7-3.
昼過ぎになると、店の外の空気が変わった。
モールの吹き抜けに流れるざわざわした音が、
いつもより早く、強く店内に押し込まれてくる。
人の量が増えると、ケーキ屋は途端に繁忙期の顔になる。
ショーケース越しに、客の影が帯のように流れた。
ホールケーキの山が、まだ形を保っているのは朝だけだ。
昼を過ぎれば、いつもここから崩れていく。
店長が声を張った。
「そろそろくるよ。レジと受け渡し、流れ重視でお願い」
自分は軽くうなずいてレジに立った。
今日は十台などと数えている余裕は最初からない気配だった。
最初の波は子ども連れの家族だった。
モールでの買い物帰りなのか、手提げ袋が何個も揺れている。
ケーキ目当てに駆け寄った子どもが、ショーケースにぺたんと手をつけた。
その子の前に、自然と新人ちゃんがしゃがんだ。
腰を落として目線を合わせ、
「どれにする」と丁寧に聞いている。
声は小さいが、子どもだけには届く距離だ。
客の視線が新人ちゃんに向かう。
サンタ衣装の効果もあるだろうが、
それだけでは説明がつかない柔らかさがあった。
彼女が笑うと、子どもの目がまん丸になる。
その変化が、レジ担当の位置からでもわかった。
ただのバイト。無言でレジを打って会計を進めた。
手元の動きはいつも通りのはずなのに、
横で交わされる会話が勝手に耳に入ってくる。
新人ちゃんは箱を渡す時、
相手の指に重さを預けるみたいにそっと置く。
不器用なのに、雑ではない。
何度か折り直したせいか、箱の角が少しだけ歪んでいた。
それでも丁寧に見えるのは、仕草の方向が客に向いていたからだ。
次々に客が来て、自分はレジの前で捌き続けた。
伝票を掴んで、金額を読み上げて、釣り銭を渡す。
その繰り返しの合間に、ショーケースを一瞥すると、
ホールの在庫が目に見えて減っている。
すでに十台なんて通り越している。
自分が関わった数など、もう把握できない。
伝票の束が一気に厚くなるたびに、
自分の中の最低ラインが古びていく。
新人ちゃんは、いつの間にか客の誘導にまで手を伸ばしていた。
混雑している入口の横で、
「こちらにどうぞ」と短く案内している。
人に直接触れずに、手の位置だけで流れを作っている。
昨日までそこに立っていたのは、バイトの先輩女子だった。
店長が新人ちゃんの背中に向けて言った。
「いい動きしてるよ。助かる」
その声を聞いた瞬間、
レジの金額を押し間違えた。
自分でも理由が分からない小さな焦りが、
胸の奥に生まれた。
忙しさがさらに加速した。
流れ作業の速度が一段上がり、
客の列が絶えない。
レジの操作と箱詰めが同時進行になり、
目の前の動きに集中するしかなくなった。
混雑の熱の中で、
新人ちゃんの姿が時々視界に入る。
裾が揺れ、髪が肩に落ち、
伝票を受け取る時だけ小さな声で返事をする。
その全てが、
朝の侮りとは少し違う輪郭を帯びていた。
何がどう変わったのかは説明できない。
ただ、否定しようとしていた何かが、
知らないうちに肯定の側に寄っているような気がした。
ホールケーキのワゴンを見ると、
山がもう半分以下に減っている。
戦場に突入した夕方の空気は、
店の狭さを倍に感じさせた。
気づけば、自分はレジの端に肘をつく余裕すら失っていた。
働いている証拠が、伝票の増え方とショーケースの空きだけになっていく。
自分が何台に関わったか。
もう数える意味もない。
その実感だけが、
妙に鮮明だった。
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