第9話 お嬢様と王様とやる王様ゲーム
「「「王様だーれだ?」」」
「……」
俺は今、何をやっているのだろう。
目の前には、お嬢様。そして旦那様。そして――ルミナス王国の王、ロートニア陛下がいる。
四人で円卓を囲み、それぞれの手には番号が書かれた木札が握られている。
王様ゲームーお嬢様が提案した遊びだ。
今俺の目の前で本物の王様が『王様だーれだ?』とかやっている。国によっては間違いなく不敬だなんだで罰せられるだろう。が、今回は”王様”自身が参加しているからセーフ...なのか?
なぜこんなことになったのか――今すぐ自室に戻りたいがそれを許されるような空気ではない。
既に数ゲーム終了しており、俺の額には『執事』、陛下の頬には『王』と書かれた落書きが場の緊張感を現わしているだろう。
なぜこうなったのだ……
時は遡る―
謁見の翌日。朝食を終えたお嬢様が、俺に向かって目を輝かせながら言った。
「ねえクラウ! 王都を観光したい!」
「……承知しました」
謁見の前にも観光をしたがっていた。絵県が無事終わった今、お嬢様の希望を拒否する理由はない。お嬢様にも息抜きは必要だ。
俺たちは王都の市場へ向かった。
市場は活気に満ち溢れていた。人間だけでなく、獣人やドワーフ、エルフまで――多種族が行き交い、それぞれの文化が混ざり合っている。
「わあ、すごい! あんなに種類の違う人たちが一緒に暮らしてるんだ!」
「ルミナス王国は多種族共生を掲げていますからね。王都ともなれば、各地から商人が集まります」
「ねえ、あれ見て! あの果物、すっごく大きい!」
お嬢様は眩暈を起こしそうなほどの露店の数に目を奪われ、まるで子供のように大はしゃぎしている。
俺はその後ろをついていきながら周囲に目を配る。人混みに紛れた刺客がいないとも限らないので絶対に気は抜けない。
本来立場的にはこんな雑多な場所にお嬢様を連れて来るべきではないのかもしれないが、お嬢様の楽しそうな笑顔を見ていると間違いではなかったのだろう。
珍しい香辛料、色とりどりの布地、見たこともない細工物――お嬢様は全てに興味を示し、質問を繰り返す。
そして、ある露店の前で足を止めた。
そこには髪飾りが並べられていた。
銀細工で作られた月の形をした簪。小さな青い宝石が埋め込まれており、光を反射してきらきらと輝いている。
「……綺麗」
お嬢様がそれを見つめ...手に取ろうとして――やめた。
「どうしました?」
「ううん。なんでもない」
お嬢様は自由奔放に見えて、実は驚く程質素である。公務で必要なドレスや宝石以外絶対に自分から欲しがることはない。それは6歳の頃大病を超えてから一貫して変わらない。
そうしてお嬢様は笑顔を浮かべたまま露店を離れた。
―—―
王都観光を終え、俺たちはリオネール領へ戻るため馬車に乗り込んだ。
お嬢様はまだ興奮が冷めやらぬ様子で、次から次へと感想を口にしている。
「あのドワーフの鍛冶屋さん、すっごかったね! ハンマー一つであんなに綺麗な剣を作るんだもん!」
「ええ、ドワーフの鍛冶技術は一流ですから」
「あと、エルフのお姉さんが売ってた薬草茶も美味しかった! あれ、領地でも作れないかな?」
「検討してみましょう」
お嬢様の声を聞きながら、俺はさりげなく懐から小さな包みを取り出す。
「お嬢様、これを」
「え?」
包みを差し出すとお嬢様が目を丸くする。
「開けてみてください」
お嬢様が慎重に包みを開く。
中から現れたのは、先ほどの髪飾りだ。
「――!」
お嬢様の表情が一瞬で輝く。
「クラウ、これ! さっきの!」
「気に入っていたようでしたので」
「ありがとう! すっごく嬉しい!」
お嬢様が髪飾りを手に取り、何度も何度も眺める。その笑顔は、今日一番のものだった。
「いえ、別に」
俺は平静を装いながら視線を窓の外に向ける。
お嬢様の喜ぶ顔を見るのと、なぜこれほどまでに幸せな気持ちになるのだろう。胸が苦しい。
―—―
リオネール邸に帰還し、俺たちは旦那様への報告に向かった。
執務室の扉をノックする。
「どうぞ」
中から旦那様の優しい声が聞こえ俺は扉を開けた。
「失礼します」
そして――固まった。
「……おや、レティシアにクラウスくん。お帰り、随分遅かったね」
執務室のソファには、旦那様と並んで座る人物がいた。
ロートニア王だ。
しかも、私服姿。謁見の間で見たような威厳ある衣装ではなく、普通の貴族が着るような軽装だ。
「陛下……なぜ、こちらに……?」
「堅苦しい話しかできなかったからねー。レオンとは幼馴染だし、たまにこうやってお忍びで訪ねて来るのさ」
王が悪戯っぽい笑みを浮かべグラスを傾ける。中には赤ワインが注がれていた。
「……そうだったのですか」
「驚いたかい? まあ、座りなよ。君たちとも、もっとゆっくり話したかったんだ」
俺は困惑しながらも、お嬢様と共に席に着く。まだ現実を受け入れられない。
そんな俺たちの様子を見ながら、陛下と旦那様が苦笑しながら会話を続ける。
「実はこれまでも君たちに内緒で度々陛下はこの屋敷に来られていたんだよ」
「レオン、ここでは”陛下”はやめてくれ。お前の子らの前では別に構わんよ」
「……こっちの気も知らないで君は...」
本当に幼馴染なんだなーと、どこか感心して二人のやり取りを見ていると、そこへセシリア夫人が入ってきた。
「あら、ロト。またお忍びで来たの?」
「セシリアさん! 相変わらず綺麗だね!」
「お世辞はいいから。夕食、一緒にどうかしら?」
「ぜひ! マリアさんのご飯は王都のパーティーで出しても恥ずかしくない味だよ本当に」
こうして、俺たちは陛下と共に夕食を囲むことになった。
―—―
食卓は和やかだった。
王は気さくに話しかけ、お嬢様も緊張を解いて笑顔を見せている。
「それで、物流国営化と関税の件だけどさ」
王が話題を変える。
「あれから少し考えてみたんだけど、レティの提案を採用しようと思う」
「本当ですか!?」
お嬢様が身を乗り出す。
「ああ。ただし、段階的にね。いきなり全てを変えるのはリスクが大きい。まずは王都とリオネール領から導入を進めていこうと思う」
「それは……賢明な判断です」
俺が口を挟むと、王が笑う。
「クラウくんも、噂通りやり手の執事だね。レティシアの支えになっているのが分かるよ」
「恐縮です」
「でもさ、陛下」
お嬢様が不思議そうに首を傾げる。
「関税って、他の国からクレーム来たりしませんか?」
「来るかもしれないね。でも、自国の利益を守るのは当然のこと。それに、今のルミナス国内はどうにもきな臭いからね。内政を強化する必要があるんだよ」
「……そうですね」
お嬢様が真剣な表情で頷く。その後も、政治や経済の話が続いていった。
食事が終わる頃、和やかな空気が漂う中突如お嬢様が切り込む。
「ねえ、王様! ”王様ゲーム”やろう!」
「「「……は?」」」
俺、旦那様、王の三人が同時に声を上げた。
「王様ゲーム? なんだそれは?」
「えっとね、くじ引きで”王様”を決めて、王様が命令するゲームなの!」
おい、本当の王様に何を言い出すんたこの娘は...と慌てて当の王様に目を向けると―
「面白そうだな! やろう!」
王がすぐに乗った。
旦那様は旦那様で何かを企んでいる表情をしている。おそらく、お嬢様に『パパ大好き』とでも言わせるつもりだろう。
俺は嫌な予感しかしなかった。
―—―
そして現在。
「「「王様だーれだ?」」」
「・・・・・・」
俺たちは同時にくじを掲げる。
王様の番号は――。
「……僕だ」
旦那様が歓喜の声を上げる
「では、命令を。三番の者は――」
旦那様が一呼吸置く。
「『パパ大好き』と言いなさい」
「……」
お嬢様が自分のくじを見て心底嫌な顔を浮かべる。
「……三番」
「レティシア?」
「…………パパ、大好き」
小さな声で呟くお嬢様。歓喜の表情の旦那様と真逆過ぎて面白い。
「ああ、パパも大好きだよ、レティシア!」
それぞれの思惑を胸にゲームは勢いを増して続いてく。
メイド服を着る国王、顔に青いネコ型ロボットを描く伯爵、主に敬語を使えない執事、それらを見て大はしゃぎしている貴族令嬢―—
それぞれの思惑を胸にゲームは進み、いよいよラストゲームを迎える。
「「「「王様だーれだ?」」」」
四人が一斉に木札を掲げる。
俺の札には『2』。
旦那様は『1』。
陛下は『3』。
そして――お嬢様の札には『王』の文字が刻まれていた。
「……あ」
お嬢様が小さく声を漏らす。
だが、俺は驚かなかった。むしろ、当然だろう。
本気になったお嬢様に対し、運で勝てる人間などこの世に存在しない。ダンジョンで延べ21回中19回魔光石を入手した実績がそれを物語っている。王様ゲームなど、お嬢様にとっては必然でしかない。
「さあ、最後の願いを言ってごらんレティシア!」
陛下と旦那様が嬉しそうに笑う。
その二人の表情に反して、お嬢様の表情からは先ほどまでの楽しげな雰囲気が消え、急に真剣な面持ちに切り替わる。
背筋を伸ばし、深く息を吸い込む。
「……では、命令です」
お嬢様がゆっくりと口を開く。
「一番、二番、三番の皆様に申し上げます」
王様ゲームの命令口調ではない。
丁寧で、それでいて毅然とした声だ。
「これからも、わたくしに力を貸してください」
「……レティシア?」
旦那様が怪訝そうに呼びかけるが、お嬢様は構わず続ける。
「わたくし一人では、何もできません。街道整備も、経済政策の提案も、全て皆様の支えがあってこそです」
お嬢様が三人を順番に見つめる。
「父上、母上、クラウ、エルド様、バルド様、ロアン様――そして陛下。皆様がいなければ、わたくしは何一つ成し遂げられません」
静寂が場を支配する。
「これからも、わたくしを支えてください。ご指導の程宜しくお願いします」
お嬢様が深く頭を下げた。
『王様』が他の参加者に頭を下げている。普通なら笑い話で済む場面だろうが、当然誰も笑わなかった。
「……レティシア」
陛下が静かに口を開く。
「弱さを認めることも、強さの一つだよ」
「え?」
「自分一人では何もできないと認められる者こそ、本当の意味で強い。君はそれを理解している。だから、俺は君は自分の弱さを恥じる必要はない」
陛下がレティシアに対し優しく微笑む。
「これからも、俺も君を支えよう。約束するよ」
「陛下……ありがとうございます」
次に旦那様を見ると、、、引くくらい号泣していた。
「立派になったね、本当に……」
「ぱ、パパ……?」
「六歳まで、あんなに我儘だった君が……こんなにも、人を想える子に育って……」
旦那様が涙を拭う。
「パパは嬉しいよ……」
「ちょ、恥ずかしいから泣かないでよ!」
お嬢様が慌ててハンカチを旦那様に手渡す。
「クラウは……どう思う?」
「……言われなくとも、そのつもりです」
俺は淡々と答える。
「俺の生きる意味は、お嬢様の理想を守ることですから」
「……ありがとう」
お嬢様が微笑む。
このお方は本当に青臭い。理想ばかりを追いかけ現実を見ない。
だが――この人はそれでいいんだ。
お嬢様は青臭いままでいい。
その理想を邪魔する全てを、俺が取り除く。
それが、俺の仕事だ。
「いい夜だった。ありがとう、レオン。レティシア、クラウスくん」
「今夜は泊っていくだろう?」
「いや、残念だけど宰相に無断でここまで来ているから帰らないとまずいんだ」
旦那様の質問に対し陛下がとんでもないことを言っている。娘のこと以外では常識人の旦那様が天を仰いでいる。
「陛下、また来てくださいね」
「もちろん。君たち国の未来を担う子たちと話すのは何よりも楽しいよ」
陛下が振り返り、笑顔を見せる。
「次は、もっと面白いゲームを用意しておいてくれ」
「任せておいて! まだまだ”野球拳”とか”ポッキーゲーム”とか―
「陛下、気を付けてお帰り下さいませ」
お嬢様のとんでもない発言を遮り陛下に別れの挨拶を伝える。
こうしてお嬢様と俺の、国王との初めての接触は幕を閉じるのであった。明日からもまた忙しい日々が続いていく。
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