彼らの「極限サバイバル」は、俺の「快適ソロキャンプ」です。~Sランク追放されたポーター、日本往復スキル持ちの「サウナ中毒美女」と組んで『足湯カフェ』を開いたら、元リーダーが常連になった件~

ジュテーム小村

第1話 Sランク追放と、60分18,000Gの天国

「フィン、貴様はクビだ」


 Sランクパーティ『ブレイジング・ソード』のリーダー、剣聖マグナスの宣告は、切断されたかのように鋭く、冷徹だった。


 俺の足元に、荷物袋が蹴り転がされる。



「戦闘力ゼロ。

 スキルは【アイテムボックス】以下のゴミ。

 そして何より、貴様のその『休息は大事』などという軟弱な思想(ドグマ)が、パーティの規律を乱している」



 マグナスは、厳格を絵に描いたような男だ。

 彼にとってダンジョン攻略とは「サバイバル(生存競争)」であり、休息とは「死への隙」でしかない。


 睡眠は最小限、食事は栄養バーのみ、野営地では常に臨戦態勢。

 そんな極限環境下で、俺のスキル【フィールド・コピー】――記憶した空間を魔力で再現する能力――が役に立つはずもなかった。



 俺がかつて、勇気を振り絞って再現した「実家のあたたかい毛布」を、彼は「甘えだ」と切り捨て、俺のMPをすべて「バリケード運搬用」に割り当てたのだから。


「……わかりました」


 反論はしなかった。いや、できなかった。

 孤児院育ちで、ポーターとして生きてきた俺には、「快適さ」などというものが、そもそも想像上の産物のように思えていたからだ。

 マグナスの言う通り、俺はただ、楽をしたいだけの無能なのかもしれない。



 俺はギルド証を返却し、なけなしの退職金――金貨2枚を握りしめて、雨の降る路地裏へと放り出された。



     ◇



 ギルド併設の酒場『竜のあくび』亭。

 その薄暗い一角に、奇妙な貼り紙があった。



『天国、行きませんか?』 『極上の癒やし・60分一本勝負。料金:18,000G(前金制)』



 18,000G。俺の手持ちの金貨2枚(20,000G)がほぼ消える金額だ。

 詐欺か、あるいは違法な薬か。 シンプルにエロいサービスか。

 だが、貼り紙の前に立つ女は、そんな胡散臭さとは無縁に見えた。



 異国の、さらに東方の島国を思わせる黒髪と、切れ長の瞳。

 動きやすそうな奇妙な素材の服(アウトドアウェア)に身を包んだ彼女は、酒場の喧騒から切り離されたように、涼しげな顔で佇んでいた。


 菊池ワタル。ネームプレートを首から下げている。



「……あの」


「! お客さんですか!?」



 俺が声をかけると、彼女の「クールビューティー」な仮面が剥がれ、切羽詰まった商人の顔が覗いた。


「ど、どうぞ! 怪しい店じゃありません! 絶対に後悔させませんから!」



(……どうせ、俺の冒険者人生もこれで終わりだ)



 マグナスの下で、泥水をすするような数年間だった。

 最後くらい、騙されてスッカラカンになるのも悪くない。



 俺はヤケクソで金貨2枚をカウンターに叩きつけた。


「頼む。一番いいコースで」


「まいどありっ! お釣りは帰りに!」



 ワタルは金貨を受け取ると、素早く懐の「魔石」を握りしめ、詠唱した。



「スキル【ゲート・ホーム】――接続!」



 酒場の空気が歪む。

 風俗的なサービスかと思いきや、そこに出現したのは、青白く発光する「空間の裂け目」だった。


 俺はワタルの細い腕に引かれ、その光の中へと転がり込んだ。



     ◇



「はい到着! 時間ないんで急ぎますよ!」


 視界が晴れると、そこは「異界」だった。



 見たこともない素材でできた巨大な建物。

 鼻をくすぐる、消毒液と檜(ひのき)の香り。


『スーパー銭湯』――ワタルはそう呼んだ。



「まずは入浴45分! カラスの行水でもいいから温まって!」


「よ、45分? 風呂に?」


「説明してる暇はないの! 服脱いで!」



 男湯の暖簾(のれん)をくぐり、俺は言葉を失った。

 ダンジョンの「泥落とし用の水場」とは次元が違う。


 滔々と溢れる湯。湯気を立てる広大な浴槽。空が見える露天風呂。


 俺は、恐る恐る湯に浸かった。



「――――ッ」



 声が出なかった。



 熱いのに、優しい。


 湯の中に溶け出していくようだ。

 全身の強張った筋肉が。

 マグナスに植え付けられた恐怖と緊張が。


 これが、「風呂」。

 これが、俺が「甘え」だと思っていたものの正体か。



(……すごい)



 俺の意思とは無関係に、スキル【フィールド・コピー】が脈動した。

 俺の脳は、この「奇跡」を逃すまいと、フル回転で情報を記録し始めた。


 湯の温度41度。

 ジェットバスの水圧。

 タイルの感触。

 桶が床を叩く乾いた音。


 全てが、俺の魂(データベース)に刻まれていく。



「はい終了ー! 上がってー!」


「もうか!?」


「次はカフェ15分! 甘味で血糖値上げてフィニッシュです!」



 髪も乾かさぬまま連行されたのは、施設内の休憩所だった。

 出されたのは、白く輝く「特製レアチーズケーキ」と、香ばしい茶色の液体「ほうじ茶」。



 一口、食べた。

 衝撃が走った。


 冒険者用携帯食料(レーション)の味気なさに慣れた舌が、濃厚な甘みと酸味に歓喜の悲鳴を上げる。

 そして、熱いほうじ茶が、風呂上がりの五臓六腑に染み渡る。



 これも、記憶(コピー)した。

 皿の質感、フォークの重み、茶の香りまで、完全に。



『ピピピピピ……』



 無情な電子音が鳴り響く。タイムアップだ。


「ああああああっ! くそっ! またダメだった!」



 突然、ワタルが頭を抱えて絶叫した。

 さっきまでのクールな態度はどこへやら、彼女は鬼のような形相で、ある「扉」を睨みつけている。


『サウナ』と書かれた、その扉を。



「本当なら! この施設の真髄は、あそこにあるのよ!」


「……さうな?」


「あの灼熱の部屋で限界まで耐え、水風呂で全てを解き放ち、外気浴で宇宙と一体化する……それこそが『ととのい』! 神の領域!」


「は、はあ」


「なのに! 『ととのい』には最低90分は必要なのに! 私のスキル制限(60分)じゃ、サウナハットを被ることすら許されない! なんで私はこんな燃費の悪いスキルを持ってしまったのーっ!」



 俺はドン引きした。

 この女、さっきクビになった俺より、よほど深い絶望の中にいる。



     ◇



「……えー、お時間です。現地解散となります」



 元の薄暗い酒場に戻ると、ワタルはすっかり「賢者タイム」のように憔悴していた。


「どうでした、天国は?」


「……ああ。天国だった。

 あと、今回は入れなかったけどあの『足湯』ってやつが気になるな。

 次回に試す……ってのはちょっと厳しいけど」


「でしょう……。でも、リピートは無理ですよね。

 原価(魔石代)だけで16,000Gかかるんで、これ以上安くできないんです……。

 能力の使用も一日一回しかできないし……」



 ワタルが肩を落とす。


 そう。残念なことに。とても残念なことに。

 彼女のビジネスモデルは破綻していた。



「最高の体験」はあるが、「コスト」が高すぎて誰も継続できない。



 俺は、残ったほうじ茶の香りを思い出しながら、口を開いた。



「ワタルさん」


「……はい?」


「俺のスキルは【フィールド・コピー】。一度『記憶』した空間なら、MPだけで再現できる」



 俺は右手をかざし、魔力を練った。

 イメージするのは、先ほどの休憩所の一角。



「【フィールド・コピー】――『部分再現:檜の足湯(ほうじ茶セット付き)』」



 ボンッ、と軽快な音と共に、酒場の粗末な床が消えた。


 そこには、湯気を立てる美しい木目の『足湯』と、ちゃぶ台に乗った『ほうじ茶』が出現していた。



「……は?」


 ワタルの目が点になった。

 彼女は震える足で、その足湯に浸かった。



「……あったかい。え、嘘、本物? ……しかも、魔石を使ってない?」


「ああ。俺のMPが続く限り、タダだ」



 俺は、ちゃぶ台の上のほうじ茶を一口飲んだ。

 美味い。

 あの天国の味だ。



 ワタルが、猛禽類のような目で俺を見た。


「フィンさん」


「……なんだ」


「あなた、最高の『レコーダー(録画機)』ですね」


「人聞きの悪い」


「私と組みましょう。私が『原盤(日本)』へ連れて行きます。あなたがそれを『複製(コピー)』して、この世界で売り捌くんです」



 彼女はニヤリと笑った。

 それは、サウナ中毒者の顔でも、クールビューティーの顔でもない。


 野心的な「経営者」の顔だった。



「稼ぎましょう、フィンさん。そしていつか、この世界に『時間無制限のスーパー銭湯』を建てるんです。……私の、サウナのために!」



 こうして俺たちは手を組んだ。


 俺は「居場所」を、彼女は「サウナ」を求めて。

 最強の『足湯カフェ』ビジネスが、ここから始まる。

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