第3話 始まる処刑ルートと、敵派閥の“嘲り”

朝、学園の中庭に足を踏み入れた瞬間、

 空気が変わったことに気づいた。


 生徒たちの視線が、妙にざわついている。

 ひそひそ声の一部が、俺の名前をかすめる。


(……ゲーム通りだな)


 昨夜の刺客は、氷山の一角。

 あれを送り込んだ“本体”は、今日ここに顔を揃える。


 処刑ルートの中心、

 悪役リュクスを公的に失墜させていく敵派閥。


 前世の俺は、

 ここで挑発に乗って騒ぎを起こし、評価がゼロに落ちた。


(乗ったら負け。ここからは全部が“フラグ”だ)



 教室に入ると、

 三人の生徒が机を囲み、俺に気づいて顔を上げた。


 中央の男が、薄く笑う。


「おや? リュクス様じゃないですか。

 寝不足ですか? 顔色がひどいですよ」


 声は柔らかいが、

 悪意を隠すつもりがない“挑発のトーン”だ。


 ゲームで最悪ルートを主導した派閥のリーダー、

 アルノス=グレイバー。


 家門は辺境伯。

 背後に騎士団・商会・中央貴族のネットワークがある。


 処刑ルートの“核”そのもの。


(来たな。ここから全部が“分岐点”だ)


「昨日、寮に怪しい影が入ったそうですね。

 ……まさか“あなた自身”が騒ぎを起こしたのでは?」


 仲間の一人がくすりと笑う。


「どうせ酔って暴れたんだろ?

 悪役貴族リュクス様なら、ありえる話だ」


「教師からの評価も下がるでしょうね」


 好き勝手な言葉が、次々と投げられる。


 昔の俺なら確実にキレていた。

 というかゲームのリュクスは毎回キレていた。


(ここで暴れたら、“処刑イベントの布石”になる)


 深く息を吸い、淡々と言う。


「昨日の件は寮監と衛兵が把握してる。

 勝手な憶測は無益だ」


 アルノスの目が一瞬だけ細くなった。


「……へぇ。今日は冷静ですね。

 “あなたらしくない”」


「そうだな。昨日から変えることにした」


「変えられるんですか? あなた程度で?」


(ずいぶんと露骨だな……)


 挑発。

 侮辱。

 嘲笑。


 ──全部ゲームで見たまま。


 だが違うのは、

 “俺が因果切断武器を持っている”こと。


 処刑ルートの前提は一つ。

 リュクスの立場と信用が確実に地に落ちていくこと。


 それをひとつでも折れば、終わる。



 席につくと同時に、

 背後から小声が聞こえてきた。


「……聞いた? 昨日の刺客の件」


「うん。リュクスの自作自演とか言われてる」


「でも刺客、生きて帰ってないって噂も……」


 一瞬、視線がそちらへ向く。


(刺客……消されたか?)


 ゲーム知識では、敵派閥は“口封じ”を常に行う。

 今の段階なら刺客はただの駒。

 証拠を残さないため、後始末までが一連の動きだ。


(つまり、俺を襲わせた“証拠”を持ってる奴がいる)


 このタイミングで情報が漏れるのはおかしい。

 裏で誰かが動いている。


(……校舎裏を確認するか)



 昼休み。

 食堂を避け、校舎裏へ向かう。


 ゲームでも、ここで“最初のミニイベント”が起きた。


 喧嘩屋の生徒が、弱い生徒の財布を奪うイベント。

 本来のリュクスは通りかかって暴言を吐き、

 喧嘩に発展し、評価がまた下がる。


(これも破滅フラグのひとつ)


 角を曲がると──

 予想通り、三人が小柄な生徒を囲んでいた。


「いいから早く金出せって言ってんだよ」


「授業料も払えないなら辞めちまえよ」


 身構えるまでもない雑な喧嘩屋。

 ただ、ひとりだけ魔力の流れが妙に荒い。


(……刺客の“監視役”が混ざってるな)


 危険度は低いが、

 敵派閥の動きを“観察する目”としてここにいる。


 軽く咳払いすると、三人の視線が一斉に向いた。


「なんだお前……リュクスか?」


「貴族様がこんな裏に何の用だよ」


「黙ってろよ。殴っても文句言わねぇよな?」


 そう言いながら、一人が木の棒を構えた。


(殴られたら“暴力事件扱い”。

 これも処刑ルートの布石だ)


 棒が振りかざされる瞬間。

 俺は古びた鉄剣をわずかに抜く。


 ただ、ほんの少し見える程度。


 それだけで棒を持つ生徒の肩が縮んだ。


「て、鉄剣……?」


「なんだよそのボロ……?」


(見た目は粗悪品。だが俺にとっては──)


 棒が振り下ろされた瞬間、

 鉄剣の側面を軽く当てる。


 木の棒は、音もなく弾かれた。


「な……っ!?」


 剣を振ったわけではない。

 柄に力を込めたわけでもない。


 ただ“線”に沿って角度を合わせただけ。


(攻撃動作の根っこを断つ。昨夜の刺客と同じだ)


 喧嘩屋たちは完全に戦意を失い、ばらばらに逃げていく。


 逃げる最後の一人──

 背中に妙な魔力の揺らぎを感じた。


(刺客側の人間……。隠しきれてない)


 こちらの戦闘力を計ったな。

 “粗悪品の剣を持った悪役”という固定観念が崩れたはず。


 敵派閥に情報が戻るのは、時間の問題だ。


(なら、先に動くか)



 校舎裏の静けさの中、小柄な生徒が頭を下げた。


「た、助けてくれて……ありがとうございます……」


「気にするな。ここは教師に知らせておけ」


「は、はい……!」


 生徒が走り去ると同時に、

 俺は鉄剣を鞘に押し込みながら呟いた。


「……暗殺者、喧嘩屋、情報操作。全部“序章”だな」


 処刑ルートは、

 こうして周囲からじわじわと追い詰めていく構造になっている。


(逆に言えば、ここで止めればルートは進まない)


 破滅フラグは、連鎖する前に折ればいい。


 次は、訓練場の暴走魔獣。

 ゲームで最初に“本格的な死者”が出るイベント。


 前世では、リュクスは無関係のまま派閥に嘲笑され、

 評価を落とし続けた。


(だが、今の俺は剣の“層の噛み合い”を知っている)


 暴走魔獣は魔力膜を斬れば鎮まる。

 その手段を持っているのは──俺だけだ。



 鉄剣は、鞘の中でかすかに脈動した。

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