魔法使いの仕事
第一話、輸送船「ジュピター13」
宇宙空間に魔法陣が存在している。
それは魔術的に計算された空間に描かれた巨大なオブジェのようなもので、どういった原理か鈍い光を放ちながらその独特な文様を描き出していた。
もう何百年もそこにあるそれは、人々から「ゲート」と呼ばれていた。
そして今、そのゲートがその役割を果たそうとしている。
魔法陣が光り輝くと、文様が描かれた空間が「波打ち」始める。
やがてその波は大きなうねりとなり、そしてその中心の空間から古びた一隻の船が姿を現す。
それは「ゲート」の名前が示す通り。遠い別の空間から船を転移させた光景だった。
ゲートから姿を現したのは、細長い胴体の両サイドにコンテナブロックを取り付け、さながら亀のようなフォルムの宇宙船だった。
船体には剥げかけた塗料で「
「いつもながらすごいもんだな」
その、「ジュピター13」頭の部分にあるブリッジで、若き船長、兼オーナー、シンド―・バットは船のブリッジの船窓からゲートをくぐる姿を眺め、感嘆の声を上げていた。
病気で急死した父の跡を継ぎ、この船の船長になって一年になるが、この景色が一瞬で変わる光景は見ていて飽きない。
巨大な船がくぐれるほどの魔法陣もそうだが、それが星系同士をつなぐ航路になっているというのがいまだに信じられないでいた。
人類はもう何百年も、このゲートを使って星々をつないで星々を行き来していた。
そしてそのゲートは、驚くことに古代の「魔法使い」たちが繋いでいったものだという。
それは、人類の重要なインフラであり、今は人々には姿を見せない魔法使い達が少なくとも古代にはしっかりと存在していたという証明でもあった。
「若旦那はゲートをくぐるのが本当に好きですな」
そんなバットに、機関長のイワン・ミハイロヴィチ・ソコロフが語り掛けた。
立派なひげを蓄えたこの老人は、バットの祖父の代からこの船の機関士を務める大ベテランだった。
この一年アレコレと船乗りの仕事を教えてくれた師匠でもあり、バットにとっては顔も見たことが無い祖父の代わりのような存在だった。
バットはどこか嬉しそうなイワンの言葉に笑顔で頷く。
「一年前まで地上で暮らしていたら、これは本当に信じられない景色だよ。あれを見てると魔法使いが本当にいるんだと思わされるよ」
「もちろんじゃ、くどいようじゃが、この「シンド―運輸」もついこの間までは魔法使いがお得意さんで乗っておったんじゃよ。皆は知らん事じゃが、魔法使いは今でも、この銀河で活動しておる」
「……学校じゃ、魔法帝国の崩壊とともに姿を消したって習うんだけどな」
何度も聞いたイワンの昔話が始まり、バットは思わず苦笑した。
なんでも、この船「ジュピター13」は魔法使いたちから祖父が膨大な借金をして買い取った船であったという。
星間戦争時代は、あちこちを飛び回って大活躍したのだというのだが、真相は分かったものではない。
年寄りの話は盛られがちなものだし、何しろこの船は、建造が一体何年前のものなのか見当がつかないほど古い船で、積んでいるエンジンも「エーテル機関」という、今では歴史の教科書でしか見ない骨董品のようなエンジンをいまだに積んでいる。
どうやら魔法の力を動力として使っているらしいのだが、今となってはメンテナンス方法はイワンしか知らないわ、替えの部品は見つからないわで非常に扱いづらいものとなっていた。
この骨董品級の輸送船が一体何ができたのか、バットには全く想像もつかない。
同時に年寄りの思い出に水を差す気もないので、話半分で聞いてはいるのだが、流石にこの巨大な魔法陣で何光年もジャンプすると魔法使いの存在は否定できない。
今はどうかは知らないが、魔法の力は今でも社会を支えるインフラに深く関わっているのだから。きっとどこかに居るのだろう。
それはバットにとって、なにかロマンを掻き立てられるような気がするのだ。
そして、もう一つ、バットはゲートをくぐるたびに、なにか懐かしいものを感じていた。
それを感じるたびに、頭の中に忘れていた昔の思い出が呼び起こされるような気がする。
小さな女の子、
彼女との思い出。
そして約束……。
一体何なのか思い出せないイメージが浮かんでくる。
それは、やはり魔法の力なのか?
バットは、毎度ゲートをくぐるたびにそれが気にかかって仕方がなかった。
「まあ、そういう歴史のある会社ですから。せいぜいつぶさないように船長には頑張っていただきたいですわね」
そして、航法士の席に座る航法士兼経理係の女性、
クールな眼鏡の航法士である年上の彼女は、どんな仕事でもそつなくこなす才女ではあるのだが、いつもなにやら退屈そうに仕事をしているどうにも底の読めない女性だった。
それでもこの会社は居心地がいいらしく、彼女はなんだかんだ言いながら、この席に座り、暇を見つけてはすました顔で手元のゲーム機を操作する毎日を続けている。
バットは、会社の数字に関する業務を一任している彼女に書類を渡され、会社の現実を思い出してため息をついた。
税金や保険料や船の維持費、そして給料の支払い……そこには若い経営者でもあるバットには残酷な数字が並ぶ。
「……そうだな、魔法使いのお得意さんがいるなら、まずは割のいい仕事が欲しいや」
経営者、兼船長と言えば聞こえはいいが、それは夢からは程遠い、残酷な借金の山との果てなき戦いであった。
父の跡を継ぎ、こんなことをやっているのも、ロマンを追い求めての事ではなく、残された社員と、借金をどうにかしなければならないという事情の方が大きい。
魔法が使えるなら、この経営状態を何とかしてほしいというのがバットの切なる願いだった。
だが、それをイワンは高らかに笑い、バットの背中を叩く。
「まぁ、そりゃ止めといた方がいい。「魔法使いの仕事」といえば昔から宇宙船乗りの間では厄介な仕事の代名詞じゃ。先代もあれには関わらんように言い残しておるし、当分は地道にやらねばな」
一攫千金は期待していないがなんとも気の遠くなるような話だ。
バットは書類の数字を眺め、改めて自分が経営者としても、船長としても未熟なことを自覚した。
「今の仕事は、コンテナ輸送。まずはこれを確実にこなすこと……か」
ひとまず魔法の話は忘れ、バットは船長席のコンソールを操作して、今後の予定を確かめた。
「郭さん、次の星まではどれくらい?」
「惑星タサキまでは銀河標準時間でおおよそ8時間。軌道衛星上で何か騒動があったような情報が入っていますが、おおむね予定どおりの時間で行けそうですわ」
バットの言葉に航法コンピュータを操作し、郭が恒星風、周辺情報などのデータを入力する。
すると、メインスクリーンにグラフィックで図式化された航路がはじき出された。
バットはその図に頷くと、操舵席に座る巨漢の操舵主に声をかける。
「エイトさん、航法データ入力、針路1-6-5お願いします」
「了解。航法データ入力。針路1-6-5よーそろ!操舵、セミオートに切り替え。」
いつも寡黙な操舵主、サージェント・エイトは、バットの指示を忠実に復唱し、手元の計器を操作する。
この筋肉質、巨漢の大男がこの「シンド―運輸」の三人目の社員。操舵主であった。
熊のような風格のこの操舵主は、指示には忠実だが、無口でほとんど向こうから話しかけてくることはなく、まるで船の一部であるかのように操舵席に座っている。
朴訥で悪い人ではないようだが、何を考えているかわからないという点では郭と似たり寄ったりの人物だった。
そんな彼が、操作を完了すると、船は方向を微調整し、加速をかける。
ブリッジの全員に軽いGがかかり、バットを船長席に押し付けた。
そして、推進剤の噴射光を輝かせ、「ジュピター13」は4人を乗せて宇宙を進む。
目的地は自由交易惑星「タサカ」。
三人の船員と一隻の船。
それが今のバットの全財産だった。
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