第4話 色が流れる街、ルーム
白い石造りの街に足を踏み入れた瞬間、
世界がまたひとつ色を変えた。
建物の表面を、淡い光の粒子が川みたいに流れている。
金色の粒子が窓辺で揺れ、
青い感情が路地裏に薄くたまり、
赤い稲妻が市場の近くで小さく弾ける。
(……これが、感情が“色と形”になる世界……)
街そのものが呼吸しているようだった。
「ようこそ、ルームへ。」
ルフェリアが微笑む。
「ここは感情世界で、最も調律が行き届いた街なの。」
言われてみれば、
街を行き交う人々の揺れは穏やかで、
淡い黄色や金色の粒子があたり一面に漂っていた。
落ち着いた、やさしい光だ。
――その中で。
道の中央に、黒いノイズのような“ひび割れ”が浮かんでいた。
「……あれは?」
「嘘よ。」
ルフェリアは静かに言った。
「誰かがついた嘘。
この世界では、嘘は“黒のひび”として残るの。」
黒い線が空気を割り、
見えない痛みがそこから漏れているように感じた。
「しばらくすると消えるけど……
嘘は、世界に一瞬だけ“傷”を残すの。」
嘘が物質化するなんて、現実では考えられない。
けれど、
この世界ではそれが自然だった。
市場へ向かって歩くと、
果物の香りと子どもたちの笑い声が混じり合っていた。
そのときだ。
視界に“線”が走った。
「……まただ。」
喜びの金色の粒子の裏側に、
細い“意味の線”が複雑に絡み合っている。
その線は、喜びが
どこから生まれ、
どこへ流れ、
どんな感情に変わっていくのか――
全部を示していた。
(これは……“構造”だ。)
世界が透明な設計図として視えている。
ルフェリアは立ち止まり、手をかざした。
「ここで基本を説明するわね。」
金の粒子が集まり、
淡い光の球をつくる。
「この世界には、大きく五つの“感情素(エモート)”があるの。」
光の球が五つに分かれ、
それぞれ色を変えた。
金:喜び
青:悲しみ
赤:怒り
紫:恐怖
緑:嫉妬
「この五つが混ざり合って、人の心を作り、世界を動かすの。」
粒子同士が絡まり、
複雑な形をつくりながら揺れていく。
「そして――もうひとつ。」
ルフェリアが指を止める。
球の光がゆっくりと黒と白に反転し、
淡い“無の光”が生まれた。
「“原感情(オリジン)”。
世界の始まりに生まれた、最初の感情。」
「こんなのが……本当に?」
「誰にも正体は分からない。
ただ……この世界の心臓みたいな存在だと言われてる。」
ルフェリアの声が沈んだ。
「でも最近、その“影”が動いてる。」
(影……?)
「だから私は調律師として、この街に来たの。
異常が起きていないか、確かめるために。」
俺が問い返そうとしたとき――
街の奥から、赤い光が弾けた。
怒りの稲妻が空を裂いた。
「……怒りの嵐(エモーションストーム)?」
ルフェリアの表情が強張る。
「来た……!
シン、これは普通の怒りじゃない。
“影”が動いてる!」
さっきまで穏やかだった金の粒子が、一気に揺れた。
俺の視界には、赤い稲妻の“裏側”に
黒いノイズが波打っているのが見える。
まるで怒りが“誰かの心に刺さっている”ようだった。
「行かなきゃ。あれは放っておけない!」
ルフェリアが駆け出し、
俺もその後を追った。
世界の奥で、何かが蠢いている。
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