第11話解析と黒い試運転

 ガルド連邦の使者、ゼクスとの商談は成立した。

 父ヴァルガスは、ノクス・ドメインで採掘された「闇の魔核」の備蓄の一部を支払い、対価としてあの錆びついた金属片――『未解析の遺物』を受け取った。


「……良い取引でした。若き当主代行殿の慧眼、恐れ入ります」


 帰り際、ゼクスは義眼を不気味に回転させながら俺に頭を下げた。


「この遺物は、我々の解析装置では『反応なし』でしたが、魔力に愛された吸血鬼の方々ならば、あるいは……。では、また」


 ゼクスと護衛のゴーレムたちが去っていく。

 嵐が過ぎ去った後の静寂の中、俺の手元には、布に包まれた重たい箱が残された。


「アルスよ。私の顔を立てて取引を引き受けたのか?……本当に価値があるのか、これに?」


 父が疑わしげに箱を見る。

 無理もない。見た目はただの鉄屑だ。

 だが、俺の『魔力感知(100%)』は、その奥底に眠る異質な波長を捉えている。


「分かりません。ですが、僕の『直感』が騒いでいます。少し時間をください。解析してみます」

「よかろう。好きにしろ。……ただし、爆発させるなよ?」


 父は肩をすくめ、執務室へと戻っていった。

 俺は宝物を抱え、足早に自室へと戻った。


 ***


 部屋の鍵をかけ、俺はデスクの上に『遺物』を置いた。

 拳大の、歪な六角柱の金属塊。表面は酸化し、幾何学的な紋様がうっすらと見える。


(さて、お手並み拝見といこうか)


 俺は意識を集中する。

 ただ見るだけではない。魔力を針のように細く尖らせ、金属の微細な隙間へと浸透させる。

 『魔力操作(100%)』による、侵襲式(ハッキング)解析。


 ズズ……。

 魔力が内部へ入っていく。

 表面の錆はダミーだ。その下には、極めて高度な魔導回路が、休眠状態で保存されている。


(構造が複雑すぎる。現代魔法じゃない。古代文明……アーク=ヴェルム大陸由来の技術か?)


 回路を辿る。

 中心部には、空洞がある。そこは動力源をセットするためのスロットのようだ。

 俺はそのスロットの形状と、要求されるエネルギー密度を読み取った。


「……やはりな」


 俺は確信と共に呟いた。

 これは、『万象核石』そのものではない。

 だが、かつて古代の兵士や冒険者が携帯していた、非常に有用なツールだ。


 システムログが流れる。


『熟練度上昇』

『補助スキル更新:[鑑定(1%)]』


(鑑定スキルが生えた!)


 解析行動がトリガーとなり、新たな補助スキルが開花した。

 俺はすかさず、遺物に視線を向ける。


【Item Info】


名称: 『携帯型・融合装置(ポータブル・エンチャント・デバイス)』


等級: 古代遺物(Artifact)


状態: 休眠中(動力枯渇)


解析度: 100%


解説: 携帯可能なアイテム生成・合成装置。素材と装備を融合させ、現地で強化を行うことができる。起動には高純度(Bランク以上)の魔核が必要。


 ビンゴだ。

 屋敷の地下にある巨大な融合装置のポータブル版。

 これがあれば、ダンジョンの奥深くでもドロップした素材を使って装備を作ったり、ポーションを合成したりできる。

 まさにゲーマー垂涎のアイテムだ。


 だが、問題は動力源。

 『起動には高純度(Bランク以上)の魔核が必要』。

 現在、俺が持っている魔核はF〜Dランク程度のものばかり。Cランクですら貴重品だ。

 Bランクの魔核を入手するには、推奨レベル40以上のボス級モンスターを狩らなければならない。


(……今はただの鉄屑か。だが、目標はできた)


 俺は遺物を大切に引き出しにしまい、窓を開けた。

 夜風が火照った頬を冷やす。

 時刻は深夜。頭を使った後は、体を動かすに限る。

 ついに手に入れた新スキル、『シャドウウィーブ』の試運転だ。


 ***


 屋敷の裏手、誰もいない演習場。

 俺は一人、月明かりの下に立っていた。


「……展開(Cast)」


 足元の影が蠢く。

 俺の意思に従い、影が三本の「黒い槍」となって地面から隆起した。


 シュッ!

 槍が空を突き刺す。

 射程は約10メートル。速度は『ブラッドバレット』より遅いが、物理的な質量と拘束力がある。


「次は、移動」


 俺は影をロープ状に変形させ、演習場の壁の上に伸ばす。

 影が壁の凹凸に食い込むと同時に、俺は影を収縮させた。

 フワリ。

 体が引っ張り上げられる。ワイヤーアクション。

 空中で姿勢を制御し、壁の上に音もなく着地。


「……悪くない。だが、まだ動作が硬い」


 スキルの発動から効果発現までに、コンマ数秒のラグがある。

 実戦では、このラグが致命的になる。

 もっとスムーズに。呼吸をするように影を操れ。


 俺は壁から飛び降り、空中で影を展開。

 着地点に影のクッションを作り、衝撃を殺す。

 そのまま前転し、影を刃に変えてカカシを切り裂く。


 繰り返す。何度も、何度も。

 魔力が枯渇しそうになればポーションを煽り、影を酷使する。


『熟練度上昇』

『補助スキル更新:[体術(5%)]』

『補助スキル更新:[回避(7%)]』


 補助スキルの数値が上がっていく。

 だが、俺が求めているのはそれだけじゃない。

 メインスキル『シャドウウィーブ』自体の練度。システム的なレベル(特性Lv)ではなく、俺自身のプレイヤースキルとしての練度だ。


「はぁ……はぁ……ッ!」


 数百回目の影操作。

 汗だくになった俺の視界に、レイラが立っていた。

 いつの間にか来ていたのか。いや、『隠密(100%)』で見守っていたのだろう。


「……精が出ますね、アルス様。ですが、ただ闇雲に使うだけでは芸がありません」


 レイラが木剣を構える。

 殺気はないが、明確な闘気がある。


「影は光あってこそのもの。私の剣閃(ひかり)に合わせてみなさい」


「……望むところだ!」


 俺は短剣『宵闇』を抜き、レイラに向かって疾走した。

 レイラが踏み込む。速い。

 だが、今の俺には影がある。


 木剣が振り下ろされる瞬間、俺は自身の影をレイラの足元へと潜り込ませた。

 『シャドウウィーブ』――拘束(バインド)。


「っ!」


 レイラの足が一瞬止まる。

 その隙に、俺はサイドへ回り込み、短剣を振るう。

 レイラは無理やり足を引っこ抜き、剣で防御した。

 ガギィン!

 重い衝撃。だが、防がれた。


「影による拘束……良い着眼点です。ですが、拘束力が甘い。高レベルの戦士なら、筋力だけで引きちぎれます」

「くそっ……!」


 俺はバックステップで距離を取る。

 影の強度が足りない。特性Lv3(現在)の限界か。

 ならば、量で補う。

 俺は周囲の木の影、岩の影、あらゆる影を総動員してレイラに殺到させた。


 黒い波がレイラを飲み込む。

 だが、彼女は笑っていた。


「数で攻めるなら、こちらは範囲で薙ぎ払うのみ!」


 レイラの魔力が爆発する。

 単純な魔力放出による衝撃波。

 俺の影たちは吹き飛ばされ、霧散した。


(これが、レベル50代の出力……!)


 俺は吹き飛ばされながらも、影のクッションで着地した。

 勝てない。まだ正面からは勝てない。

 だが、手応えはある。

 『シャドウウィーブ』は、俺の工夫次第で無限の可能性を持つスキルだ。


「……今日はそこまでになさいますか?」


 レイラが剣を下ろす。

 俺は肩で息をしながら、ニヤリと笑った。


「いや……あと一本。影を使った『移動』のコツを掴みかけたんだ」


 俺は再び構える。

 月明かりの下、二人の影が交差する。

 この夜の訓練が、俺のLv20台の基礎を築いていく。


 そして、俺のステータスは確実に、強者のそれへと近づきつつあった。


【Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 20

Race: ヴァンパイア (Vampire)

Job: なし

Traits:


[夜宴] Lv.3


[吸血] Lv.1


[霧化] Lv.1

Trait Pt: 0

Skills:


[種族]: [吸血鬼の体質]


[特性]: [ブラッドバレット], [シャドウウィーブ]


[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(15%)], [投擲(10%)], [回避(8%)], [体術(6%)], [解体(10%)], [罠解除(2%)], [隠密歩行(48%)], [鑑定(2%)]


 俺の攻略(あそび)は、より複雑に、より楽しくなってきた。


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