第24話

数日後。

王宮の最も格式高い大広間は、静まり返っていた。

ここは、国王陛下が最も重要な裁決を下すための場所。華やかな舞踏会の熱気など微塵も感じられない、厳粛な空気が満ちている。


広間には、王国の主だった貴族たちがずらりと列席している。

その視線は皆、一つの場所へと注がれていた。

玉座に座す国王陛下の、その前。

被告として立たされた、一人の少女。

クララ・シュミット。

もはや彼女を飾る華美なドレスも高価な宝石もない。質素なワンピースに身を包んだその顔は血の気を失い、ただ憎悪と恐怖の色だけを浮かべていた。


その対面には、マーブルとその父であるデュクロワ公爵が、毅然とした態度で立っている。

そして、その少し後ろにアリスティードが、王立騎士団長の正装で静かに控えていた。


やがて、国王陛下が重々しく口を開いた。

「――これより、クララ・シュミット男爵令嬢によるマーブル・デュクロワ公爵令嬢への誣告事件に関する、最終審理を執り行う」

その言葉を合図に、宰相がこれまでの経緯を淡々と読み上げていく。


そして最後に、国王がアリスティードへと視線を向けた。

「騎士団長、アリスティード・ヴァリエ。捜査の結果を報告せよ」

「はっ」

アリスティードは一歩前へ出ると、その場にいる全ての者に聞こえるよう、明瞭な声で報告を開始した。


「まず第一に、被害品とされたネックレスについて。これは、クララ嬢の亡き母君の形見ではなく、先月ジュリアン王子殿下によって購入された品であることが、宝石商の証言及び領収書により確定いたしました」

ざわっと、列席した貴族たちの間からどよめきが起こる。


最初の前提からして、嘘だったのだ。

「第二に、舞踏会での目撃者、計七名からの証言。いずれも、『クララ嬢が意図的にマーブル嬢の進路を妨害し、接触した』点で、完全に一致しております」


アリスティードは、一切の感情を込めず、事実だけを積み重ねていく。

「そして第三に。これが、決定的な証拠となります」

彼が高々と掲げたのは、侍女アンナの供述書だった。


「クララ嬢の侍女アンナ・ミューラーの自白によれば、この度の事件は全て、クララ嬢がマーブル嬢を陥れるために計画し、指示したものである、と。その動機は、マーブル嬢への個人的な嫉妬。……以上が、我が騎士団による捜査の最終報告となります」


完璧な証拠。

揺るぎない事実。

もはや誰の目にも、真実がどちらにあるかは明らかだった。

「……何か、言い分はあるか。クララ・シュミット」

国王の、冷たい問い。

クララは、わなわなと震えながら金切り声を上げた。


「嘘よ! 全部嘘! あの女がアリスティードを誑かして、証拠を全部捏造したのよ! わたくしは、被害者なのに!」

その見苦しい絶叫に、しかし、もはや耳を貸す者は誰もいなかった。


貴族たちは、冷ややかな、あるいは侮蔑に満ちた視線を彼女へと向けている。

自分たちが、こんな浅はかな少女の嘘に踊らされていたのだという、羞恥と怒りと共に。

国王は、そんなクララの姿を一瞥すると、静かに判決を言い渡した。


「――判決を下す」

凛とした声が、大広間に響き渡る。

「まず、マーブル・デュクロワ公爵令嬢。その嫌疑は完全に晴れた。ここに潔白を宣言する。また、アリスティード・ヴァリエ騎士団長。その迅速かつ公正な捜査を称賛する」


マーブルは、父と共に深く頭を下げた。

ようやく、全てが終わったのだ。

そして国王は、その氷のような視線をクララへと向けた。


「クララ・シュミット。並びに、その監督不行き届きであったシュミット男爵家。その罪は三つ」

「一つ。王太子を欺き、王家の判断を誤らせた不敬の罪」


「二つ。公爵令嬢に対し、無実の罪を着せようとした誣告の罪」


「三つ。王国の秩序と安寧を乱した大罪」


「よって、シュミット家は本日を以て貴族の位を剥奪、領地及び全財産を没収の上、平民へと降格させる。クララ・シュミット、お前自身はその犯した罪の重さに鑑み、北の果てにある聖女ルクリーシア修道院へ、終身幽閉するものとする」


それは、死刑よりもある意味では重い罰だった。

二度と、陽の光の当たる場所へは戻れない。


「そ……そんな……。いや……。いやあああああああっ!」

クララは絶叫し、その場に崩れ落ちた。

だが、その叫びも衛兵たちによって、容赦なくその口を塞がれる。


「連れて行け」

国王の、冷たい一言。

衛兵に両腕を掴まれ、まるで壊れた人形のように引きずられていくクララ。


その姿を、誰もが冷たい目で見送っていた。

こうして、一人の少女が引き起こしたくだらない嫉妬の物語は、完全な破滅を以てその幕を閉じた。


全ての裁きが終わり、大広間に再び静寂が戻る。

その中で、マーブルは遠くに立つアリスティードと、視線を交わした。

言葉はない。


だが、その視線だけで二人の心は固く通じ合っていた。

感謝と信頼、そしてもっと深い愛情と。

長い、長い戦いがようやく終わったのだ。

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