第30話 金杖に弔う
——貴族街。
紫の硝煙がまだ空に尾を引く、その下。
アイゼンヒュート伯が指示して放たれた爆発地点は、まるで“音”が死んだかのように、不気味な静けさに包まれていた。
さきほどまでいたはずの貴族たちは避難し、野次馬すら近づかない。
石畳は割れ、黒焦げの馬車が無惨に横倒しになっている。
消炎剤が白くこびりつき、蒸気がまだゆらめいていた。
焦げた木片の下には、不自然に炭化した腕が伸びていた。
よく見ると、炭のように焼け爛れ、原形を留めぬ亡骸が横たわっている。
その傍らには、ねじ切れた金の杖が転がっていた。
——その現場を、ただ静かに見下ろす影がひとつ。
灰色の外套を羽織り、武装した男が、片膝をついて遺骸に目を落とす。
風が吹き抜けるたび、腰に下げた符具が乾いた音を立て、彼の髪が白灰のように舞った。
魔導国・威力偵察部隊の猟犬――グラヴェル。
男はマスク越しに、焦げた空気の匂いを吸い込んだ。
微かに鼻を鳴らし、低く呟く。
「……バイロン・フォン・ゼムント。
これが、都市国家ノアを牛耳る大貴族の末路か」
淡々とした声だった。
だがその奥には、何かを見定めるような冷たい光があった。
グラヴェルは、焼け跡の灰を指先でつまみ、空に散らす。
焦げた風が、灰と共に通り過ぎる。
「……臭いが違う。爆薬じゃねぇな。
魔法の痕跡もねぇ……それでいて、不自然なほど燃焼が早い。
—— “誰” が仕掛けた?」
灰色の瞳が、煙の向こうを見据える。
グラヴェルは立ち上がると、焦げた亡骸に軽く敬礼を送った。
「——罪を負う魂は冥府に堕ち、無垢な残骸を弔おう。堕ちた英雄に、黙祷を」
そう呟くと、灰の上を踏みしめ、通信用の魔法具を起動させた。
グラヴェルは通信用の魔法具を取り出し、指先で魔力を流し込んだ。
淡い光が走り、結晶の内部からくぐもった声が響く。
「……偵察隊のグラヴェルです。
使役獣密輸の主犯――ゼムント伯、死亡を確認。
ただし、遺体の損傷が異常に早い。
魔法、もしくは何らかの仕掛けが施されていた可能性があります」
一瞬の沈黙ののち、通信の向こうから冷ややかな声が返る。
『なんとも……こちらを舐めているのか、それとも頭を垂れて“誠意の押し売り”とでも呼べばよいのか。……不愉快ですね』
声の奥には、明確な怒気が滲んでいた。
グラヴェルはわずかに息を吐き、低く同意する。
「……同感です。すべてが、できすぎている。
お膳立てか……あるいは、尻尾の切り捨てか」
再び通信の中に、別の声が割り込む。
低く、荒々しく、それでいて圧倒的な威圧を帯びた声だった。
『——使役獣を密猟した罪は、消えん。
続きの清算は、 “評議会” に支払わせるのだ』
グラヴェルの背筋が一瞬で正された。
上長の命令は、絶対。
わずかな沈黙ののち、静かに答える。
「……承知しました」
通信が途切れる。
緊張から解放されたグラヴェルは、焦げた風が外套を揺らすのを見ながら、この騒動の裏にいるであろう、闇ギルドの首魁——
——俺の存在を利用して、見事に“ノアの中心”に楔を打ち込みやがったな
口の端が、僅かに歪む。
乾いた笑みを残し、グラヴェルの姿は煙のように掻き消えた。
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