、その第一歩となる「教科書」を手に入れたわけだ。
***
翌日。
俺は久々に屋敷の庭を散歩していた。
ノクス・ドメインは相変わらず薄暗いが、荒原の殺伐とした景色に比べれば天国だ。
「……平和だな」
ベンチに座り、ステータス画面を眺める。
Lv29。次の目標はLv30だ。
Lv30になれば、また特性ポイントが手に入る。
そろそろ次の遠征計画を練らなければ……と考えていた時だった。
ガサッ。
植え込みの奥から、音がした。
小動物か? いや、屋敷の結界内に入り込める野生動物はいないはずだ。
「……誰だ?」
俺は『魔力感知』を発動する。
反応あり。
人間サイズ。だが、魔力の波長が奇妙だ。
ヴァンパイアではない。人間でもない。
荒々しく、それでいて純粋な……「獣」のような魔力。
ガサガサッ!
茂みが割れ、そこから何かが転がり出てきた。
それは、一人の少女だった。
年齢は俺と同じくらいか。
ボロボロの布切れを纏い、手足は泥だらけ。
だが、その髪は月光を浴びたような美しい銀色で、頭には三角形の**「獣の耳」**がついている。
そして、お尻の方にはふさふさとした銀色の尻尾。
「……獣人(ワービースト)?」
少女は俺と目が合うと、ビクリと体を震わせ、威嚇するように「ウゥーッ!」と唸り声を上げた。
その瞳は金色。野生動物そのものだ。
だが、その体は痩せ細り、立っているのもやっとの状態に見える。
「……腹、減ってるのか?」
俺が問うと、少女の腹が「グゥゥ~」と盛大な音を立てた。
威嚇の表情が一瞬で崩れ、恥ずかしそうに耳がペタリと倒れる。
「……ニク」
少女が掠れた声で呟いた。
「ニク……くわせろ……」
俺はポーチを探り、荒原への旅の残りの干し肉を取り出した。
それを放ってやると、少女は空中でそれをキャッチし、獣のような勢いで貪り食った。
あっという間に完食し、もっとないかと期待の眼差し(金色の瞳がキラキラしている)を向けてくる。
「……変な客が来たな」
俺は苦笑し、立ち上がった。
屋敷のセキュリティ――対物理、対魔力、認識阻害の三重結界を無傷で抜けてここまで来たということは、只者ではない。
だが、敵意は感じない。あるのは純粋な食欲だけだ。
「ついて来い。もっと美味い肉を食わせてやる」
俺が手招きすると、少女は警戒しつつも、尻尾を振りながらついてきた。
銀色の髪、獣の耳、そして野性的な魔力。
彼女との出会いが、俺の「攻略」に新たな変数(スパイス)を加えることになるのは、間違いなさそうだ。
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