第三章 セーラ服の女神

第31話 女神降臨

 深夜—俺は自室で、クロネコ急便からの最新報告書に目を通していた。


 ポートランドからの塩と海産物の第一便が、予定通り王都に到着。市場での反応は上々。各地の個人事業主からトロッコ利用の申し込みが殺到しているらしい。非常に順調だ。


 だが、気になる情報もある。


 ルミナ教会の動きが、徐々に活発化しているらしい。説教の内容が過激になり、「秩序を乱す異端者」への批判が増えているという報告が、各地から上がってきている。


 商人ギルドだけでなく、ルミナ教会まで敵に回すことになるのか…。


 非常に気が重い。お嬢様を守り続けられるだろうか。


「クラウス……起きてる?」


 と、俺が溜息をついた時——扉の向こう、廊下側からお嬢様の声が聞こえた。こんな時間に非常に珍しい。


「クラウス……ちょっとうちの部屋に来て」


 声のトーンが、妙に意味深だ。


「待ってるから……」


 ドアの向こうからそう告げる声。俺の返事を待たずして、足音が遠ざかっていく。


「        」


 俺の思考が停止する。


 いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 冷静になれ、クラウス・ハートレイ。お嬢様がそのような……いや、だが若い男女……深夜に部屋に呼ぶというのは……。


 いや、違う。きっと何か相談事があるのだろう。そうだ、それしかない。


 俺は深呼吸をして、廊下へ出る。


 月明かりが差し込む静かな廊下を、お嬢様の部屋へ向かって歩く。


 こんな場面を旦那様に見つかれば、トロッコに全裸で結び付けられて国内中を延々と走らされる可能性すらある。あの人はお嬢様のためであればそれくらい平気でやる人だ。


 しかし、一歩また一歩。


 幸か不幸か、こんな日に限って誰にも邪魔されない。


 心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。まるで自分の心臓じゃないようだ。


 ——落ち着け。


 俺は執事だ。お嬢様の専属執事。何があっても冷静に対処する。それが俺の務めだ。


 お嬢様の部屋の扉の前に立つ。


 手を上げ、ノックしようとした瞬間——手が震えていることに気づく。


 くそ、何をやっているんだ俺は。


 深呼吸。もう一度、深呼吸。ええい、ままよ!


「し、ししつ失礼いたします」


 噛んだ。執事として、逃げ出したい。


 扉を開ける。


 そして———








 俺の思考は、完全に停止した。


 部屋の中央に、光り輝く人影があった。いや、人影というには——あまりにも非現実的すぎる。


 金色の髪が、まるで太陽の光を纏ったように輝いている。蒼い瞳は、深海のように澄んでいる。透けるような白い肌。


 そして、、、ミニスカートのセーラー服。。


 そう、白ギャルだ。


 いや、待て。なぜ貴族令嬢の部屋に、ギャルがいるんだ。


 しかも、その背後には淡い光の粒子が舞っている。まるで——神々しいというか、神聖というか。


 俺の思考回路がパンク寸前だ。そんな俺を見てお嬢様が無邪気に笑いながら言う。


「紹介するね♡ 女神のルミぽよ、私の親友!」


 ——はい?


 女神、ルミぽよ…? え? ルミナ…様?


 いや、待て待て待て。


 この世界の最高神、光と慈悲の女神ルミナ……そんな存在がなぜセーラー服を着ているんだ。


 だが、そんなはずがない………と言えないくらいには教会に祭られている女神像の女神様と瓜二つだ。しかもギャル。


 そう、ギャルだ。


 どう見てもギャルだ。


 女神ルミナが、にっこり笑って手を振る。


「チョリーッスw レティちゃんからめっちゃ聞いてるよ、クラウスくん」


 俺の口が、勝手に開く。


「……は?」


 状況がまったく理解できない。「チョリーッス」と言った。


 目の前の光景を受け入れることを脳が認識を拒否している。


 女神ルミナ——この世界を創造した神々の一柱。ルミナ教会が崇める、光と慈悲の象徴。


 その女神が、今、俺の目の前で「チョリーッス」と言った。


 俺は、ゆっくりと口を開く。


「め、女神……ルミナ…様……?」


 声が裏返る。


 女神がくすくすと笑う。


「そうそう、あたしがルミナ。でもクラウもルミぽよでいいよ♡」


 お嬢様が、嬉しそうに補足する。


「ルミぽよね、諸々合って結構前からこうやって仲良くしてくれてんの。それからずっと友達なんだよ」


 絶対に諸々で片付けて良い話ではないが、お嬢様のことだし気にしたらキリがない。なので百歩譲ってそこは理解できる。


 だが——なぜギャル? セーラー服にルーズソックス。


 女神が、俺の困惑した表情を見て笑う。


「あー、ビックリしてるねw レティちゃんが転生してくる時、本当は記憶消すべきだったんだけど、面白そうだから残しちゃった☆ そしたらあたしもレティちゃんの影響受けてギャル化しちゃって」


 お嬢様が頷く。諸々の部分が駄々洩れである。ほら、転生とか言っちゃてんよこの女神。


「ルミぽよ、マジでノリいいからさ。うちの昔の話したら、めっちゃ食いついてきたんだよね」

「それなw 日本のカワイイ文化、マジでヤバくない? うち、神界で流行らせたいんだけど」

「わかるw 神様たちもオシャレしたいよね」


 二人が、キャッキャと笑い合う。


 ダメだ。俺はついていけない。転生とか諸々聞かなかったことにしておこう。


 女神とお嬢様がギャル語で会話している。


 この光景を、誰が想像できるというのか。


 俺は深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとする。


 ——いや、待て。


 女神が顕現しているということは、何か重大な理由があるはずだ。


 俺が口を開こうとした瞬間、ルミナの表情が少し曇る。


「で、本題なんだけど」


 女神が急に真面目な口調になり、お嬢様も表情を引き締める。


「教会マジむかつくんですけど。あたしの名前使って金と権力集めるとか、やる事ださ過ぎっしょ」


 ルミナ教会の腐敗は、以前から噂されていることである。


 寄付と称して民から金を搾り取り、その金で豪華な教会を建て、高位聖職者たちが贅沢な暮らしをしている。


 本来の教義——困っている者を救い、弱き者を守る——とは程遠い。


 お嬢様が女神の手を握る。


「ルミぽよ、ずっと我慢してたんだもんね」


 女神が苦い表情で頷く。


「でもさ、あいつらのせいで信仰心が足りなくて降臨どころか啓示も無理なんだよね。世界中の人間が、形だけの信仰しかしてないし。レティちゃんだけがいつもあたしのこと想ってくれたお陰で、レティちゃんの部屋だけが唯一顕現できる場所なの」


 ——なるほど。


 つまり、世界中の信仰が形骸化しているせいで、女神は本来の力を発揮できないとうことか。


 お嬢様だけが、心から女神を想っているから、その純粋な信仰心を依代として、この部屋にだけ顕現できる。


 女神が、俺を真っ直ぐ見る。


「だから依代が欲しい。古代神殿に『光の依代』ってアイテムがあるから、それ取ってきて」


 お嬢様が、即答する。


「OK牧場! 泥船に乗ったつもりで任せておいて!」

「さすがレティちゃんw」


 心の中でツッコミを入れつつ、俺は手を上げる。


「お、お嬢様……せめて詳細を」


 お嬢様が、にっこり笑う。


「大丈夫大丈夫。ルミぽよが言うなら絶対に必要なものだから」


 俺の言葉を受け、女神が申し訳なさそうに続ける。


「古代神殿って、王都から西に五日くらいの場所にあるんだけど……結構危険かも。魔物も出るし、罠もあるし」


 俺は、静かに頷く。


「承知いたしました。お嬢様をお守りするのが、私の務めですから」

「あたしの教会…このままだと本当にヤバい。上の連中の私利私欲のため異端狩りとか始めそう」


 ——異端狩り。


 歴史の中で、何度も繰り返されてきた悲劇だ。


 教会が、自分たちの教義に反する者を「異端」として排除する。魔女裁判、火炙り、拷問——残虐な行為が、神の名の下に正当化されてきた。


 女神が拳を握る。


「そうなったとき、本当にあたしを想ってくれている子たちまで迷惑が掛かる。そんなの絶対に許せない」


 お嬢様の表情も、引き締まる。


「ルミぽよを助けたい。それに、困ってる人を放っておけない」


 俺は、二人の決意を見て、静かに頷く。


「承知いたしました。古代神殿へ向かい、光の依代を手に入れます」


 女神がにっこり笑う。黙っている分にはお嬢様に引けをとらないくらい美しい。


「マジ頼りになるね、クラウ。レティちゃんのこと、よろしく☆」


 そして——光の粒子が舞い上がり、ルミナがセーラ服の襟を正す。


「じゃ、またね♡ レティちゃん、クラウくんファイトー!」


 女神がそういうと、光が消え部屋には俺とお嬢様だけが残される。


 静寂。


 俺は、ゆっくりと溜息をつく。


「……女神が、ギャル」


 お嬢様が、くすくすと笑う。


「ルミぽよ、可愛いでしょ?」

「可愛いとかそういう問題では……」


 俺は頭を抱える。


 このお嬢様はどこまで常識外れなんだ。人生の半分以上を共にしているはずだが、まだまだ驚かされてばかりいる気がする。


「明日、パパとロトっちに報告しなきゃだね」

「そうですね。古代神殿への遠征となれば、それなりの準備が必要です。何よりも旦那様をまた納得させなければ…」


 お嬢様が窓の外に視線を送ると、月が静かに輝いている。


「ルミぽよを助けたい。本当の信仰って、形式じゃなくて心だと思うから。うちはルミぽよの心を救いたい」


 俺は、お嬢様の横顔を見る。


 女神だろうと、魔族だろうと、困っている者がいれば手を差し伸べる。


 それが、レティシア・リオネール。


「お嬢様」

「ん?」

「必ず、光の依代を手に入れましょう」


 お嬢様がにっこり笑う。


「ありがと、クラウス。うち、クラウスがいてくれて本当に良かった」


 その言葉に、俺の胸が熱くなる。


 ——この人を守る。


 そう誓って俺はお嬢様の部屋を後にする。


 廊下を歩きながら、今日の出来事を反芻する。


 ギャル語で会話する女神ルミナとの遭遇。きっと”お嬢様”という規格外に触れて来なければ現実を受け止められなかったことだろう。


 そして女神からの依頼——古代神殿への遠征。


 それが、クラウス・ハートレイという執事の、矜持だ。





ヒタヒタヒタ…


「クラウス……レティシアの部屋の方から戻ってきたようだけど。こんな時間に何の様だろう笑?」

「ヒィッ!」


 音もなく忍び寄る旦那様。


 俺よりも、別館に寝室のあるはずの旦那様がなぜお嬢様の寝室付近にいるのか、こちらの方が問題だろうと思うが、そんな常識の通じる相手ではない。


 お嬢様の報告前に”出来事"を伝えられない俺。奥様に助けられるまでの3時間、旦那様の尋問は続くのであった。


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