ただ、一太刀を

ミジンコ次郎

新しい日々の始まり

HELLO WORLD!



 青い空、白い雲。

 川のせせらぎ、森のざわめき、土の匂い。


 自分の部屋から感じるわけのない大地の息吹が、横たわっている私の体に降り注ぐ。



 私は、部屋で寝ていたはずだった。

 日々の生活に疲れ果てて、少ししかない自由時間をゲームに費やし、疲れ果てて眠った。

 そのはずなのに。


 目が覚めると、大自然の中に、裸で放り出されていた。


 混乱のせいか、覚束無い足取りで立ち上がる。


「いたっ」


 立ち上がると、何かを踏んでしまった。確認してみると、これは……。


「タマゴの、殻?」


 私を中心として、小さく同心円状に紫の欠片が広がっている。もしかして、私はこの紫色のタマゴから、今さっき生まれてきたんじゃないか?


 足の裏から、殻を踏んだせいで血が出てしまっている。感じる痛みは、本物同然だろう。


「頭が重い…体もグラグラする」


 どこかも分からない場所にはずっといられない。それに、裸なのも少しマズイだろう。

 重い頭と体を引きずって、森の中を歩き続けた。


「川の音が聞こえてたから、きっとどこかに川があるはず」


 川に行けば水もあるし魚もいるはず。ご飯と飲み水の確保は重要だ。


 そう思って、耳をすまして歩く。



「あった!」


 透き通った水が流れ続けて、水面がきらめいている。綺麗な川だ。これなら、飲んでも問題ないだろう。


 川辺に膝をついて、自分の姿を水越しに確認する。水に映る自分の姿を見て、驚いた。



「私の見た目、どうなってるの……?」



 水鏡に写る自分の姿は、自分の知っている容姿とは大きく異なっていた。


 まず初めに目に映るのは、頭についた小さな黒い角。

 頭が重いと思っていたのは、物理的に重いだけだった。触ってみると、角にも感覚がある。


 慣れない感覚だ。体に角があるっていうのは、こういう違和感があるのか。知らなくてもいい感覚だった。


 2つ目に、肩甲骨の下から生えた一対のドラゴンらしい翼。

 試しに動かそうとしてみると、筋肉が働く感じがして、翼が動いた。本当に私から生えている。

 翼があるなら、空だって飛べるかもしれないなあ。


 3つ目は、腰とおしりの間あたりから生えた、大きなしっぽ。

 体のバランスが取りずらいと思っていたのは、今まで生えていなかった翼としっぽが突然生えたからだった。


 こちらも動かそうとしてみると、思ったよりも自由自在に動かすことができた。可動域も広いので、第五の腕みたいだ。



 そして最後、瞳だ。


 竜胆色の瞳に変わっていた。

 私は純日本人で、黒髪の黒目だったはずだ。カラコンも、ビビりで入れる勇気もなかったので、入れたことがない。


 なのに、私の瞳は明るい紫色に変わっている。

 瞳孔は縦長で黒く、いかにもドラゴンです、といった雰囲気だ。


 それに、顔もパッとしない女だったのに、じっくり見なくとも可愛らしい美少女になっていた。長い黒髪を揺らす様は、とても絵になることだろう。


 頬を触ってみると、硬い欠片がある。私は竜の特徴を持っている少女として、あのタマゴから生まれた。


「見るからにファンタジーな世界」


 ファンタジーな世界の定番といえば、森の手前にある街や村だ。こういった森はダンジョンとか、魔物の群生地だとか言われることが多い。


 まずは、ここがどんな場所なのかが知りたい。人に会うところから始めよう。








「初めて見つけれた村がこんな状態じゃあ、人だっていないか」


 黒煙が立ち上り、人の住んでいたはずの家を炎が燃やしていく。



 川を離れてすぐ、焦げ臭い匂いがすると思って匂いを辿った。

 この体になってからは、嗅覚も前より鋭くなったらしく、歩いても歩いても全然つかないなと思っていたら小一時間は経った。


 途中からは、翼を使えば飛べるんじゃないかと思い立ち、バサバサとがんばって飛んでみた。

 歩きよりも断然スピードが早く、超絶楽チンで30分ほど飛んでみると、この村を見つけた。


 家屋は瓦礫となり、村の周りの木々は燃え尽き、酷い匂いがしている。


 だけど、こんなに荒れ果てた村なのに、人の死体らしきものはひとつも無い。

 逃げ出せたのか、はたまたこの村を襲ったらしいに連れていかれたか喰われたか。


「喰われたとすると、その割には血が飛び散ってない……」



 村の中を調べてみると、まだ食べられそうな食料と、辛うじて読めそうな本が1冊あった。


「『アビス・ラグナロク・ワールド』へようこそ……?」



『アビス・ラグナロク・ワールド』へようこそ!


 ここは、自由な世界。武器と魔法を手に、世界を⬛︎⬛︎⬛︎!


 初めてこの世界に来たあなたに、ひとつの言葉を授けましょう。あなたの力を開示する言葉、それは、『ステータス・オープン』!


 あなたはこれから、様々な困難に立ち向かうことになるでしょう。数多の魔物、数多の武器、数多のスキルと出会うでしょう。


 星はあなたを⬛︎⬛︎⬛︎ています。

 海はあなたを⬛︎⬛︎ています。

 月はあなたを⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ています。


 さあ、新しい自由な冒険に、乾杯!




 どうやらここは、『アビス・ラグナロク・ワールド』という世界のようだ。


「ゲームの世界、かな」


 でも、私が今まで生きてきた中で、アビス・ラグナロク・ワールドなんてゲームは聞いたことがない。


 もしかしたら、寝ている間に別世界のゲームの中に入り込んでしまったのかも。



「ステータス・オープン」


 物は試しだ。そう言うと、私の目の前に文字が浮かんできた。


 個体名:無し

 種族名:ドラゴニュート(E) Lv.1/5

 防具:ボロ布 武具:無銘の刀

 HP:10

 MP:5

 撃力:7(+2)

 防護:3(+1)

 魔力:3

 抗魔:2

 俊敏:10


 スキル

 無し



 弱い。


 普通に弱かった。ドラゴニュートとかいう強そうな種族名のくせして、貧弱そのものみたいなステータスだった。


 もしかして種族名の横にあるEってランク付けに使われるタイプのE?Eランクってことだろうか。


 ABCDEFのE?大抵のゲームのランク付けはFから始まるので、Eは多分弱い。最弱ランクじゃないだけマシレベル。

 しかもレベル上限は5。上がり幅もEランクなら、全くと言っていいほど強くはなれないだろう確実に。



 スキルも無いので、私はこれから刀一振を武器として振らなければいけない。刀なんて触ったこともない。せめて剣道部だったら良かったものの、あいにく中学高校どちらも違う部活だ。



 ゲームの世界で私のランクから考えると、ここは的な場所のはず。


 そういったダンジョンとか魔物が出てくる場所の近くには、とかがあることが定石。


 人と会う、そして上限レベルを目指す!



 1番の目的としてはこの2つだろう。それに、刀を使う練習だってしないといけない。


 しばらくすればこのだって、覚めてくれるはずだ。



「ボロ布からは、脱却したいなあ……」


 パタパタと翼を動かし飛びながら、片手に持った刀を少し引き抜いた。


 白く光る刃に、竜胆色が写る。


「はやく夢から覚めるといいな」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ボクこそが王、ボクこそが君主だ!」


 公爵領と呼ばれる、魔物たちが蔓延る領域がある。


 夜に生きる狼、ナイトハウンド。

 黄泉路の住人、スケルトンナイト。

 血に飢える淑女、ブラッディマリー。


 夜に生きる魔物たちの住処。その最高の娯楽、エクリプス公爵が主催する、毎夜の歌劇。


「さあ、戦え!さあ、殺し合え!」


 朽ちぬ体は退屈で、この歌劇とは名ばかりの行いも、エクリプス公爵の暇を潰すために行われている。


 熱狂の支配する歌劇場に、歓声が沸きあがる。



「ボクをもっと、楽しませろ!」






「マーリン様、マーリン様」


「小魚ちゃんたち、おはよう。今日も麗しい尾鰭だねぇ、食べちゃいたいくらいだ」


 深海の国、グラネスト。


 叡智を貪欲に求め、強さを貪欲に求める者の多い国。


「小魚ちゃんたち、遺骸の様子はいつもと変わらなかったかい?」


「見てました」

「見てた見てた」

「なんにも変わんないね」

「変わらないねぇ」

「変わらないことはいい事です」

「いい事です」


「ああそうだとも。ハミ出しものの私たち。母なる海に還るため、今日も今日を享受しよう」


「はーい」



 古代からの役目を守り、世のために、この身を礎としよう。


 今日もワタシはペンを取り、誰とも喋らぬ日記を綴るのだ。






「星」


 夜空。流星。


「掴む」


 隕石。重力。


 天に座すはただ一人。

 統べる者、その人だけ。



「ああ」


 ため息ひとつ、聞く者はいない。


「退屈」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 感想や評価や反応を頂けると小躍りしながらモチベアップするので、ぜひお願いします。



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