第10話

ミラの記憶の扉がわずかに開いた瞬間から、

第3層は静かに、しかし確実に“きしみ”始めていた。

壁の紋様が青白く瞬き、

空気は水の中のように揺れる。

「レオン……層が、ずれてる……」

ミラの囁きが震えていた。

レオンはミラを庇うように肩を抱きながら、周囲を見渡す。

「こんな反応、塔じゃ見たことねぇ。お前の記憶が戻り始めたせいか……?」

ミラは首を振る。

「もっと根本的。反転塔の“基盤”が、私に反応してる……そんな感じ」

その時——

ゴォォォォ……ッ!

塔全体がうねるような音を立て、天井が波打つ。

光が一点に集まり、空間に細い亀裂が走った。

「ミラ、下がれ!」

レオンが踏み込んだ瞬間、

亀裂が爆ぜるように広がる。

──パキィィィン!

光の向こうから、人影がひとつ落ちてきた。

姿勢を崩すことなく、静かに、柔らかに着地する。

黒に近い深緑のコート。

腰には見慣れない装置。

そして、鋭いが優しい目。

レオンは剣を構えたまま、息を呑む。

「……まさか……そんなはず……」

落ちてきた青年がこちらへ顔を向ける。

そして、彼は口を開いた。

「久しぶりだな、レオン」

レオンの全身が一瞬で硬直した。

信じられないと言うように、剣がわずかに震える。

「……カイ……?ありえねぇ……お前は……“第4層戦役”で……」

カイは淡く笑った。

「死んだことになってただろ。でも俺は生きてた。あの層で“観測者”として再編されたんだ」

ミラは二人を交互に見つめる。

「レオン……知り合いなの?」

レオンは喉の奥から絞り出すように答えた。

「知り合いどころじゃねぇ。こいつは……俺の戦友だ」

カイは歩み寄り、ミラをまっすぐ見た。

「君のことも、知ってるよ。いや……君を“探すため”にここへ落ちてきたと言ったほうが早い。」

ミラの目が揺れた。

「私を……探して?」

カイは静かに頷く。

「ミラ。君は第4層の崩壊を止めようとして……記憶を失った。

そしてレオン、

お前はその真相を知らずにずっと彼女を探していた」

レオンの瞳に痛みが浮かぶ。

「そんな……じゃあ、ミラは……」

カイは二人の間に視線を通し、告げた。

「君たち二人とも、この世界の崩壊に“深く関わってる”。だから迎えに来た。層の歪みがひどい。このままだと、第3層は持たない」

その瞬間、塔が大きく悲鳴を上げた。

──ゴガァァァンッ!!

天井の裂け目がさらに広がり、光の破片が降り注ぐ。

レオンが叫ぶ。

「このままじゃ崩れるぞ! どうするんだ!」

カイは迷わず手を伸ばす。

「ついて来い。第4層への“安全な抜け道”を開ける。時間はない!」

ミラはレオンの手を握り返し、強く頷いた。

こうして——

層の異変の中で、

失われた戦友と再会したレオン。

記憶の真実に近づくミラ。

3人の旅が、次の層へ向かう。

第4層への扉が、いま開かれようとしていた。

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