5.優しき魔獣

「お世話になりました」

既にお昼になろうかと言う時間、ルウは部屋の荷物を片付けると寮母へと挨拶に来ていた。荷物と言っても大き目の鞄一つしか持っておらず、1ヶ月ほど居たとは思えない小荷物だ。

「あらあらご丁寧に。ルウ君のお陰で部屋も綺麗で助かってたのに。もう行っちゃうのね」

のんびりとお茶を飲んでいた寮母はルウに気付き話しかける。お婆ちゃんと言った印象だ。

そのまま長話をするように新しいコップを取ろうとするが「すぐ行かなければならないので」と辞退する。

「今回は帰ってこないのかい?」

「はい。戦いが終わったらそのまま仲間たちと王都サイシアまで帰ります」

「寂しくなるねぇ。また来るんでしょう?」

「その予定です。いつになるかは分かりませんが」

「それは仕事の予定でしょう。遊びに来たって良いんだから、いつでもいらっしゃい」

「……ありがとうございます」

寮母の言葉に、ルウが頭を下げる。

「お待たせ」

するとすぐに、ユイがルウの荷物より少し大きい鞄を持ちこちらへと来た。寮母はユイの荷物に気付くと寂しそうにする

「そうかい、ユイちゃんも行っちゃうのかい。ユイちゃんのお陰ですごく助かってたのに」

「ごめんなさい」

ユイが申し訳なさそうに顔を下げる。ユイは出撃や訓練がない時間は寮母の手伝いをしていた。

洗濯なども率先してやっており、おかげでとても楽しく出来ていたのだ。ルウもそれは一緒で、こちらは部屋の掃除をメインに行っていた。

「良いの良いの、仕事なんでしょう。私には何もできないし無事に帰ってくるのが一番のお礼よ」

寮母はそう言うと準備していたパンを布に包み2人に渡した。

「移動中にお腹すくでしょう。持って行きなさい」

「「ありがとうございます」

寮母の申し入れを素直に受け入れる。少し手が震えていたが、ルウは気づかないフリをする。

「無事に帰ってくるのよ」

「「はい」」

まるで母親のように優しく言う寮母の言葉に、2人は力いっぱい返事をした。



「まだ来ないね」

ユイが行き来する人々を眺めながらつぶやいた。街の入り口で待ち合わせをしているが待ち人は未だに来ない。

その間冒険者と思われる集団が大きな袋片手に帰ってきたり、恐らく兵士であろう装備が統一された集団が出て行ったり、馬車を連れ立った商人が出入りするばかり。

戦場が近いとは言え、人の生活に大きな違いは無い。

「どうしたガキども、こんなところで。危ないから気をつけろ」

「誰か待ってるのか。こっちで休むか?」

そんな人の行き来が激しい場所だが声をかけてくる人も居る。離れてる間に待ち人が来ても困るので、お礼と挨拶を返しながらのんびりとパンを食べる。

「……」

中には建屋の間から隠れるように嫌な視線を送ってくる人も居る。

「ユイ、ちょっと待っててね」

基本は無視していたが特に怪しい気配を感じるとルウがふっと離れていき、小さな悲鳴が聞こえて怪しい気配がなくなる。するとルウはすぐに戻ってくる。

特にトラブルもなく、周りの喧騒と共に時間が流れていった。



30分ほど経っただろうか。荷馬車が近づいてきた。商人が使うような荷馬車だが二回りは大きい。そして大きいのは引いている馬車だけではない。

馬自身も大きく、ばん馬を三回りは大きくしたぐらい。体も大きく筋肉質で、体当たりでもされようものなら大空への旅へと飛び立つだろう。

「ねぇ」

「うん、来たみたい」

馬(とおそらく御者)がこちらをじっと見つめて近寄ってくる。他の馬車と比べて大型のため人目も集めており、周りから見たら「子供に突っ込む大型馬車」と言うかなり危険な事故待ったなしの絵になっている。

気づいた人たちが止めようとするが馬の大きさに恐れ誰も動けずにいた。

「……」

馬車はそのままルウ達に近づくと、目の前で止まりルウに頭をこすりつけ始めた。

体格差がひどすぎるため後ろに飛ばされそうになっているが、しっかり手加減してるらしい。ユイも頭を撫でている。

「ベス久しぶり。元気してた?」

「……」

「僕は元気だよ。ベスは怪我とかしてない?」

「……」

「うん。今日はよろしくね」

「……いつも思うが、よく分かるな」

「そう?ベスは素直だし普通だよ」

エレファントホースエリザベスとルウが話していると、御者をしていたサッシャが話しかけてきた。

この馬車はリュウの部隊の馬車である。人数が乗れるようにするため普通の馬車より大きく、それに合わせて大柄な馬が必要だったため魔獣を使っている。

「……そうか。エリザベスと話したいのは分かるが、ここだと人目も集めるからな。すまないが乗ってくれ。行くぞ」

「了解」

サッシャの声に、足元に置いていた荷物を持ち上げ荷馬車へと乗り込む。エリザベスが少し寂しそうに見えたのは気のせいだろう。



エリザベスは魔獣である。

魔獣とは魔物が内蔵する魔石を体内に宿し、又は空間の魔力や人の魔法により何かしらの特異性を備えた生物、と思われている。

火を吐いたり魔法を放ったり、または魔法の影響で肉体が変化し素材としての価値が高まった生き物である。

エリザベスは魔獣の中では比較的一般的な『エレファントホース』と呼ばれる魔獣。

エレファントホースの特徴は頭がよく、この巨大な体躯を支えるために必要な食事が魔法なのである。つまり食費が安いのだ。

そのため商人も使う事が多く一般でもよく目にする。

また頭が良いため調教によっては敵への警戒、報告も可能。

ただし良い点ばかりでもなく、気性が荒く魔法への好き嫌いも激しい。

炎系の魔法を好むエレファントホースの場合、他の魔法は一切食べない個体も多い。


エリザベスも元々は商人が飼っていたエレファントホースだった。しかし盗賊に襲われた時に首に怪我して、声を上げられなくなってしまった。

何かあっても飼い主への報告が出来ないと言う致命的な欠陥を持つようになってしまったのだ。敵への警戒が出来ても伝える事が出来ないのだから意味がない。

またこの事から臆病になったため気性が荒くなり、使えないと売りに出された。

鳴き声を上げられない、気性が普通より荒い。

使えないと処分される所を譲り受けたのがリュウだった。



「そっかぁ、色々あったんだね」

「……」

「うんうん、僕は大丈夫だよ。何もなかったからね」

「……いつ見ても理解できん」

「俺もだ。なんであそこまで分かるんだ」

街から出て少し経った頃。ルウがエリザベスの背中特等席へと移動して、エリザベスと会話をしている。御者はサッシャのまま、その隣にリュウが座り今から戦場に行くとは思えないのんびりとした時間が進んでいる。

ユイもレインの膝の上特等席に座っている。

「サッシャさん。ベスが最近魔法の感じが変だけど大丈夫か、って心配してる。何かあった?」

「……特にはないんだが、少し寝不足かもしれない」

「……」

「無理しないで、だって」

「……気を付けよう」

ルウはエリザベスの首のあたりを撫でる。軽く体を震わしたので、気持ちが良いのだろう。

これを見て「エレファントホースは気性が荒い」と言われても信じないだろう。実際リュウが譲り受けた当初は本当に荒く、誰も扱えなかった。近寄った人を吹き飛ばすなんて当然、壁に穴をあけたこともあった。

それを周りが呆れるほどにリュウが丁寧に世話をした。

半年ほど繰り返して信頼して貰い少し穏やかになった頃、サッシャが気配りと優しさでエリザベスの事を理解してやっと心を開いた。

とどめでルウが信じられないレベルで意思疎通を行ったことで身内にはものすごく穏やかになった。

ちなみに穏やかになった後「気性が良い素晴らしいエレファントホースが居る」と色んな商人からお金を積まれたが、エリザベスに近寄っただけで気性が荒すぎる頃に戻るため結局声はかからなくなった。

それでも死人を出さなかった辺り気性は穏やかなのかもしれない。

「……」

そのまま踏み固められただけの道を進んで行くと、急にエリザベスが周囲を気にし始めた。背中で横になっているルウもすぐに気付くと声をかける。

「ベス、どうしたの?」

「……」

「何か居る?」

「……」

「そっか。どうしよう」

「どうした?」

エリザベスと話すと何かを警戒したかのように近くの森を睨む。その事に気付いたリュウも声をかけた。

「森の中に何か変なのがいっぱいいるみたい。奥の方で気配はあるけど人数が分からなくて、ベスに聞いたら20以上居そうって」

ルウの返答にリュウも一緒に森を睨む。深い森が広がる以外何も見えない、どう見てもただの森だ。

「賊だけど、他にも居そう」

「だな。ちょっと狩りに行ってくるしかなさそうだ」

「……」

ルウとリュウが面倒そうに呟くと、エリザベスが心配そうに目を向けてきた。

「大丈夫だよ。ちょっと狩りに行って来るだけだから」

「おう、だからベスはみんなを安全に連れて行ってくれ。大丈夫だすぐ戻る」

リュウはそういうと、荷馬車の中に顔を入れて「俺とルウの武器を取ってくれ」と声をかける。それを聞いたキョウヤは大量の荷物の中から剣を2本取りだした。

エリザベスは首を少し回してサッシャを見る。

「……分かってる。合流しやすいように少しペースを落としていく」

サッシャの言葉を聞くとエリザベスは再び前を見て、早いペースだったのをかなりゆっくりにする。通常の馬が引くペースより少し遅いぐらいだ。

その間もルウはエリザベスの背中の上で器用に武装していく。

「よし、僕は準備出来たよ。リュウは?」

「俺もだ。ちょっと行ってくる」

「……」

「……無理はしないように」

エリザベスとサッシャからの言葉に軽く手を挙げて返事をすると、リュウはさっさと馬車から飛び降りる。

「気を付けて行ってきてね」

すると荷馬車の中でレインの魔の手特等席から逃げてきたユイも状況に気付き、声をかけて来た。

「行ってきます」

ルウもエリザベスから飛び降りると森の中へと走りだした。


悲鳴も叫び声も何も聞こえる事はなかったが、大惨事は確定だろう。

「……大丈夫だ、すぐ戻ってくる」

「……」

ルウが行ってしまったためエリザベスは元気がなく、背中がとても寂しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る