第3話 始まる処刑ルートと、敵派閥の“嘲り”
朝、学園の中庭に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わったことに気づいた。
生徒たちの視線が、妙にざわついている。
ひそひそ声の一部が、俺の名前をかすめる。
(……ゲーム通りだな)
昨夜の刺客は、氷山の一角。
あれを送り込んだ“本体”は、今日ここに顔を揃える。
処刑ルートの中心、
悪役リュクスを公的に失墜させていく敵派閥。
前世の俺は、
ここで挑発に乗って騒ぎを起こし、評価がゼロに落ちた。
(乗ったら負け。ここからは全部が“フラグ”だ)
◇
教室に入ると、
三人の生徒が机を囲み、俺に気づいて顔を上げた。
中央の男が、薄く笑う。
「おや? リュクス様じゃないですか。
寝不足ですか? 顔色がひどいですよ」
声は柔らかいが、
悪意を隠すつもりがない“挑発のトーン”だ。
ゲームで最悪ルートを主導した派閥のリーダー、
アルノス=グレイバー。
家門は辺境伯。
背後に騎士団・商会・中央貴族のネットワークがある。
処刑ルートの“核”そのもの。
(来たな。ここから全部が“分岐点”だ)
「昨日、寮に怪しい影が入ったそうですね。
……まさか“あなた自身”が騒ぎを起こしたのでは?」
仲間の一人がくすりと笑う。
「どうせ酔って暴れたんだろ?
悪役貴族リュクス様なら、ありえる話だ」
「教師からの評価も下がるでしょうね」
好き勝手な言葉が、次々と投げられる。
昔の俺なら確実にキレていた。
というかゲームのリュクスは毎回キレていた。
(ここで暴れたら、“処刑イベントの布石”になる)
深く息を吸い、淡々と言う。
「昨日の件は寮監と衛兵が把握してる。
勝手な憶測は無益だ」
アルノスの目が一瞬だけ細くなった。
「……へぇ。今日は冷静ですね。
“あなたらしくない”」
「そうだな。昨日から変えることにした」
「変えられるんですか? あなた程度で?」
(ずいぶんと露骨だな……)
挑発。
侮辱。
嘲笑。
──全部ゲームで見たまま。
だが違うのは、
“俺が因果切断武器を持っている”こと。
処刑ルートの前提は一つ。
リュクスの立場と信用が確実に地に落ちていくこと。
それをひとつでも折れば、終わる。
◇
席につくと同時に、
背後から小声が聞こえてきた。
「……聞いた? 昨日の刺客の件」
「うん。リュクスの自作自演とか言われてる」
「でも刺客、生きて帰ってないって噂も……」
一瞬、視線がそちらへ向く。
(刺客……消されたか?)
ゲーム知識では、敵派閥は“口封じ”を常に行う。
今の段階なら刺客はただの駒。
証拠を残さないため、後始末までが一連の動きだ。
(つまり、俺を襲わせた“証拠”を持ってる奴がいる)
このタイミングで情報が漏れるのはおかしい。
裏で誰かが動いている。
(……校舎裏を確認するか)
◇
昼休み。
食堂を避け、校舎裏へ向かう。
ゲームでも、ここで“最初のミニイベント”が起きた。
喧嘩屋の生徒が、弱い生徒の財布を奪うイベント。
本来のリュクスは通りかかって暴言を吐き、
喧嘩に発展し、評価がまた下がる。
(これも破滅フラグのひとつ)
角を曲がると──
予想通り、三人が小柄な生徒を囲んでいた。
「いいから早く金出せって言ってんだよ」
「授業料も払えないなら辞めちまえよ」
身構えるまでもない雑な喧嘩屋。
ただ、ひとりだけ魔力の流れが妙に荒い。
(……刺客の“監視役”が混ざってるな)
危険度は低いが、
敵派閥の動きを“観察する目”としてここにいる。
軽く咳払いすると、三人の視線が一斉に向いた。
「なんだお前……リュクスか?」
「貴族様がこんな裏に何の用だよ」
「黙ってろよ。殴っても文句言わねぇよな?」
そう言いながら、一人が木の棒を構えた。
(殴られたら“暴力事件扱い”。
これも処刑ルートの布石だ)
棒が振りかざされる瞬間。
俺は古びた鉄剣をわずかに抜く。
ただ、ほんの少し見える程度。
それだけで棒を持つ生徒の肩が縮んだ。
「て、鉄剣……?」
「なんだよそのボロ……?」
(見た目は粗悪品。だが俺にとっては──)
棒が振り下ろされた瞬間、
鉄剣の側面を軽く当てる。
木の棒は、音もなく弾かれた。
「な……っ!?」
剣を振ったわけではない。
柄に力を込めたわけでもない。
ただ“線”に沿って角度を合わせただけ。
(攻撃動作の根っこを断つ。昨夜の刺客と同じだ)
喧嘩屋たちは完全に戦意を失い、ばらばらに逃げていく。
逃げる最後の一人──
背中に妙な魔力の揺らぎを感じた。
(刺客側の人間……。隠しきれてない)
こちらの戦闘力を計ったな。
“粗悪品の剣を持った悪役”という固定観念が崩れたはず。
敵派閥に情報が戻るのは、時間の問題だ。
(なら、先に動くか)
◇
校舎裏の静けさの中、小柄な生徒が頭を下げた。
「た、助けてくれて……ありがとうございます……」
「気にするな。ここは教師に知らせておけ」
「は、はい……!」
生徒が走り去ると同時に、
俺は鉄剣を鞘に押し込みながら呟いた。
「……暗殺者、喧嘩屋、情報操作。全部“序章”だな」
処刑ルートは、
こうして周囲からじわじわと追い詰めていく構造になっている。
(逆に言えば、ここで止めればルートは進まない)
破滅フラグは、連鎖する前に折ればいい。
次は、訓練場の暴走魔獣。
ゲームで最初に“本格的な死者”が出るイベント。
前世では、リュクスは無関係のまま派閥に嘲笑され、
評価を落とし続けた。
(だが、今の俺は剣の“層の噛み合い”を知っている)
暴走魔獣は魔力膜を斬れば鎮まる。
その手段を持っているのは──俺だけだ。
鉄剣は、鞘の中でかすかに脈動した。
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