第2話 転生者はスローライフに憧れすぎだ


 潮の香りを含んだ涼風が頬をかすめる。


 石畳の大通りでふと立ち止まると、横目に眩(まばゆ)い陽光を散りばめた運河。目を細め、澄んだ空気を肺に取り込む。



『大都市ノア――水と交流の街』



 看板の金文字が日差しを弾き返す。

水音と人の声が混ざるこの街は、今日も変わらず賑やかだ。

視線を通りの方へ戻すと、赤レンガで縁取られた街並みが連なり。雑踏の中から親しげな声が耳に届いた。



「よぉ、ジョシュア。今日も暇そうだな、ちょっと来てくれ」



 声をかけてきたのは、見慣れた警邏隊の男だった。

鎧の肩章が陽光を反射し、街中では少し浮いて見える。

どうやらまた、異世界人のトラブルらしい。


 通りの端では、商人風の青年が地べたに高級そうな瓶をずらりと並べていた。

瓶の中では色とりどりの液体が光を反射してきらめく。

まるで「盗んでくれ」と言わんばかりの無防備な陳列だ。



「おいおい、露店の許可は取ってるのか?」



 警邏隊員が問いかけると、青年は鼻を鳴らした。



「は? そんなのいるって聞いてないけど?」



 開き直った態度に、警邏隊員が苦笑してジョシュアへ視線を向ける。



「な? こういうの、説明してやるの上手いだろ?」



「いや、……俺を巻き込むな」



 ジョシュアは半歩下がり、逃げ腰になる。



「待て待て、ちょっと話すだけだって」



 肩を掴まれ、ずるずると異世界人の前へ引き出された。



「おい、無茶は寄せ。俺はコミュ症なんだぞ」



「それは初耳だな。よし、いま治そう、すぐしよう」



 軽口を叩く警邏隊員の横で、異世界人があからさまに眉をひそめた。



「誰っすかそいつ」



「お前に今から常識を説いてくれる、立派な知識人だ」



「うわっ出たよ、地雷。

 つか異世界、だりぃ。

 いいから商売させろよな、ちょっと稼ぐくらい別に良いだろ」



 態度の悪い異世界人だ。異世界転移したての者たちによくあるパターンだな、と呆れる思い。


 何でもない風を装いながら実力をひけらかす者や、横柄な態度で暴れては捕縛されるやつが特に多いのだ。

この男はというと。



「くそっ、あんま目立つわけには……俺はひっそりとスローライフを楽しみたいだけなのに」



 目立ちたくないと言いつつ全力で目立つタイプだった。



「どの口で言ってやがる」



 警邏隊員が失笑して、路面に並べられた瓶を指さした。


 どれも高級そうな薬瓶だ。鮮やかな液体が光を反射し、ガラスの透明感に異国の工芸のような装飾が映える。

しかもテスターまで用意しているとは。無駄に商売上手なのが腹立たしい。



「……って、おい。なんで全部ドクロマークついてんだよ」



「え? だってこれ、劇毒だし」



「はい、逮捕ー!」



「ええー?! なんでぇ!?」



 ――非常識すぎるだろ、異世界人。

   お試しで誰に飲ませるつもりなんだ。



「おまっ、街の往来で何てもん売ってやがんだ」



 警邏隊員が急いでマスクを鼻掛けし慌てて通行人を散らせにまわる。

 図書館を出たと思えば、いつもこれだと、ジョシュアは肩を落とした。



「没収だ、没収。というか廃棄方法をだな……ん? 

 日用品や本も売ってるのか」



「ああ……いや、それは――」



 ――そう、変なものを売らず、まともな商品を扱えばいいのだ。

   あとは薬品を処分し、販売許可を取るだけだろう。



 ジョシュアはやれやれと踵を返す。

たまには穏やかな時間を過ごして、優雅にカフェテラスで風に当たりたい。


 ……そのささやかな願いは、儚くも風と共に吹き飛ばされた。


 近づく駆け足。半歩下がって、上半身を反らす。


 鼻先を掠めるように躍り出る陰。

金髪のツインテールがフワリと揺れ、次の瞬間には視界から消えた。



「返却期限は十日前ッ!!

 覚悟はできてるでしょうね、この魔導書クラッシャー!!」



 怒声とともに空気が割れた。

次の瞬間、ジョシュアの視界の端で、何かが電光石火に閃いた。



 ドゴォッ!!!



「ギャアアアアアア!!?」



 重く響く衝撃音。

横柄な異世界人の後頭部に、重厚な鋼鉄の鞄がフルスイングで炸裂したのだ。

男はというと綺麗に錐揉みしながら宙を舞った。



「貸出期限を過ぎた魔導書は勝手に歩いて逃げ出すのよ!

 つまり、それを持ち歩くあなたは脱走教唆の現行犯!

 魔導書に喰われるくらいなら私が倒す、即制裁っ!」



 その後ろから現れたのは、銀糸を織り込んだ外套に、深紅の制服を翻す、金髪ツインテールの少女。

勝ち気な瞳が可憐に光る。


 セラ=アーカイブ。幻想図書館の外勤司書であり、

ジョシュアの――やや過激な同僚である。

周りの通行人がすごく引いてるが、彼女は気にしない。



「おっと、用事を思い出したぞ」



 ジョシュアは服の埃をはらいながら自然な所作で離れようとする――が、青年を捕縛した警邏隊員にがっしり腕を掴まれた。


 にっこりと、これまた良い笑顔を向けられる。

『暴力娘をどうにかしろ』という無言の圧が怖い。



「ジョシュアじゃない。ちょうど良かったわ」



 見つかってしまったようだ。



「セラ……その鞄は、魔導書を縛るための道具であって、鈍器じゃないって言ってるだろ」



「あら、現場で最も信頼できる武器なのよ?

 魔導書もぶん殴ればおとなしく言う事聞くし。

 さすが図書館謹製、ちょうど振り回しやすいのよね!」



 自慢げに傷ついた鞄を背負い直すセラ。

胸元には白い翼を模した意匠があしらわれている。

制服のまま駆けつけたのか、彼女はそのまま煙をかき分けジョシュアの元へと歩み寄り、鞄の中から二冊の魔導書を取り出した。



「ほら、忘れ物。あなたの」



 渦巻く模様の一冊が、ぽいっと放り出されて、ぺたりとジョシュアの手に吸い付く。表紙が震え、低い声が洩れた。



『おお⋯⋯脳天に揺れる直撃とはまさにこの事⋯⋯まだ数十ページが震えておりまする。

 セラお嬢様は、本当に⋯⋯容赦がない』



 別の一冊が黒光りの革表紙をがばりと開き、憎まれ口で続ける。



『チッ、また俺様を置き去りにして……。

 ジョシュア、ほかに忘れ物はねぇだろうな?

 ハンカチ、ティッシュに撃墜はセットって、いつも言ってるだろ!て、それじゃぁ落としたみてぇだな!』



「……また母親に親父を混ぜたような小言を」



 二冊の魔導書に押されるように後退するジョシュアにセラはくすっと笑って、少し口調を緩めた。



「図書館でこの二冊が騒いでたから縛ってきたのよ。貴方が必要になるって思ってたのかもね」



「助かる」



「べっ、別に私が気を利かせたとかじゃないから!」



 セラが慌てたように指を振る。揺れるツインテールから赤みがさした耳が覗いた。



「私は、メモリウスからの連絡を伝えに来ただけ!」



 そう言って、彼女は話題を切り替えるように右耳へ指を伸ばす。

耳飾りには、翼と十字を模した繊細な銀の装飾。

指先が触れると、淡く魔力の光がともり、金属の中からくぐもった声が響いた。



『……きこえますかな、セラ嬢』



 低く落ち着いた声が、空気を震わせる。



「ええ、メモリウス。ジョシュアも、ここに」



 セラは背筋を伸ばして応答する。その声には、さっきまでの剣幕が嘘のような張りがあった。



『合流できましたか。ちょうど良い。お二人にお願いがあります。

 おかしな噂が入りましてな――空から落ちた魔導書を手にした異世界人の冒険者がいると。

 数日前から市場区で、他の冒険者に狙われているようです。

 どのような魔導書か、調査をお願いたい』



 メモリウスの声が途切れると、街の喧騒が戻った。

遠くで商人が声を張り上げ、パン屋の香ばしい匂いが風に混じる。



「……市場区か、そう遠くはないな。空から魔導書が降るなんて、そんな現象、今までに記録は?」



 ジョシュアはどこからともく取り出した、牢屋の模型をもて遊びセラに視線を送る。

セラは、左耳につけた栞の装飾に手をかけ考え込んでいる。



「ないわ。でも……想定外って、異世界人絡みじゃ当たり前でしょ」



 肩をすくめてセラがニヤリと笑う。

ジョシュアの両腰に移動した魔導書達が嬉々として続いた



『なぁに、目障りな奴がいたらいつでも撃墜してやるぜ』



『撃墜が荒らしたゴミは私が美味しく丸呑みしましょう』



「異世界人よりも俺の魔導書達が暴走しそうな件⋯⋯」



 何やら気合十分な魔導書達から不穏な気配を感じて苦笑いのジョシュアに、セラは不満げにツインテールを揺らすと、ひときわ近づいてきて、声を落とした。



「貴方の相棒は私でしょうが……まぁ、私も暇ではないけど?

 でもメモリウスからお願いされたとあっては、ね。

 貴方が一人で無茶するのは、見てて嫌だから。

 しっかりフォローしてあげる」



「ああ……、はい」



 セラの気遣いを静かに留め、しかし、彼女が先走って町中を破壊してしまわないか、少し心配になる。


 二冊の魔導書も同じ事を思ったのか、何やら生暖かい感情を向けてきてジョシュアは苦笑いした。



 ――狙われているだなんて街中で物騒な話だ。

   冒険者同士で、魔導書を取りあってるのか?



 荒事になるかもしれないと思い、先に仕掛けを起動させておく。

牢屋の模型が弱く発光し、足元に展開された魔方陣が街路に淡く輝いた。



「準備完了。行こうか、セラ」



「了解。空から降ってきた魔導書は、私がもらうわ」



 銀と金の髪が風を切り、市場区へ向かう二冊と二人の背中が遠ざかる。



──空の彼方で、一冊の魔導書が静かに街を見下ろしていた。

  その頁(ページ)の奥に、笑みを浮かべて。

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