第11話 猫と身の程
シスター少女からもらったごはんを食しつつ、俺は周囲のザワめきに耳を傾けていた。
「昨日の光、天から降り注ぎ夜を照らした眩い光は、間違いなく聖女様の聖魔法だ。あれ程までに強大な規模の聖魔法、聖女様にしかできぬ。ああ……やはり、やはりっ! かの御方は生きておられた!」
「私たちの祈りが、願いが! 聖女様に届いたのよ!」
「街のピンチにまた救済の手を差し伸べてくださったのだ……なんて慈悲深い御方だろうかっ」
「これからもずっと、ワタクシは御身に絶対の忠誠を捧げます。だからどうか……どうかワタクシの前に御姿をッ」
「今一度、我らの前に“希望の光”を!」
「聖女様万歳! 聖女様万歳!」
「あの光を見てから、ワシの腰痛も治ったんじゃ」
なにそれ凄い。腰痛も治るんだ……。
何とか教の人達、随分と盛り上がってんなぁ。どうやら昨日、聖女様の魔法が街を照らしたらしいが……見逃しちゃったぜ。
俺のカワイさと同じく、伝説級の魔法を眺めるチャンスだったのだけれどもね……昨日の夜は、聖女ちゃんの頭の上で可愛らしく爆睡してたんで仕方がないか。
「はあ……誰も彼も騒ぎ過ぎなのよ。聖女様が生きてることくらい、敬虔な教徒なら解ってて当然のことでしょうにっ」
「にゃあ」
その割にはソワソワしてるじゃん、撫で方に雑念が混じってるぞ。シスター少女、君も立派な聖女様ファンだな。
「なに、まだ足りないの? たくっ、しょうがないわね……ふふっ」
ごはんの催促じゃねーよ。
しかし、なんか嬉しそうなんで黙っておくか。空気を読める俺も最カワだな。
「もしかしたら、貴方も聖女様に会う機会に恵まれるかもしれないわね。その時は、絶対に粗相を働くんじゃないわよ? 相手は至高かつ偉大な御方。世界の救世主なんだから」
「にゃあ」
やだなぁ、するわけないじゃないですかぁ。
俺が救世主に粗相を働くようなカワイイ猫に見えるのかい? 只誰が相手であろうと、いつも通りに自由気ままな振る舞いをするだけだぜ。気に食わなかったりしたら当然猫パンチを放つつもりではいる。
けれど猫からのパンチなんて寧ろご褒美だし、問題なかろう?
「貴方、絶対に解ってないわよね……この前みたいに聖女様の石像に乗るなんてやっちゃダメなんだから。ちゃんと学び理解すること! いいわね?」
解ってるよ。
俺は大人しく聖女ちゃんの方に乗っとくから安心してくれ。……今のところは。
シスター少女のナデナデに応じ、俺は鳴いた。
「なぁん」
「……可愛さで誤魔化そうとしてない?」
察しのいいシスターは嫌いだよ。
◆◆◆◆
屋根の上を歩きながら喧騒を聞いていたが、案の定街の人々の話題は昨日の光のことで持ちきりだった。
何とか教の人達と違って『聖女様が放った説』一色ってワケではないものの、概ね論調は変わらない。
“街の危機を救うため、聖女様が再臨なされた”
この流れがほぼ完全に浸透していた。
街の危機があったらしいことも知らない俺からすれば、今の話はちんぷんかんぷんだ。なんちゃら組織の陰謀だのなんだの言われても全く知らないし、話に置いていかれてる感が否めない。理解する気もそんなにないが。
猫は存在するだけで人々の心を救っている。ので、『猫がカワイイ』ということを理解できてれば十分でしょ。
俺が現れれば皆視線は俺の方に釘付けになるわけだし。
どれだけ俺の知らない間に話が進もうと、俺が一番で神ってことは永遠に変わらないのさ。ふふん。
「あー! あんなとこにネコちゃんがいる!」
お、君はいつぞやの幼女ちゃんじゃないか。よく屋根にいる俺の姿を見つけたな、褒めて遣わす。
挨拶をするため、俺は屋根から降りて幼女ちゃんに一言鳴いた。
「にゃあ」
「へへ、こんにちは、ネコちゃん!」
うむ、今日も変わらず元気なようで何よりだ。
しかし貴様、変わることなく力加減も下手くそのままのようだな。抱擁するのは構わんが、ムギュムギュするのはいただけないぞ。
「今日ね、“えるぴす教会”でおベンキョー会があってね、お菓子たくさんもらったの! ネコちゃんもたべる?」
「にゃあ」
食べん。
猫の身体は繊細なんでな。菓子など食ったら命に関わっちゃうんだよ。食べたい気持ちは普通にあるが。
「あ、でも……ネコちゃんは甘いのたべれないんだっけ。……ごめんね、わたしネコちゃんには元気で居てほしいから、お菓子あげられないや」
「なーう」
「ダ、ダメ! ネコちゃんにお菓子はダメなの!」
了承の意味で鳴いたんですけど。
なんで俺が融通利かずに強請ったみたいな反応になるんだ。我が言葉はしっかり聞き取れよ人間。
「そ、そうだ! ネコちゃん、昨日わたしね、聖女様の“光”をみたんだよ!」
聖女様の光? 皆が言ってるやつか?
「目の前でね、なんかブワーって光って、ファ〜っと舞って、キラキラ輝いててね、とってもキレイだったんだよ! マモノもジュワ~ってなってたもん!」
何を言ってるのか全然わからん。
手と足で何とか表現しようと頑張ってはいるが、楽しそうってことしか伝わらないぞ。最後の表現は満開の笑顔も相まって大分ホラー染みてたが。
「へへ、今度みるときは、ネコちゃんも一緒にみようね!」
「にゃあ」
機会があればな。
けど、アレって街の危機を救うために放ったものじゃなかったっけ? 魔物が『ジュワ~』ってなったと言ってたし。それを楽しそうにもう一度見たいと申すとはな……この子、将来大物になるぜ。
ムギュムギュされながら、俺は確信した。
む、むぎゅ……。
◆◆◆◆
『はあ……今日も私の猫さんが最高にカワイイ……』
毛繕いをしていると、想いが溢れ出たような溜息と共に聖女ちゃんが呟いた。
しれっと“私の”とか言っちゃってるあたり、相当俺への遠慮ってモノがなくなってきてんな。
昔の発狂時代を振り返れば、こうして煌めく声で笑ってくれるのは確かに嬉しいと思う……が。
少し、世界の支配者である俺への敬意が不足しているんじゃないかね?
身の程を弁える良い機会だ、ほんの僅かに猫の本当の姿を……ハンターとしての姿を見せてあげようか。
獲物は……ふふ、君にしようかバッタさん。俺の狩りを受けることを、あの世で永久に自慢するんだな。
バッタに狙いを定めた俺は、身を屈めてお尻を振った。
『ふぐっ……タイミングを計るためにお尻を振る猫さん……天使すぎるッ』
あ、人類は猫が何をしても『天使』扱いするんだったわ……忘れてた。
俺は身の程を知った。
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