第6話 蠢く悪と 頼りになる者たち

 彼らがそんな状況にいる中、犯人達一味はトラックへの泥棒用具の積み込みを終えて、首謀者とリーダー格らしいメンバー数人を中心に広間のような部屋に集結しており、現場での銅線泥棒の手順の相談をしていた。昨日ナイトクラブに最後に入店してきた小柄な中満国系の男が首謀者で、顎の尖った男が現場リーダー格のようで、メンバーは丈一郎達を囲んだ男達の他に二人ほどさらに若いアジア人がおり、総勢で十名ほどが揃っていた。その中にはタン・ファンとグエン・バンもいたが、心配そうな目つきでリーダー達の話に聞き入っていた。小柄な中満国系の男は普通の仕事の説明のように簡単な指示をすると、メンバーを見回して睨みを利かせ、顎の尖った男に目配せをして部屋を出て行った。その後は昨日カウンターにいたもう一人の中年の男が、MAPを出力してテープでつなぎ合わせたA1サイズ程もある紙を、白板にマグネットで貼りつけ、手書きで数箇所にマークをした地図を見せながら、メンバーに説明をしていた。この男が計画を立てているらしく、現地に行くメンバー分けをして、さらに倉庫で待機するメンバーを指名した。現地に行くメンバーにチーム毎にレンタルスマホを渡し、操作方法を説明し、その場で操作をさせ、仕事が終わったらすぐに電源を切るように指示をした。個人の携帯はその場で電源をオフにするよう指示をした。追跡されないためだ。現地に残るのはグエン・バンだけのようだったが、彼にはスマホは渡されなかった。かなり念入りな全ての説明が終わると、十二時を過ぎていた。説明の最後に、顎の尖った男は一人一人の顔を見ながら、

「今晩は本番だぞ。他のメンバーは隣の食堂に飯を用意してあるから、広間に持ってきてたっぷり食べろ。ゴミは袋を用意してあるから、分別して入れておけ。午後は手順のチェックをして、夕方五時には食堂に簡単な食事を用意しておくから、食事をした後は必ず少し寝ろよ。片付け当番と布団準備は役割分担したとおりに協力してやるように。これも本番の練習だぞ。そして、夜の十時に出発準備を始める。今日は酒は禁止だ!分かったな!それから三人のリーダーは後でボスの部屋に来るようにとのことだ。」と矢継ぎ早に指示をだした。メンバーは一斉に

「はい、分かりました」とちょっとたどたどしい日本語の者もいたが、大きな声をあげて返事をした。


 そして、リーダー達はボスと呼ばれる小柄な中満国系の男の部屋に集まった。リーダーは三人で計画を説明した男と少し色の黒いアジア系の男と顎の尖った男の三人だ。

「みんな、抜かりは無いな?」小柄な中満国系の男がきつい言い方で聞くと、

「はい、ありません」と三人はほぼ同時に答えた。

「食事をさせ、夜十時まで仮眠を取って十一時に出発だ」

「今回は終わったらすぐに引き取り屋に直行し、物はトラックごとそこで引き渡す。そこからの移動の車は三台用意してある。上手く回収できなくても明るくなる前の四時には撤収だ。引き取り屋の駐車場で五時に解散だ、くれぐれも家には戻るな!」

「お前等は二日後に例の所に集合だ。メンバーは落ち着いたら連絡するから、いつものそれぞれ根城で大人しくさせておけ」

「それから、あの怪しい二人はグエンに見張りさせるが、いつもの二人に依頼をしてあって、明日の午前中に他の場所に連れて行って始末をする。それまでに警察が嗅ぎつけて倉庫に来ていれば、そこで中止だ」と聞かされ、三人は少し身震いをしたようだった。

「グエンが捕まったらどうします」

「ほっとくさ、あいつは俺たちの居場所は知らないし、本名だって知らないし、国籍だって知らない。あいつから足がつくことはないだろう」それを告げると、小柄な中満国系の男は抑揚のない口調で、

「俺は引き取り業者に会いに行く。価格の交渉は社長しか出来ないらしく、社長は昼にしか俺とは会わないそうだ。自分たちは堅気のつもりらしい」といって、最後にリーダー達に、

「危ないときはメンバーを置いて逃げるように。あいつらはどうせ、国に強制送還か窃盗の現行犯程度だからな。お前等は俺と同罪になると大変だから無理するな」と親心のつもりなのか、感覚がずれているのかぞっとするような言葉を吐いて部屋を後にした。この中満国系の男の名はリー・シュンユ。幾つもの犯罪の主犯格として嫌疑がかかっているが、現場に出てこないので現行犯逮捕できずにいる、警察にとっての重要なターゲットだ。県をまたいだ指名手配をする準備を進めているが、今回はその大きなチャンスでもあった。彼は黒いセダンに乗り、次の目的地は沼田市にある引き取り業者と呼んだ会社だ。表向きは普通の金属取引をする業者で、裏では怪しい取引と指定場所への運送と各国通貨への換金を一手に実施する裏の顔を持つ会社だった。


 その頃、牧野警部は太子の家の傍に集合していた。時刻は十一時を過ぎていた。牧野警部と数人の刑事は太子の家に入っていった。牧野警部は流石に緊張した面持ちで、

「太子さん、大変な事になりました。すみません、丈さんまで巻き込んでしまって、二人は必ず俺が助け出します」太子は、

「あの家の連中は銅線泥棒の準備を整えていることは間違いない。決行は今晩かもしれないし、明日かもしれないが、決行間近なのは間違いない」

「今晩、決行だとすると夕方までは準備をしているはずなので、様子を伺いながら彼らが出かけた後に、私のチームが丈さんと兄を救出します。すでに捜査本部が設置され、彼らの犯行現場には別働隊が複数を向かうる手筈になっています」と牧野警部は太子に伝えた。太子は

「流石は牧野の弟だな、監禁事件での最善の救助方法と窃盗事件への対応を決めているとは!」と心の中で思い、

「頼むよ!牧野警部!俺は救助後の対応の準備をしておくので、救出したら二人はここに連れてきてくれますか」と必死の形相で頼むのだった。

「太子さん、分かりました。必ず無事に救出します!」と警部は宣言し、太子の家に一人警官を残し、部下の待つ捜査本部の最前線本部に合流した。

 牧野警部は太子の家から二分ほどの公民館を緊急に貸し切っており、そこを誘拐・監禁事件の前線本部にした。既にほぼ集合している部下の刑事達と警察官達を公民館の一番大きな会議室に集めた。会議室の中で総勢で十名ほどを彼の近くに寄るように言い、サークル状になり、現状とこれからの事を小声で指示した。

「今晩、彼らは銅線泥棒をする可能性が高いが、明日かもしれない。奴らの動きを注意深く探る。もし、今夜奴らが動いたら、我々も強行突入する。明日決行ならば、もう一日様子を見る」そして、人質を救助する方法を細かく指示をした。

「あのアジトから銅線泥棒へ向かう連中を追うのは、捜査一課長と副長のチームがそれぞれ待機をしているが、こちらが無事終われば何名かは合流してもらう。長い夜になるので覚悟しろ!」

「牧野警部、監禁されている被害者の方とは連絡が取れたですか?」と、麻山が質問をした。彼は若手のリーダー格に成長していた。

「さっき一度向こうから連絡があった。現時点では拘束されているが二人とも無事な様子だ。犯人に気づかれる可能性があるので、こちらからは暫く連絡は取れない」と牧野警部は冷静な返事をした。

「分かりました。必ず、お兄さんを無事に救出します」と麻山は誓うように言った。

「ああ、もう一人の肥後さんも俺にとって最重要人物だ。みんな頼むぞ」との牧野のいつもと変わらぬ指示に、

「はい。必ず!」とそこに居た十二人ほどの警察官達は小声ながらも、気合いの籠もった返事を返した。麻山は、「実の兄や友人が監禁されているとは思えない落ちつきぶりにいつもながら感心した。自分がその立場だったらすぐにでも飛び込んでしまうな」と心の中で改めて、この冷静沈着な上司をリスペクトした。

「軽く昼飯を食べてから、もう一度ここに集合だ。これから長丁場になるので水分補給用の飲み物とすぐに食べれる食料は各自用意するように。それから、草むらでの待機となるので蚊や虫がいるので、麻山!の虫除けスプレーを調達してくれ。今は十二時なので集合時間は十三時ジャストだ」


 警官達は見張りの数人を残して、走るように近くのコンビニに寄り食料と飲み物と備品を調達してきたり、弁当の準備がある者は直接公民館の一室に集まり昼食を取った。 警官と刑事達が食事を終える頃に、牧野警部の指示で麻山刑事が無臭の虫除けスプレイを掲げて、

「良いか、分かっていると思うが現場では絶対に物音をさせるな。食べ物やタバコの匂いも厳禁だぞ。蚊や虫がいるので、これを使うように」と注意をし配布した。一人の喫煙習慣のある刑事が、

「タバコがダメなのは分かっているけど、オナラも駄目か?」と冗談を言ったので、何人かはクスクスと笑った。

「音を立てなければ良いぞ」牧野警部が割り込み、

「それは無理だ。じゃあ、我慢するか」とその刑事は真面目に言うので、また、何人かがクスクスと笑ったが、それが最後の息抜きとなった。公民館の横を黒いセダンが通過したのだ。事前に登録をしていた犯人グループの車だった。しかも、主犯と思われてる男の所有車らしい。一同に緊張が走ったが、乗っているのは一人だった。牧野警部のスマホが鳴った。太子の家に残した警官からだった。

「今、家の前を例の中満国人が運転する黒いセダンが通って行きました」

「了解。こちらでも確認してる。少し報告が遅いぞ!」牧野警部は一刻一秒を争うことを暗に言ってるのだろう。そして幹線道路に合流する交差点に待機している捜査一課の山本課長にすぐに連絡した。間に合うはずの距離だった。

「今、黒いセダンがそちらに向かいました。乗っているのは主犯と思われる中満国系の男です」山本課長は、すぐに

「了解!こちらで尾行させる。他には動きはありますか?」

「いいえ、奴らの家の傍に待機させているものからはありません」

「そうか、やはり今晩決行だな。こちらは三チームが待機している。動きがあれば実行犯を追いかけるので、牧野警部は予定通り奴らが出発したら、家に入りお兄さんと肥後さんを救出するように」と被害者の名前をわざわざ挙げて指示を確認した。

「了解しました。必ず無事に救出します」 そして、とのやりとりが終わる頃に

「今、こちらでも黒いセダンを確認した。男が一人乗っているようだ。すぐに尾行させる」


 予定通り十三時になって、集合場所に刑事と警官が集まった。牧野警部の号令で三、四人程度の3班に分かれて、指定された場所に散っていった。そこから、長い長い翌日までの戦いが始まった。


 初夏の日中の暑さは半端ではなく、日頃から訓練をしている警官達にとっても過酷な仕事で、汗をかいた分の水分を少しずつ補給しながら、持ち場で息を潜めて犯人達の動向を探った。草が茂っている場所に隠れていたので、蚊の餌食になるような環境だった。虫除けスプレーのおかげで蚊の攻撃は最低限に抑えられていたが、時折呼吸に反応した蚊が寄ってくると、慌ててスプレーで撃退することを繰り返した。少しずつ陽が傾き始め、時折風の涼しさを感じることもあったが、それでも顎からポタポタと汗が滴り落ち、胸元や背中はべっとりと服に張り付いたようになっていた。

 昼過ぎから犯人達の家を一番近くで見張っている刑事の一人が、小声で隣に居る同僚の刑事に、

「なんか静かですね。本当に奴らはこの中に居るんですかね。それとも仮眠でも取ってるんですかね」

「ああ、誰もあの家から出てきていないので、多分、仮眠なのかどうかは知らないが休んでいるんだろうな。きっと、今夜決行だな」 と同僚刑事が答えた。


 その頃、犯人達の家の居間で、メンバーが大広間で仮眠を取っている間に、顎の尖った男と中年のリーダー格の男とアジア系の男がボソボソと話し合っていた。顎の尖った男が、

「ボスはちょっと出かけると言って出かけたけど、結局はいつもの通り現場は俺たちで何とかするしかないんだよな」と言うと、中年のリーダー格の男も、顔をしかめながら、

「ほんと、良い身分だよな。頭を使うところと危ないところは俺たちにぶん投げちまう」アジア系の少し浅黒い男もそれにつられて、

「現場でしくじれば、私なんか簡単に切られてしまいます。警官に撃たれるかもしれないので怖いです。ねえ、きむさん」と弱音を吐くので、

「そうだよな。警官に囲まれたりして、本当に危ねえ時は手を揚げて自分の命を大事にしなよ!チェン」とキムが優しい言葉をかけた。顎の尖った男もこの発言に異は唱えなかったので同意なのだろう。そして、

「あの捉えた二人は警察の犬なのかもしれないけど、証拠もないのに始末をすると言っていたな。怖いなあの人は」

「ええ、それには加担したくないな。ソンさん、俺は殺しは嫌だよ」と、キムが言うと、チェンと呼ばれた男も

「私も嫌です、怖いです」と、皆メンバーを前にしたときとは違い弱気な発言が続いた。

「それにしても今日も暑いな。部屋から出ると一気に汗が出てくるから、飲み物を用意させないとな」と、これから銅線泥棒をという大作戦を実行する前とは思えないような、世間話のような会話が続いた。そのような会話が途切れたとき、ソンと呼ばれた男は、

「さてと、俺はあの捉えた二人とあの頼りない実習生の様子を見てくるか」と言って家の玄関においてある懐中電灯を持ち、ぐるりとわざと大広間側を通り倉庫に向かった。倉庫に向かう途中で何か物音が聞こえたのでふりかえると、家から出てくる人影に気がついた。倉庫に急いで着いて待っていると、向かってきたのはタン・ファンだった。きっと、グエンが気になってきたのだろうと想像がついたが、余計な事をさせたくないので、追い返そうと思い、彼が到着するのを待った。


 夕方の暑さが夜になっても続いていたが、家の中はクーラーが効いていて涼しく、実行犯のメンバー達は一人を除いて大広間ですっかり寝てしまったようだ。その一人とはタン・ファンで、グエンの事が気になっていた。一人で留守番をすることになっていたが、「二人の人質を相手に大丈夫だろうか?」と心配なのだ。それに、自分たちは作業が終われば現地から隠れ家に移動する予定だが、グエンには俺のマンションに行くしかないので、警察に見つかる可能性がある。

「上手く逃げおおせるだろうか?俺が彼を誘ってこんな危ない仕事に巻き込んだ」このことを今更ながらに後悔していた。

「二人とも今回の仕事が無事に終わったら、二人で逃げ出して母国に帰ろう」と強く心に念じた。でも、そうするとグエンが心を寄せている彼女の事も心配だ。

「三人で上手く逃げられるだろうか?」と考えると、窃盗を無事実行する事に犯罪集団の全ての注意が向いている今日が、逃げ出す良いタイミングなのだと気がついた。でも、二人には何の相談もしていないので、無理だと分かっていた。それに、

「捕まえているあの二人をボスは殺してしまうのだろうか?そんな事をすればグエンは殺人に関与したことになる。そうなると簡単に帰国は出来なくなる」

「よし、何とかグエンに逃げることを伝えよう」と思い、タン・ファンはトイレに行く振りをして、大広間を出て裏口から家をこっそり抜け出し、倉庫のグエンの居るところに向かった。倉庫の中の入り口に近い事務室にいるであろうグエンを訪れようとした時、倉庫の入り口で顎の尖った男ソンに呼び止められた。そこにタイミング良く彼がいるとは思わなかったので、かなりびっくりしたが、

「おい、タン・ファン!どこに行こうとしているんだ? 部屋に戻れ!」とソンがいきなり言ってきたので、

「グエンがちゃんと二人を見張っているのか、確認するために倉庫に行こうと・・・」と取り繕おうとした。ソンは完全にタン・ファンの動きを疑っているようで、

「それはお前の仕事じゃない。元の部屋に戻ってろ!」きつく命令した。タン・ファンは

「こいつに見つかったんじゃ、しようがない」と思い、なるべく疑われないように「分かりました」と言って、すなおに大広間に戻った。腕時計をみると普段なら起きている時間で八時だった。大広間には薄暗い明かりだけがついており、薄い敷き布団とタオルケットと枕が集まられた人数分用意されていた。メンバーはいびきをかいて寝ている者や眠れずに寝返りを打っている者やそれぞれだが、その中でタン・ファンは一人孤独に起きていた。彼は三年間技能実習生として農業の仕事に従事し、真面目に働き母国に多くの仕送りをしてきた。帰国する前に少し日本で観光をするつもりで寄った地方都市で、SNSを通じて知り合った同じ母国の男に誘われて夜の店に行ったばかりに今では犯罪集団に取り込まれてしまった。一、二度逃げだそうとしたが、監視カメラがどこかに巧妙に仕掛けられているらしく、駅やバスターミナルで発見され連れ戻された。一度目は優しく諭されたが、二度目にはこっぴどく殴られて恐怖心を植え付けられた。いつも連れ戻しに来るのはボスの直属の手下らしい中満国系の二人組で、体も大きく凶暴な目をして平然と暴力を振るってきた。しかし、ボスの名前はよく知らないが、ソンが『リー』さんと呼んでいるのを聞いたことがあるが、彼らと直接話をすることはほとんどない。逃げようとして二度目に捕まって殴られた後に、必死に脱退したいとソンに話した際に、中満国系の小柄なリーと呼ばれる男に静かに「逃げれば命はない」と脅された。その冷たい目が本気でそう言っていることがすぐに分かった。逃げるときは計画的にタイミングを見計らって逃げるしかないと思うと、憂鬱になった。そして、今日も犯罪に加担しなければならないのだ。


 ソンは倉庫に入り、倉庫の中で見張りをしているグエンが起きて椅子に座っているのを確認し、無表情に

「変わりはないか?」と彼に尋ねると、グエンも

「はい、変わりない」とかなり流暢な日本語で返事をした。彼らの共通語は日本語なのだ。

「明日の朝には奴らの迎えが来るからそれまでは眠いだろうが見張ってろ!」

「はい、分かりました。でも、迎えが来た後は僕はどうしたら良い?」と心配そうにグエンが聞くと、ソンは「そうか、こいつは秘密の隠れ家は知らないし、タン・ファンが面倒を見ているのだったな」と思い出し、「さっき追い返すんじゃなかった」と少しばかり後悔したが、とりあえず

「今住んでいる家に帰って良いぞ。また、タン・ファンから連絡が行く。分配金も同じだ」と彼にしては最大限の優しい言葉をかけた。すると、グエンはさらに、

「あいつらを閉じ込めている部屋の鍵とこの倉庫の鍵はどうしたら良い?」と聞いてきたので、少し苛ついて

「なんだそんなことも知らないのか?両方とも家の裏口の入り口の下の箱の中に入れておけ」

「ああ、あそこか!分かりました」とグエンが答えたので、捉えている二人の様子を見るのは面倒になって、家に戻っていった。このとき彼が倉庫の奥の部屋を確認していれば、スチールの机が元の場所から移動し、二人の距離が近くなっていて、スマホが牧野の顔の近くにあることを確認していただろう。そうなれば、警察に通報していることがばれて、違う展開になったかもしれない。丈一郎達にとっては幸いだった。顎の尖った男は案外面倒くさがりで、雑なところがある男のようだった。彼は家に戻りながら「ボスが依頼した連中がグエンも殺さなきゃ良いがなあ。奴らにとっちゃただの証拠の一つだからな。いや、俺はそんな事を気にしている身分じゃねえな・・・」とつらつらと思いながらリーダーたちが休んでいる居間に戻った。他の二人はソファに身を預けるように目をつぶっていた。腕時計を見ると九時になっていた。「俺も少し休むか」とソンも空いているソファに身を横たえて、目をつぶった。


 そして、行動の準備を開始する十時になった。大広間では誰かがアラームを鳴らしていたらしく、変な行進曲のような音楽が流れていた。その軽やかな音はすぐに終わり、蛍光灯がつけられ昼のように明るくなった室内で、皆が作業着に着替える衣擦れの音に変わった。かなり熟睡していたメンバーもいるらしく盛んに欠伸を繰り返す者や、洗面所で顔を洗い丁寧に歯を磨く者も居た。メンバーは総勢で八人ほどで、日本人の若者が四人、外国人の若者がタン・ファンを含めて四人で、それぞれほとんどが顔見知りのようで声を掛け合うほどだった。ほぼ全員が着替え終わった頃に、リーダー格である三人が合流した。ソンが事前伝えていた通りの班に分かれるように指示すると、外見は日本人のようなキンの下に日本人らしい若者四人が集まり、チェンの下に外国人と思われる四人が集まった。

「作業はいつもと同じだ。それぞれ四カ所ずつリストアップしているが、予想より手間取りそうなら次に行け」

「十一時に出発し、現地での作業は十二時から始められるはずだ。終了は四時。途中でも良いから撤収しろ。そして、例の引き取り場所でトラックごと乗り捨てろ。そこから引き上げる車はそこに用意してある。良いな!」

「俺は、三時に一班の最終作業場所に行き、四時までには二班の作業場所に行く。何か問題があればそのときに報告しろ」

 準備を終えると二台のトラックと一台のワゴン車に分乗して、予定の場所にそれぞれ向かった。トラックの運転はそれぞれリーダーがして、座席には二人が肩を寄せて座り、座席の後ろの仮眠をとるスペースに、二人が向き合って足を投げ出すように乗車した。かなり乗り心地は悪そうだが、誰も文句は言わない。二台とも同じスタイルで、トラックの荷台には、様々な用具がかなりきちんと整理されて乗せられており、何度も同じ作業を経験したプロらしさが見て取れる。途中までは同じ道を連なって走行したが、途中で左右に分かれて目的地に向かった。


 ソンは彼らが出発したことを、セキュリティが厳しいと言われているスマホアプリでボスと呼ばれる男に報告し、「了解」との返信が来たのを確認してから、銅線の引き取り業者に同じアプリを使って報告し、予定通りの時間に行くことを伝え、同じく「分かった」と返信が来たのを確認した。彼らはグループ設定をしており、作業が完了するとこの設定を解除し、全てを削除するようにしていた。

 ソンはその後驚くような行動を始めた。メンバーが使用した毛布を集め、一枚一枚に消臭スプレーを使い匂いを消してから地下の倉庫にしまい、コップや皿や箸やスプーンなどを全て手際よく指定の黄色いゴミ袋に入れて車に積んだ。指定の特大のゴミ袋に三袋となった。彼はこの間キッチンの換気扇を回し、さらに驚いたことに大広間に掃除機をかけ始め綺麗にし、居間やキッチンにも掃除機を掛け、掃除機の取り替え式のゴミ袋を回収し、同じように指定のゴミ袋にいれた。彼はさらに消臭スプレーをトイレを含め各所に大量かつ執拗に使用し、痕跡を消すようにした。大広間も居間もキッチンもそれまで十人以上の人が居た気配はしなくなった。そして、全ての電気を消してから、二人を監禁している倉庫をチェックしに行った。倉庫は入り口部分だけ電気がついており、ドアを開けて中に入るとグエンは椅子には座っておらず、足を投げ出していたが起きており、ソンが入ってくると驚いた様子で立ち上がり軽く会釈をした。

「グエン、皆は出かけた。俺もこれから現地に向かう。見張りを頼むぞ!」とやや柔らかい感じで言うので、グエンも、

「はい、奴らの迎えが来るまでしっかり見張りをします」と殊勝に答えた。ソンは頷いてから、なぜか少し憐れむような目を彼に向けて倉庫を離れた。ソンは、玄関の鍵を確認し、門の鍵を外から掛けて、車のエンジンをかけ彼らの家を後にした。


 ソンはまず共同のゴミ置き場に行き、指定ゴミ袋三袋を丁寧に奥の方に捨ててから目的地に向かった。途中で交差点を過ぎると車に尾行されている感じがしたので、バックミラーで確認すると次の交差点で右折したので、気のせいだと思った。目的地までは三十分ほどでつくはずだった。今回も上手くいくことを念じながら、猛スピードで目的地に向かった。


 一人残ったグエンは皆が出かけるのを倉庫から見ていた。その後、家から掃除機を掛ける物音がしていたが、眠さに勝てずにうつらうつらしていると、すっかり眠ってしまったようで、いきなりソンが入ってきた。驚いて飛び起きたが変わりがないことを伝えると、彼も出かけたので自分が一人残されて事を知り、孤独と頼りなさを感じたが、こっそり用意してきたナイフを触り心を落ち着けた。



 一方、丈一郎と牧野はスマホで牧野警部に連絡を取れた後も、何とか縛られている手や足を動かしてほどこうとしたが、ほとんど効果はなく焦燥感を募らせつつあった。午前中に犯人達が部屋を離れた後に、三回ほどグエンがそっと部屋のドアの鍵を開けてのぞきに来たが、昼でも薄暗い部屋の中に彼らがいるのを確認するとすぐにドアを締めて鍵を掛けた。二人の位置が変化していることには気がつかなかったようだ。その間で二人は色々と想像できることを話し合った。牧野は、

「今晩、銅線泥棒をするのであれば、牧野警部達は今晩犯人達が出かけた後に救出を試みるだろうな」と言い、丈一郎も同じように

「その時に見張り役がグエンだけであれば、救出は容易だろうが、他にも居れば厄介だな」

「もし、奴らが襲ってきたらこの机を盾に出来るように後で向きを変えよう」

「奴らが出かけた後に、俺の机は入り口のドアを開けられないようにするよ」

「そうだな、少しでも奴らの攻撃を阻止したいからな」

「そうすると、その窓から救出に来てもらえるかな?」

「そうだな、牧野スマホでショートメールを送ることは出来そうか?」

「俺には無理そうだから、丈さんの方にスマホを転がすよ!」と言って、足をくねらせながらスマホを丈一郎の方に何とか蹴飛ばすように滑らせた。丈一郎はこれまた足でそれを受け取ると、机ごと向きを「うんうん」言いながら変えて、顔のそばに置くことができた。スマホに顔を近づけ、顎でタッチすると丁度良い感じで顔認証が働いて画面が使える状態になった。

「牧野、やったよ!顔認証が働いた!何とかメールを送れそうだ。剛君とのショートメールが残っているので、それを開けてみる」今度は顎と鼻と舌を使って画面をスワイプさせながら、ショートメールの送信ボックスを開いて、三分ほどかけて何度か失敗しながら最後は『ミハリハヒトリ ヘヤニマド』と必死の形相で入力を完了し送信した。

「牧野、出来たよ!」

「おう、そうかでかした。既読になったか?」

「いや、まだだ、ちょっと待て」そして、二分後に既読になり、返信が来た。

「丈さん、兄さん、了解。必ず助ける。と返信が来たよ!」

「よし!よし!頼むぞ剛!」

「奴らは我々の救出を予期しているだろうか?見張りは一人のようだし」

「分からないが、何故この程度の暴行しかしなかったのだろう?」

「もしかしたら、ここは場所が知られているので、どこか他の場所に移動させるのかもな」

「そこで、バーンか!」

「いや、ギュウだろう」

「いずれにしても、最後まで俺は諦めないし、お前もそうだよな」

「当たり前さ、あんな連中に殺されてたまるか!」とその間も犯人達の声や物音が遠くの部屋から聞こえてきていたが、少しずつ音がしなくなってきていた。

「奴らは準備を終えて、腹ごしらえをしたり、夜中に備えて休んでいるのかな? 少し静かになってきたな」と丈一郎達は恐怖を感じるのが嫌でそんな話をしている最中に、誰かが近づく音がして鍵が開けられると、決まってグエンが顔を出して、彼らがドアの方を見ると、何故か慌てて彼はドアを閉めた。

「グエンは俺の顔に見覚えがあるような表情をしたんだ」

「ええ、本当か?」

「ああ、ひょっとするとキャベツ農家の手伝いをしている時に、俺か弟と会っているのかもしれない」

「警察が役場に頼まれて、実習生に犯罪に注意するように勉強会を何度か開催しているらしいな」

「そうなんだ。結構何度もやっているのに、結局こんな形で加担しているとはがっかりだよ」彼らがそんな話を繰り返すうちに、一つだけある窓のカーテンが閉まった隙間からの明るさが陰ってきた。日が西に傾いておそらく東側にある窓には日光の明るさが届かなくなってきたようだ。丈一郎が、

「牧野、スマホの画面は見れるか?」

「ああ、時間か?もう七時だよ。俺たちはこんな所で九時間以上も拘束されているんだな」との牧野の答えを聞き丈一郎は、

「不思議なもので、こんな状況でも眠くなるんだな」牧野も同じようで、疲労からか

「俺も眠くなってきたよ」と言うなり二人は急激に睡魔に襲われ、身動きが出来ないなりに何とか体を楽にする位置を確保して眠りに落ちた。


 そして、三時間ほど熟睡したようだ。幸いに月明かりが暗黒の部屋を照らしているようで、お互いの存在はうっすらと見えた。家の方から少し物音がする。そして、例によってグエンが部屋を覗きに来た。二人が転がっているのを確認して、これまでと同じですぐにドアを閉め、鍵を掛ける音がした。二人はこの音で完全に目を覚ました。

「牧野、今何時だ?」

「ああ、ちょっと待ってくれ、えーと十時だ」

「俺たちは三時間、たっぷり寝たようだな。我ながら良い度胸だ」

「いよいよ、奴らが動くようだな。家の方が騒がしい」そして、一時間ほど経過した頃にトラックが連続して発車する音を確認した。

「よし、奴らが動いた。牧野、机を動かすか?」

「いや、ちょっと待て、グエンが俺たちを確認して、部屋から出て行ってからにしよう」

「なるほど、そうだな」と丈一郎は牧野の冷静さに改めて感心した。案の定、それから三十分ほど家の方からまるで掃除機を掛けているような音がしてきた。

「あれは、掃除機の音か?」丈一郎は不思議そうに、つい牧野に質問した。牧野も

「うーん、そう聞こえるな。誰かが残って掃除をしているのかな」

「もしかしたら、ここに居たことが分からないように工作しているのかもな」

「すると、ゴミもどこかに捨てに行くはずだな。きっと、残っているのはここに住んでいた奴だな」

「ああ、中満国人の次に偉そうにしている、俺を殴った顎の尖った奴かもな」

「そうだとしたら、俺たちを殺しに来るかもしれない」

「よし、一か八か、机をうごかすぞ」

「了解。静かにやろうな」と言って、彼らはドアの前に牧野の机を動かし、その横にドアからの侵入者の行動を邪魔するように机を力を込めて動かした。動かし終わると外の動きに聞き耳をたてて探った。すると、部屋の外の倉庫の中で人の話し声が聞こえたので、思わず身構えた。しかし、すぐに会話は終わり静かになった。

「全員、居なくなったのか?」

「分からない。分からないけど、こうなったら弟が少しでも早く来るのを待つしかないな」

「ああ、そうだな。もしもの事があったら、お互い恨みっこなしだぜ」

「分かっているさ。長い間有り難う、丈さん」

「はは、最後まで諦めないんじゃないのか?」

「そうだけど、一応言っておかないとな」

「養子にしたあの子は弟が面倒を見てくれるさ」

「ああ、そうだな。でも、あの子の将来をもっと見たかったな」二人は暢気そうで、寂しい別れを告げ合っているようだった。



 昼から夕方を越え夜になるまで、二時間交代で一人ずつ息抜きは出来たが、牧野警部達は犯人達の家が見える草むらの陰にじっと何時間も潜んでいた。大変な重労働であったが、目の前に憎むべき犯罪者がいて、彼らを捕まえることに意欲を持ったチームに油断はなさそうだった。夏のムシムシする中、匂いのしない虫除けスプレーを使っている警官も多いが、皆、蚊の攻撃と蒸し暑さに耐えながらほとんど声もさせずにしゃがんだり、腹ばいになって家の様子を伺っていた。交代要員から差し入れられるペットボトルでの水分補給は必須で、すぐに食せるお菓子は許されていたが、大変な仕事である事は確かだ。時折、その横を自動車が通り過ぎていくが、犯人達の家は素通りしていった。その度に緊張し、何事もなく通過すると緊張を少し解くことを繰り返していた。彼らは犯人達の家からは五十メートルほど離れた草むらに潜んでいたので、ひっそりと静まりかえっているように見えた。そして、十時を過ぎて家に動きがあった。部屋の明かりがつき、家の中で大勢が動いているのがよく見えた。そして、十一時にはトラックが二台と乗用車が一台、家の裏口の方から出てきた。牧野警部は小声で山本課長に無線でその事を報告した。これで、窃盗犯を現行犯逮捕するための別働隊は動きを始める。すかさず、麻山刑事がいきり立ったように、

「警部、踏み込みますか?」と承諾を得ようとするが、

「いや、待て!まだ誰かが家に残っている」

 麻山も静かに聞き耳を立てた。家から何かの作業の音がしているのを知って、慌てて

「みんな、まだ絶対に動くな!」と小声で警官達に指示をした。じっと待つこと三十分。長い、つらい時間だったが、家の明かりが消されて、一台の自動車が家から出て、先に行ったトラックと同じ方向に向かって猛スピードで彼らの横を走り去った。そのタイミングで牧野警部と暗闇に隠れていた刑事達がそっと動き出した。

「音をたてるなよ!慌てずにあの家の正面玄関に向かえ!そして、はしごを掛けて塀を乗り越えろ」との牧野警部の指示通り、十人程度の警察官達は静かに正面玄関に向かった。夜中にもかかわらず、蒸しかえるような外気の中、雑草をかき分けて道に出ると砂利道をそっと近づいていった。幸い月光が道を照らしていたので、懐中電灯を使わずに玄関までたどり着くと、警部の手が上がり全員が一旦動きを止めた。事前の調査通り、正面玄関はゲートが左右に開閉するタイプで、大型ワゴンタイプでも余裕で通過できる。脇に手前に開く格子のドアがついている。裏口は左右にスライドさせるタイプで、大型トラックも出入りできるほどの幅がある。

「麻山、念のためゲートと脇のドアを調べろ。」麻山刑事は「はい」と言って、ゲートを開こうとしたが開かなかったので、格子のドアの取っ手を回してみたが、やはりそちら開かなかった。

「警部、やはり駄目です」

「よし、じゃあ不法侵入だ。塀を乗り越えるぞ」と言うと、麻山刑事が二メートルはありそうな塀に軽々とよじ登って上半身を塀の上に出し、中の様子をじっくりと観察した。

「明かりは全て消えているようです。向こう側に降ります」と言って麻山の姿は塀の向こう側に消えた。そして、

「警部、大丈夫です。塀の下は雑草が生えているだけです」と塀の向こうから報告した。

「よし、ハシゴを出して二人だけ見張りで残して、後は全員ここから塀を越えて、塀の向こう側で待機だ」と牧野警部は部下の刑事がサッと組み立てたハシゴで塀の上に跨がり、向きを変えて塀に手でしがみつきながら塀の向こうの庭に降り立った。次々に警官達は同じようにして、塀を乗り越えて草の上に立った。それを見て麻山刑事が先頭に立ち、次に牧野警部が続いて玄関方向にゆっくりと、音を立てずに近づいた。月光のおかげで玄関までの十メートルほどの通路は、ゆっくり進むのには不便が無い状態で玄関で麻山刑事と牧野警部が懐中電灯で玄関から中を照らすが、誰も居ないようだった。

「まずは、人質の救出だ。家の裏の倉庫に向かう。多分そこには見張りが一人いると思うので、二手に分かれ倉庫の入り口の見張りには俺のチームが当たる。倉庫の奥の人質が監禁されている部屋には麻山のチームが向かう」

「麻山、さっき丈さんからショートメールがあったように、人質が監禁されている部屋には多分窓があるので、まず窓を見つけろ。そして見つかったらそこで待機だ。俺が合図をしたら窓を割って侵入しろ」


 牧野警部チームの五人は倉庫の入り口に静かに向かった。倉庫の入り口付近には蛍光灯が点いていて、倉庫の中にも明かりが点いているようで、天井に近いところの通気用の窓から光が漏れていた。倉庫のドアは金属製でドアノブを壊さない限り、中には入れそうになかった。そこで、牧野警部は罠を仕掛けた。牧野と数人の警官がドアのすぐ傍まで近寄りいつでも飛び出せるように身構えた。そしてドアに雑草を軽く投げつけ、中に居るであろう見張りを外におびき出そうとした。雑草をドアに投げつけると、ドアに当ってバサッと言う音が聞こえた。すぐに倉庫の中でドアを解錠する音が聞こえた。見張りの男がドアを開け、ドアに手を掛けたまま周りを見渡し、すぐにドアを閉めようとした瞬間に間を詰めて、牧野警部と警官二人がいきなり飛び出してきた。警官が見張りの男を突き飛ばすようにドア内側に滑り込んだ。男は、後ずさりをしながら

「何だ、お前達は?」と喚きながら、倉庫の奥に慌てて走り奥の部屋に向かった。薄暗いが彼はもう何度のその行為を続けていたので迷うことなく人質を閉じ込めている部屋にたどり着いた。そして、ドアを開けようとした。牧野警部たちはもそれに続こうとしたが、倉庫内に積み上げられた用具や箱が邪魔となり、二十メートル先の部屋にたどり着くのが遅れた。

「しまった、先に部屋に入られると危ない。急げ!」と声を出すが、そのときには薄暗い倉庫の奥の部屋のドアにグエンはたどり着いていた。しかし、彼はドアを開けられない。何度もドアを部屋側に押すが、何かがドアを塞いでいるようで困惑していた。彼の左手には光る物が握られていた。すぐに、牧野警部達は追いつき警棒を手にし、グエンに懐中電灯を向けて

「グエン!もう逃げられないぞ!」と牧野がさほど大きな声ではなく告げた。そして、大きな声で

「麻山!窓を割って侵入し、二人を救出しろ!」と指示をすると、室内からガラスが割れる音がした。グエンは明らかに動揺していた。牧野警部は三メートルほどの距離をとったまま、

「グエン!手に持っている物をその場に捨てなさい!」と静かな言い方で命じた。そして、さらに諭すように、しかも厳然とした話し方で、

「これ以上罪を重ねては駄目だ。早く、そのナイフを捨てなさい!」

 グエンは諦めたように、ナイフを足下に投げた。金属が床に落ちて音がした瞬間に、牧野警部は靴でナイフを滑らすように遠ざけ、「逮捕!」と警官達に告げた。警官二人でグエンに手錠を掛け床に伏せさせ拘束した。牧野警部はグエンに「他にも仲間は居るのか?」と聞くと、彼は横に首を振って、

「僕一人だ」と言って泣き出した。それを見て牧野警部は一瞬動きを止めたが、すぐに奥の部屋に向いドアを開けようとしたが、鍵は開いているが何かが邪魔をして開かない。同行している警官が同じようにドアを押したが動かない。

「麻山!ドアが開かないが、そっちはどうだ?」すると、麻山ではなくいつも聞き慣れた声で返事があった。

「剛、遅かったな。こっちは無事だよ!」と、牧野警部は思わず嬉しくて笑いそうになったが、敢えて冷静に

「丈さんも無事ですか?」と尋ねると、

「ああ、縛られているけど、大丈夫だよ」そして、やっと麻山が

「警部、お二人は無事です。お二人を縛り付けている机がドアの前に置いてあり、ドアを開けられないようにしてあります」

「ああ、そうだよ。犯人達が入って来れないようにしていたんだ」と丈一郎が理由を説明した。牧野警部は、「そうか、危険を察知してそうしたんだ。それで、窓から救出するように言ってきたんだ」と心の中で感心した。そして、数分後拘束された二人の拘束が解かれ、机をドアの前からどかして牧野警部が中に入ってきた。三人は言葉少なに肩を抱き合い、

「必ず来てくれると信じていたよ」と丈一郎が言うと、

「当たり前でしょう!」

「良くこのタイミングを見つけたな」と牧野兄が言うと、

「当たり前だろ。これでも刑事なんだから」 牧野警部はすぐに半分真顔に戻り、

「とにかく、救急車が来るまで、太子さんのところで休んでいてください」「俺は、この家をもっと調べるのと、グエンからの聞き取りと、犯人一味の追跡があるので。家には当分帰れないと思います」と家族に言っているのか、民間人に話しているのか、どちらとも取れそうな口調で話すと、

「分かった。そうするよ。ちょっと事情があって着替えをしたいからね」牧野兄がホッとした表情で答えた。 二人は自らの機転で身を守り、救出され易い状況を作り出し、無事に救出されたが、下半身からはアンモニア臭が漂っていた。そう、その場で用を足していたのだ。二人の間ではそんな苦痛や苦境にめげるような会話は一切なく、ただひたすら無事に救出されることのみを考えていたようだ。無論、丈一郎の特殊能力はこの時も発揮されていたが、ただ無事に救出されることしかイメージは浮かばなかったようだ。斯くしてちょっと冒険が過ぎた『梟』は無事に『ノスリ』に救われた。ただ、『ノスリ』の仕事はまだ終わっていない。

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