第3話「幻葬」
十秒たっぷりかけてなんとかマジカル脅迫から立ち直った俺は、らびらびに向けて三本指を立てた。
「契約の前に、三つ教えて」
ふわりふわりと浮きながら、らびらびはゆっくりと頷く。うさぎって頷けるんだ、いやぬいぐるみもどきだからか。
どうでもいい思考を投げ捨て、頭の中で確認事項を整理する。
「停電した上にあんなのが出た。こんな状況なのに、誰も騒いでないのはどうして?」
「ここが結界の中だから、そして中にいるのがらびらびと耕太郎、それとレギオンだけだからぴょん」
「他の人達は?」
「結界の外ぴょん。今らびらび達は世界から隔離されているぴょん。詳しい原理は生き残れたら説明するぴょん」
らびらびの説明が本当なら、少なくともこの瞬間、病院の人達が傷つくことは無いのか。
焦りがほんの少しだけ落ち着く。指を一本折り、二つ目に移行する。
「二つ目。あれ、さっきから動いてないよね。だったら放っておいても平気じゃない?」
「あれは力を溜めているだけぴょん。すぐに結界を食い破るくらいにはなって、現実世界で人狩りを始めるぴょん」
「あー、嵐の前の静けさ的な?」
「その通りぴょん。あと数分もすれば嵐が来るぴょん」
思っていたより短い。それに力を溜めているということは、時間を掛ければ掛けるほど強力になる可能性もある。ぐだぐだと考える、迷う暇は無さそうだ。早く三本目の指も終わらせよう。
「じゃあ最後。契約して魔法、少女? になったとして、あれをどうにか出来るの?」
「分からないぴょん」
「は?」
「どうにかするのは君だぴょん。らびらびに出来るのは、君に力を貸すことだけぴょん」
無責任な言葉に思考が凍る。幸い沸騰して解凍される前にらびらびは続けた。
「妖精に出来るのは素質のある子を見つけてサポートすることだけ、それ以外は何も出来ないぴょん。妖精は契約以外の魔法なんて使えないし、何なら今の耕太郎にも指先一つで負けるぴょん」
「ていっ」
「びょん!?」
「うわよわっ」
試しにデコピンしてみると生まれて初めて暴力で勝ってしまった、しかも指先一つで。
壁に衝突して床に落下したらびらびは、恨めし気にふらふらと僕の前に戻って来る。
ごめんて。手を合わせて謝りつつ、追加で浮かんだ疑問もぶつけた。
「おまけでもう一個。なんで何も準備して来なかったの?」
「ぴょん?」
「誤魔化さないで。あれ、レギオンだっけ。出てくるの分かってたんでしょ?」
マジカルプレゼンを始める前の引くほど前のめりな姿勢。度々挟まる時間の無さを感じさせる言動。どれもらびらびがこの展開を予想していた、予知していたことを示唆している。
的外れかもしれない苛立ちを込めて問い詰めると、らびらびはあっけらかんと答えた。
「その準備が君ぴょん」
「……冗談、だよね?」
「冗談じゃないぴょん。さっきも言った通り他の魔法少女はここに来れない、そしてらびらびに出来るのは誰かを魔法少女にすることだけぴょん。だから君に全てを賭けることにしたぴょん」
「そんな、なんで俺に? 俺はそもそも男で、喧嘩なんてしたことも無くて」
「申し訳ないけど、それは言えないぴょん」
「言えないって」
「虫のいいことを言ってるのは理解してるぴょん。それでも君を信じているから。耕太郎にもどうか、らびらびを信じて欲しいぴょん」
そう言って、らびらびは頭を下げた。ぬいぐるみに似合わない真摯な姿勢、朝から今まで続くばかげた状況、窓から覗く巨大な化物。
どれもこれもが意味不明で、さっきよりもさらに大きなため息が出る。こんなに繰り返していると幸せが逃げて行くかもしれない。
そんなことを考えている内に、つい苦笑いしてしまった。元々逃げるほどの幸せなんてもう持ち合わせていない。
自然と過去を振り返って、あの頃の幸せを噛み締めて、それだけで心は決まった。
「……いいよ、契約しよう」
俺が死ぬのは別にいい。だけど、この病院にいる人が死ぬのは駄目だ。
「らびらびのことを信用した訳じゃない。でも、何もしなければ皆死ぬんでしょ?」
「その通りぴょん」
「じゃあ駄目だ。ここにいるのは、そんな理不尽で死んでいい人達じゃない」
幼い頃から俺の世界はほとんど病院だった。だから知っている、分かっている。ここにはたくさんの生きたいって叫ぶ命がいる。たくさんの生きて欲しいって祈りがある。
そしてそれに応えるため、ずっとずっと頑張り続けてくれている人達がいる。それを踏みにじる存在を、俺は絶対に認められない。
「だからなんとかする。力を貸して、らびらび」
「もちろんぴょん」
力強く頷いたらびらびはまた体のどこからか何かを、今度は赤黒いナイフを取り出した。
「まさか、それで戦えって?」
「違うぴょん。これは契約の道具ぴょん」
「ならそれもあれ、マジカルナイフとかそういうやつ?」
「いや、これは血盟の刃ぴょん」
「急に生々しい」
ジャンル違うじゃん。マジックじゃなくてゴシックじゃん。
どうせ言ってもスルーされるだけだから、心中だけにツッコミは抑えた。
「このナイフでどこかを切って、数滴でいいからお互いの血をこの薬液に注ぐぴょん。混ぜ合わせた後らびらびが呪文を唱えて魔力を込めるぴょん。最後にそれを飲み合う、それで契約終了だぴょん」
「……魔法少女の契約って、もっとこう、きらきらしたものだと思ってた」
「そういうのもあるぴょん。でも今の耕太郎には、これが一番合ってるぴょん」
というかこの生き物、生もの? ちゃんと血が流れてたのか。てっきり中身はマジカル綿か何かだと。
らびらびの腕から滴り落ちる鮮やかな赤い液体を見ながら、そんな多分失礼なことを思った。
続いて俺も見習って指から血を垂らし、どす黒くなった液体を混ぜるらびらびを眺める。
どう控えめに見ても魔法少女じゃなくて黒魔術の儀式にしか思えない。しかも生贄とかやるヤバい系の。
見た目と臭いも相まってドン引きしつつ待つ俺に、らびらびはぽつりと声を掛ける。雰囲気もあって正直ちょっと怖かった。
「……耕太郎」
「どうしたの、次は呪文じゅないの?」
「呪文を唱え始めれば、恐らくその魔力を感知してレギオンが目覚めるぴょん」
「そういうシステムなんだ。じゃあ噛んだりしないよう気を付けないとね」
「だからその前にせめてデメリットだけは、魔法少女の背負う枷だけは教えておくぴょん」
重々しく語ろうとするらびらびを見て、ついくすりと笑みが零れる
さっきは信用してないなんて言ったけれどほんの少し、指先くらいならしてもいいかもしれない。
ほんのり胸が温かくなるのを感じながら、手を突き出してらびらびを制止した。
「言わなくていいよ、らびらび」
「耕太郎、でもそれは」
「いいよって、もう言った」
「………………恩に着るぴょん」
「お互い様。らびらびが来なかったら、そもそも何も選べなかったんだから」
長々と悠長に話を聞く余裕は無い。それに魔法少女のデメリットがなんであれ、受け入れられないものだったらさっさと死ねばいいだけの話だ。
仮に自殺が無理でも魔法少女は他にもいて、らびらびの口振りだとどうも彼女達を管理する組織もあるらしい。なら最悪、そこに俺の処分をお願いすればいいだろう。
『───』
らびらびが何かを、聞き取れない言葉を唱えるにつれ、大地が大きく揺れる。音のしない脈動が心臓に響く。
馴染みのある背筋に走る悪寒、命の危機だ。どうやらレギオンが目覚め始めたらしい。
釣られて早く大きくなる脈拍を抑えるため、目を閉じてらびらびの詠唱にだけ集中した。
「……終わったぴょん。次は、これを飲んで欲しいぴょん」
差し出されたガラスの器には、虹色の液体が入っていた。ゲーミングマジカルブラッドウォーター。意を決して飲み干したそれは、とても七色の味がした。
「まっずい」
「お互い様ぴょん。人の血なんて飲めたものじゃないぴょん。ゲロまずぴょん」
「苦情が三倍になって帰って来た」
「これが最期の味になるなら、絶対死ぬほど後悔するぴょん」
「死んだら死ぬほども何も無いって。でも確かに、最後はもっと美味しいものがいいな」
今日は久しぶりに夕飯を完食出来て、しかも味まで感じられた。明日からもこれが続くなら、せっかくだし色々と食べてみたいものもある。
なるほど。かなりくだらないけれど、俺にもまだ死にたくない理由があったらしい。
「それでらびらび、変身、でいいのかな。やり方は?」
「これを使うぴょん」
渡されたのは、渡り鳥の彫刻が刻まれた金の懐中時計だった。
見覚えが無ければ素直にグッドセンス、なんて喜べたかもしれない。思い切りある俺は滅茶苦茶げんなりした。
「らびらびのロックは外しておいたから、後は耕太郎が念じれば変身出来るぴょん」
「……これ、らびらびのセンス?」
「耕太郎のぴょん。気に入らなくてもお門違いぴょん」
「そっかぁ。女々しいなぁ俺」
理由を聞いてますます気が落ちた。
遥か昔に窓から思い切り投げ捨てたもの。血縁上の父親の、超腹立つセンスが際立った懐中時計。まさかそれがこの土壇場で牙を剥いて来るとは。
何回目かも分からないため息に混じり、突然脳裏に不思議な言葉が浮かんだ。
同時に聞き覚えの無い女の子の声も響く。威嚇するような、それでいて大きな疑念と不安、恐怖が満ちていそうな声色で、どうしてと呟いている。
らびらびが反応していない以上、これは恐らく幻聴。それなりに聞くことはあったけれど、なんでこのタイミングでこんなものが。
眉間に皺を寄せて首を捻る俺を尻目に、らびらびはしたり顔っぽく告げる。ぬいぐるみもどきだから表情は変わっていなかった。
「今頭に浮かんだ言葉がキーワード、いわゆる変身コードぴょん」
「これも?」
「耕太郎センスぴょん」
超中二じゃん、俺。実際学年的には中二だけど、それはそれとしてなんか恥ずかしい。
「──耕太郎、窓!」
鋭いらびらびの声に従うと、そこには真っ黒な影。十中八九、覚醒したレギオンの一部だろう。魔力に反応し襲い掛かって来る、らびらびの言っていた通りだった。
契約の魔力におびき寄せられた化物は数秒後には動き出しこの病室を、俺とらびらびを粉々に砕くだろう。
そんな予想とは裏腹に、どうしてか頭は冷え切っていた。
依然頭の中に響く声、次第に焦りを帯び始めた女の子の声を聞きながら、淡々とその言葉を世界に放つ。
「幻葬」
呟きと同時に、レギオンの体が病室に突き刺さった。
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