第28話
「お父さん、駄目だって。あなたは家でお留守番でもしていなさい」
「そうだな。俺がスマートグラスを付けて監視するから、則夫はクーラーが効いた部屋でのんびり過ごしながら鑑賞していればいいさ」
「六月の時みたいに、何か起こった際のバックアップはいたほうがいいからね。何もしない訳じゃないし、お父さんの活躍の場はあるからそう落ち込むな」
準と栄太、亨先輩にまでからかわれ可哀そうに思ったのか、由美が助け船を出してくれた。
「友達に誘われてのプライベートな時間に父親がついてくるのを、大学生の娘として恥ずかしいと思うのはしょうがないでしょ。私だって同じ立場だったら嫌だもの。だけど須和君が心配していることは、陽菜乃ちゃんだって理解しているはずよ。そうだよね」
「はい。女友達と三人で行くし、せっかくだから楽しみたいので。痴漢に遭うのは嫌だけど、そんなこと言っていたらどこにも行けなくなっちゃうし」
そう嘆く陽菜乃を見て、辰馬が大きく溜息を吐いた。
「全く面倒な世の中や。女性っちゅうだけで、嫌な目に遭うんやからな。生物学的に多少のスケベ心を男が持つんはしゃあない。けど相手の承諾を得んと触るのは、卑怯もんがすることや。しかし昔に比べたら、ソープや何やらと風俗は充実しとるし、ネットを通して裸なんかタダで見放題やないか。そやのに性犯罪は減らん。そんだけ男はアホになったんかのう」
「そうだな。強姦など悪質な犯罪は、昭和の中頃が最も多く今は少ないほうだけど、痴漢などはそう変わっていないかもしれない」
「元警察官の感覚としてはそうなんだね。不同意わいせつ罪や迷惑防止条例違反とか、取り締まる法律なんかが変わっているから、昔とは単純に比べられないと思うけど」
「私も活動が始まって少し痴漢について調べたけど、病的な要因も少なくないらしいね。酒やギャンブルなどの依存症と同じで、日頃のストレスが溜まり目の前に女性がいると、衝動的に手が動いてしまう人もいるそうだ。といって、もちろん許されるものではないが」
「何でもかんでも病気のせいにするのはどうかと思いますけど、うつ病なんかの精神的な病気って、昔はそんなに聞かなかったのは確かですよね。精神病院に通う患者って、もっと極端な症状の人だったりしていた気がしますけど、今は全く違いますし。それだけストレスが溜まりやすい社会になったって証拠なのかな。うちみたいな小規模の会社でも、ちょこちょこいますからね」
「健吾君のところもそうか。私のところのような大きな会社だと、そうした病状を抱えた部下を持ったことのない管理職を探す方が、今は難しいくらいだ。全く大変な時代だよ」
「いや、亨さんの言い分も分からんことはないけど、俺らが主に用心せなあかん相手は、こないだみたいな意図的にやっとる悪質な奴らや。ふと手を出してしまうような奴は、俺らみたいな男が近くにおるだけで、ある程度抑えられるやろ。せやけど、触れる相手を探して徒党を組んどるような下劣な野郎からは、しっかり守らんとあかんのとちゃうやろか」
「そうだね。だけど電車と違い、フェスとかコンサート会場で決して安くないお金を払ってまで、わざわざ痴漢をしに集まる奴らなんているのかな」
「おらんかったらそれでええ。せやけど、おったらこないだみたいに、きっちりケジメはつけてもらわなあかん。そやろ。あの三人を捕まえたおかげで、他にも同じサイトで集まっとる何人かも逮捕出来たっちゅう話やったな」
「ああ。時間はかかったけど、警察が把握できた仲間をマークしたおかげで、同じ路線に乗って来た奴らを逮捕出来たとは聞いた。まだ他にもいるみたいだから、引き続き見張っているらしい。そういえば、今度俺達に感謝状が出るかもしれないって話を聞いたぞ」
栄太がそう言うと、周囲はわっと湧きかけたが、辰馬が即座に切り捨てた。
「いらん。そんな暇があったら、痴漢を逮捕せえって話や。鉄道警察隊の私服警官が、怪しいと睨んだ痴漢らを捕まえる取り組みを定期的にしとるのは聞いた。せやけど圧倒的に足らん。そやから私人逮捕系とかいう奴が色々出て来るんや。公助がしっかりせんからそうなるんやろ。それとも俺らを表彰し持ち上げて、もっと自助や共助しろってか。ふざけんなや」
余りの剣幕に、栄太は顔をこわばらせた。長く警察で働き、今も補助的とはいえ公務員である彼には耳が痛かったのだろう。
その様子に、準が割って入った。
「タッチャン、あんまり興奮したら体に良くないって注意したよね。いくら元気になったからといって、油断したら駄目だよ。頭に大きな損傷を受けたのは間違いないし、意識を取り戻して今の状態でいる事自体が奇跡なんだから。今でも回復した要因は明らかになっていないし、脳は人体の中でも把握できていないことが多い臓器なんだ」
「ああ、すまん。そうやったな、準。悪い、栄太。お前に怒った訳やない。目ぇ覚ましてから、世の中の状況を勉強すればするほど、腹立つことばっかりでな。余りに理不尽なことが多いやろ。せやから、つい頭に血ぃ上ってしもうただけや。あかんな、俺は短気やもんで」
「いや、謝らんでええ。辰馬の言う通りやから。せやけど、人手が足らんのも事実や。無いもんを、無い無い言うて文句たれとってもしゃあない。もっとお前らも頑張らんかいって主張し続けるのはええ。ただその上で、俺らも動き続けるしかあらへん。それでも上があかんかったら、政治家になって絶大な権力を持つくらいしか手はない。辰馬やったらできそうやけどな」
感情が強く出た分、関西弁になった栄太の言葉に、辰馬は笑って首を振った。
「俺の性分で、政治家は無理や。直ぐ腹立ってぶんなぐって逮捕されて
「かもな」
栄太の素早い手のひら返しのツッコミに、小さな笑いが起こる。
「いやいや昔に比べたら、辰馬君はかなり気が長くなっただろう。まあ高校生だった頃と今では時代も年齢も違うから、当たり前だろうけどね」
「そうそう。亨先輩はともかく、あんなことがなかったら、僕や準なんかはこうやってタッチャンや栄太さんや白海さん達と一緒の席にいることすらなかったと思いますよ」
則夫の意見に、由美も頷いた。
「それは私もそう。昔の辰馬さんだったら、恐ろしくて一緒になんか住めなかったと思う」
「おいおい、人をヤクザもんみたいに言うなや」
とひと笑いした後、則夫が話題を戻した。
「ところで、今度のフェスがCMTの新たな活動とするなら、事前に主催者と打ち合わせをしたほうが良いと思う。六月は色々揉めたけど、駅員の人達に理解して貰ったあの後は、活動が楽になったじゃない。一日限りとはいえ規模が大きい分、準備はできるだけした方が無難じゃないかな」
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