第9話 主犯に少し近づくが・・・

 そして、現場から逃走したソンを追跡していた刑事から、高崎市内でソンの車を発見したとの報告があった。山本課長は現場に近くに居るパトカーに現場に急行するように指示を出した。幸い数分で到着しそうなパトカーがいた。


 朝の通勤時間帯にさしかかる頃に、中西警部補が犯人を捜索している所は高崎の市街地で、既に多くの車が国道沿いを忙しそうに職場へ向かって走っていた。中西は、一旦、国道沿いの空き地にパトカーを止めて、一人をパトカーに残し、もう一人の警官と周辺を見て回った。同行した警官の名前は服部浩、麻山刑事といつも柔道や剣道の練習を共にしている武闘派の警察官だ。彼等は国道から一本外れると住宅地が続いているエリアで追跡していた車と同じ車種で同じ色の自動車が見つけた。そこは市営の駐車場ですぐ先に市営の公園があった。中西は服部と肩を並べて、物音をさせずに近くに寄ると車中には誰も居ないようで、運転席側からのぞき込むと、助手席に鞄が置いてあった。ボンネットに触れると少し前までエンジンがかかっていたらしく、かなり余熱が残っていた。それを確認した後、すぐに本部に連絡を入れた。すぐに応援が来るがその前に逃亡されるリスクがあるので、二人で捜索を始めた。前方の公園を見ると、すぐに公園から歩いて来る男が目に入った。中西は一目見て手配中のソンだど確信した。顎が尖って目つきの悪い中年の男だ。中西はパトカーに残した一人にすぐに公園側に来るように無線で指示し、二人は公園からはよく見えない駐車場のソンが運転してきたと思われる自動車の後ろに隠れ、犯人が到着するのを待った。近くまで来た男が自動車のキーをプッシュし、ドアの施錠を解除する音が聞こえた。中西も服部も一瞬ドキッとしたが、はやる気持ちをじっと我慢し、ドアノブに手を触れようとした瞬間に中西は男にその場で止まるように大きな声を掛けた。

「警察だ!そこで止まれ!」との命令に、男は来た道を引き返しそうになったので、二人はダッシュした。

「ソン、盗難の容疑で逮捕する」ソンは必死に公園に逃げ込むために走り出した。まだ、公園には人影はなく慌てて逃げる一人の背の高い中年の男と、二人の警官による逃走劇が始まった。逃げる男は公園の広々としている芝生を横切り、公衆便所の脇を右回りに逃げた。結局駐車場に行こうとしている事は見え見えだった。中西はすぐにそれを直感し、そのまま行けばもう一人の警官に遭遇するはずだった。中西が呼んだ警官は案外早く現場に到着し、中西の前を走って逃げる男が向かう先で待機していた。ソンは仮に車に先に到着しても、運転を始める前に捕まることを予測した。下手に逃げて発砲されることを警戒し、その場に立ち止まり両手を挙げて、逃走劇はあっけなく終了したように見えた。中西と服部と警官一人は慎重にソンに迫り、完全に至近距離で取り囲んだと思ったそのときに、ソンは目の前の警官にタックルをして押し倒した。服部は慌てて警察官に手を差し伸べた隙をつかれて、巧みに背後に回られて、いつの間にか取り出したナイフを首に突きつけられた。「しまった、先に犯人の逮捕だった」と思った時には遅く、

「近寄ればこいつの首を切る!」ソンはそう言って、駐車場方面に服部の後ろ側の位置を維持したまま、駐車場方面に後ずさりしながら進んだ。中西は流石に焦ったが、それを声や表情にはみじんも見せずに、落ち着いた声で

「ソン!無駄な抵抗は止めろ!お前は絶対に逃げられない」と恫喝したが、ソンも動揺している様子はなく、むしろ慣れた感じで警官の自由を奪っていた。右手で警官の右手をくるむようにして自由を奪い、その先に握っているナイフは服部の頸の横に触れさせている。左手で服部を後ろから抱き捉え、服部の左の手首を右の脇の下に入るように拘束していた。服部もその腕力の強さに驚いたが、頸の後ろに冷たく触れているナイフと頸との危うい関係を感じきっており、下手な抵抗ができない事を自覚していた。「こいつ、格闘技の経験があるな」と実感した。中西もその手慣れた動きにむしろ動揺したが、

「ソン、他のメンバーは全員逮捕した。お前の役割も分かっている。これ以上罪を重ねると、一生刑務所に入っていることになるぞ。悪いことは言わないから、ナイフを置け!」服部を捉えたソンが駐車場への歩みを進めていると、パトカーがサイレンを鳴らして到着した。中西は「馬鹿な、何故サイレンを鳴らすんだ」と舌打ちしたが、ソンは素早くサイレンに反応し、

「今着いた連中にも無線で俺に近づかないように言え!」とソンは中西に命令口調で言った。中西は「俺が無線で指示する事も読んでいるのか!」と、また舌打ちをしたい心境だったが、顎下の警察無線のマイクで、

「えー、中西だ。容疑者が警官を人質にして車で逃走をしようとしているが、男が車に乗るまでは行動を邪魔するな!」そして、ソンにか、拘束されている警官になのか分からないが頷いて見せた。ソンは自分の命令に従ったものと思い、二度ほど頸をかすかに上下させた。ソンに頸にナイフを突きつけられている服部は、いつも麻山刑事と柔道の練習を欠かさない練習相手の一人だった。彼は、中西の頷きは自分への合図だと思い、「中西さんは自動車に乗る寸前が逃げるチャンスだと思っている。こいつが片手をドアに手を掛けた瞬間に逃げるか、こいつのナイフを握った手を決めてやれば頸を切られなくて済む。」と予想をした。そして、車のドアまで一メートルまで近づいた。すると、ソンは服部に、

「お前がドアを開けろ!握れば開くはずだ」と何かを勘違いしているのか、その車はそう言う機構なのか、服部は分からないまま、「分かった。」と言って、左手を動かそうとしたが、ソンは左手の拘束を外すことに危険を感じたのか、

「やはり、俺が開ける」と言って、左手の拘束を緩め、自分の左手でドアノブに手を掛けようとした。その瞬間、服部は空いた左手でソンの右手首を掴み、背負い投げのような投げ方でソンをフロントドアに思い切りぶつけ、そのままの姿勢を保ちソンの右腕に全体重がかかるようにその場で倒れ込み、さらに自分の右手と合わせてソンの右手の自由を奪った。ソンは思いっきり警官に車に投げつけられ、右手の自由を奪われ、地面に落ちる際にさらに全体重を右手に乗せられ、両手で右手首を拘束されていたので、痛みをこらえつつ左手で警官の頸を締めようとした。中西はすぐにこの犯人と服部と共に倒れ込みながら、ソンの左手を力の限り背中側にひねった。ゴキッ!と音がしたが構わず締め上げると、ソンが思わず「うわっ、痛え!」と悲鳴のような声を出した。中西はソンの左手をひねったまま手錠を掛け、さらに捻りあげた。流石にソンは右手に持ったナイフを落とし、服部はそのタイミングでソンの拘束を逃れた。すぐに、ソンを腹ばいにさせて右手にも手錠を填めた。中西はやっと立ち上がり、

「ソン、窃盗に加えて、警官への公務執行妨害と殺人未遂で逮捕する」と宣言すると、ソンは大人しくなった。その時には彼を六人の警官と刑事が取り囲んでいた。中西は山本課長にソンを逮捕したことを報告した。山本課長は、

「中西さん、ご苦労様です。皆無事ですか?」とねぎらい、中西もやっとホッとした様子だった。

「ええ、課長、皆無事です。ただ、逮捕時に犯人の腕の骨を折ってしまったようです」山本は一瞬躊躇ったが、

「そうですか、救急車を呼ぶほどですか?」

「いいえ、尋問が終わってからで良いと思います」

「分かりました。そちらに向かったメンバーに後は任せて、署に連行してください」

「了解しました」と中西は言うや否やのタイミングで、警官が両脇から挟み動きを封じているソンを眼光鋭くにらみつけると、

「よし、服部。連行するぞ!」と人質になりかけて、一転、ソンを背負い投げして窮地を脱した服部に命じた。ソンは抵抗することなくパトカーに乗せられたが、腕が痛むようで

「刑事さん、腕が折れたようだ。救急車を呼んでくれないか?」と泣き言を言ったが、中西は冷たく

「まずは署に行ってからだ。お前は一体どんな立場なんだ。暴行、監禁、窃盗、公務執行妨害、殺人未遂の凶悪犯罪の現行犯なんだぞ!射殺されなかっただけでもありがたく思え!」と恫喝されて、ソンも黙り込んだ。脇を固める服部ともう一人の刑事も、凶悪犯ソンに対して憎悪をむき出しにした目つきで彼の拘束を続けた。ソンもその殺気のような眼光を感じ、頸を項垂れて少し揺れる車内で大人しく連行された。


 県警本部で犯人達の聴取を続けている牧野、雲野ら刑事達に『ソン、逮捕!』の情報がすぐに伝えられた。皆、一様にこれで大凡の犯罪に帯する立件が出来るぞと意気込んだが、全体の主犯であるリー・シュンユが逮捕できていない事が、捜査一課全体に解決ムードが生まれない最大の要因だった。山本課長は息が詰まるような幾つもの攻防を終えたメンバーへの労いをしたい思いと、最後に残った主犯リー・シュンユの逮捕を待ちわびる気持ちの中で、出勤してくる他課の職員達からの特別な視線を受けていることを感じた。そして、この「奴を捕まえないと、この犯罪は終わらない」との気持ちを強くもっているのは彼らだけはなく、署員全員なんだとも改めて思った。そして、リー・シュンユ逮捕に向けて刑事部長と本部長との会議に向けて、所長室に向かった。

 本部長室で本部長以下、刑事部長、地域部長、捜査二課長らが顔を揃えており、山本捜査一課長は状況を手帳を見ながら落ち着いた様子で報告した。

「おはようございます。忙しい所を皆様にお集まり頂きまして大変恐縮です。早速ですが状況をご報告いたします。まず、昨日からの経緯ですが・・」と事の経緯を説明し、結果として現行犯逮捕者十一名と別行動の殺し屋二人と主犯格のソンの逮捕を報告した。そして、ソンを除く逮捕者への聴取を継続しており、七件以上の立件対象の事件の概要を整理して説明した。本部長以下幹部達は概ね大きく頷きながら満足そうな表情であった。山本は説明の最後に、最大の残務は全体主犯のリー・シュンユの逮捕である事を話し、まだ追跡の最中である事を告げて報告を終えた。その報告を聞き最初に本部長がコメントを述べた。

「山本課長、先日から準備を含めてメンバー全員不眠不休で大変だったと思うが、これほどの現行犯逮捕を無事成し遂げたことを、まずは感謝するよ。本当にご苦労様!」と頭を下げられ恐縮したのに続き、

「昨晩は監禁されていたお二人を無事救出来てホッとしていたよ。なにせ牧野君のお兄さんと肥後さんだろう。お二人は私も懇意にしている太子さんの友人だと聞いて本当に良かった。そして、今朝にはにっくき銅線泥棒の主犯格のソンを逮捕してくれて、良くやってくれた!」とまずは感謝と労いのコメントをしてくれて、山本も少し肩の荷を軽くしたが、刑事部長が厳しい顔ではないが、

「後は首謀者リーの逮捕だな。奴を捉えないと、また、同じような事件が送るかもしれない」それに呼応し、地域部長が

「何とか他県に逃げられる前に逮捕しないといけない」と課題を提起するので、山本課長はそれに対して大きく頷き、

「リー・シュンユが一連の事件の最終ターゲットだと思っていますし、今行き先を追いかけていますが、奴の罪状に殺人が加わりましたので、全国指名手配をしたいのですが、宜しいでしょうか?」と本部長の顔を見ながら要請しようと思っていたことを告げた。本部長は即答した。

「ああ、もちろんだ。奴の背後にはさらに闇の組織があるはずだから、私から警察庁の組織犯罪担当にもすぐに相談をする。起訴・立件内容とは別に情報を整理してくれ!」山本も眠いはずなのに、爛々とした目つきで

「本部長、有り難うございます」本部長は刑事部長に、

「刑事部長、この後リモートで警察庁にこの件を要請するので、同席してもらえるか?」と頸を向けると、

「はい、分かりました。こちらこそ宜しくお願いいたします」と山本課長が期待していた事を本部長も刑事部長も承知してくれたので、内心ホッとしていた。無論、リー・シュンユの逮捕には力を注ぐが、県外脱出の可能性は否定できなかったのだ。昨日の昼過ぎにすぐ傍を通り抜け、高崎方面に向かって行ったのを追跡させていたが、未だに発見出来ずに居たからだ。警察庁指定特別手配被疑者として指名手配すれば、検挙出来る可能性が高まると誰もが期待していた。


 しかし、その後残念ながらリー・シュンユの行方は指名手配された後も、暫くは分らず終いとなってしまったのだが、この時は誰にも予想ができなかった。一方で、ソンの聴取は中西警部補が署に連行してきた後すぐに始まった。


 ソンの尋問は、取調べ室で牧野と中西のペアで始めた。途中でどちらかが雲野に交代する予定だった。

 中西警部補が手錠を填められたソンに対して、

「どうだ、右腕は痛むか?」

「ちっ、当たり前だろうが!」と顔を横に向けて、舌打ちをしながら言った。牧野はその態度を静かに見つめ、

「そんなに痛むか?」と中西がフォローするように言うと、

「うるせえ!早く病院に連れて行かねえと大変な事になるぞ、田舎のデカめ!」と顎の尖った人相の悪い男は嘯いた。

「大変とはどう言う意味だ」と牧野がたまらず口を挟むと、

「骨が折れてるんだよ!」と牧野を睨み付けながら口から泡を飛ばすような勢いで言うので、中西は困った奴だと思いつつも

「お前が警官の首にナイフを突きつけて、逃走しようとしていたからしょうがないよな」

「ふざけんな。あの警官は俺を投げた時に、わざと俺の腕に自分の体重を乗せて腕を折ったんだよ」牧野はソンの冷静な分析と、警官の体術に感心しつつ、この自分勝手な残虐な男を許してはならないと確信した。

「お前も武術の心得があるようだな。どこで習ったんだ?」

「ふん、知るか。それよりも俺の容疑は何だ?警官を脅したことか?」

「ああ、公務執行妨害と暴行もある。それに、銅線の窃盗と器物破損、暴行誘拐と殺人教唆」

「はあ?俺は銅線泥棒の現場にはいなかったぞ。それに殺人教唆ってのは何だ?俺は何もしてねえぞ」

「窃盗で逮捕した連中は皆、お前の指示で窃盗をしたことを供述しているぞ。お前が主犯だ」

「違う!俺じゃねえ。俺は脅されてやってるだけだ」と主犯のリーにつながる供述をしそうな気配を二人は感じ取った。

「誰に脅されているんだ?」と牧野が静かに尋ねると、

「ある中満国人の男だ」牧野は心の中で沸き立つ気持ちをおさえつつ、さらに冷静に尋ねた。

「リー・シュンユの事か?」

「えっ、なんだ知っているのか。そうだ、あいつが黒幕だよ。俺たちは皆あいつに脅されているんだ」

「ほう、お前もか?実際には現場を取り仕切っているのはお前だと、手下達は皆言ってるぞ」と疑うような話しを出すと、

「違う!俺はあいつに言われたとおりにやってるだけだ」とソンは罪をリー・シュンユにかぶせる方針のようだと牧野は感じ、

「民間人の暴行・誘拐もか?」とさらに銅線泥棒以外の犯罪について聴き出そうとすると、

「そうだ、怪しい奴が家の周りを彷徨いていると言ったら、邪魔な奴は後で始末するから捕まえろと言われたんだ」とあっさり話し出した。

「後で誰が始末するんだ?」さらに聞くと、

「あいつの用心棒みたいな中満国人だ」牧野は内心「よし、いける」と感じて敢えて名前を出して聞いた。

「リー・スンナムとリン・スーの事だな」

「そうだ。あいつらはいつも別行動で仕事をする」とあっさりと余罪を白状した。

「いつもと言うと、今回だけではないんだな?」

「そうだ、いつもだ!しつこいな」ソンは腕が痛むのか、苦しそうな表情で

「頼むから、病院に連れて行ってくれないか?本当に痛いんだ」と懇願するので、牧野は

「そうか、それは可哀想だな。相談してくるから少し待ってろ」と言って尋問室を出て行った。

 牧野は山本課長にソンが重要な供述を始めていることを伝え、医者に診断と治療をさせる事を相談した。山本は珍しく冷徹な面を見せて、

「痛みが取れれば、供述をひっくり返すような事はあり得ませんか?」

「それは、ないとは言えません・・・」

「凶悪犯罪の首謀者の一人で、主犯のリー・シュンユにつながる重要な被疑者なので、可能な限りの供述を得たい」

「そうですね、私もあいつの身勝手な行動は信用できません。痛み止めを打つ程度で供述を続けましょうか。命には別状ないのは確かですので」

「そうですね。そうしましょう。事情を伝え、すぐに手配をします」

「お願いします。では、聴取を続けますので、準備が整ったらご連絡ください」と言って取調べ室に戻って行った。その後、供述を続けていると、医師の準備が整ったとの事で、一旦尋問を中止して、右手を動かないように固定し、鎮痛剤の注射を打って様子を見た。

「ソン、どうだ、少しは痛みは和らいだか?」

「ああ、大分楽になった」

「そうか、それならもう少し話しを聞かせてくれるか?」と牧野はソンの変化を見るべく切り出したが、ソンは頭を一度前に倒し合意したようだったので、気が変わらないうちに多くを聞き出すべく聴取を続けた。

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