Ride6 防具屋の誇り

 マッハドラゴンの鱗を手に入れ、私たちは今、森の木陰から村を見ています。ダイ村、という名前だそうです。

 村は高い柵に囲われ、入り口には、槍を持った男の人が一人立っていました。


「見張りか……。辺境の小さい村とはいえ、近頃は物騒だからな」


「物騒って?」


「魔王軍だよ。最近、急激に勢力を拡大し、あちこちの町や村を支配下に置いているという噂だ」


 魔王軍……。そんなものまで存在するなんて……。だけど、ということは……


「勇者は、いないんですか?」


「ユーシャ? なんだ、それは?」


 あれ?


「えっと、魔王を倒すために、世界中の期待を背負って、旅をする若者……かな」


「……そんなものがいたら、こんな世の中にはなっていないさ」


 そうなんだ……。


「まぁ、魔王軍がわざわざこんな小さい村を落とす理由もないだろうがな。そんなことより、今は服と食料の確保が先だ」


「そ、そうでした」


 アウラさんは村の入り口と、周辺を確認しているようでした。


「……よし。まずは私が鱗を換金し、服を買ってこよう」


 私は改めて、アウラさんの格好を眺めます。本当に、胸が今にもこぼれそうで、腰布も最低限……こうしてしゃがんでるだけでも見えちゃいそう……。


「で、でも、そんな格好で……ですか?」


「お前も似たようなものだろう。それに、お前はどうも世間知らずのようだからな。私に任せておけ」


 たしかに彼女の言うとおりでした。……アウラさんよりは、まだマシな格好だと思いましたけど……。


「では、行ってくる。なに、警戒している見張りだけかわし、村に入ったあとは堂々としていればいいんだ。やましいことなど一つもないのだからな。剣は預けたぞ」


 そう言うと、姿勢を低くして草の茂みに身を隠しながら、村の入り口に近づいていきます。

 石を拾って見張りの向こう側へ投げると、柵に当たって、コン、と音がしました。

 アウラさんは、見張りがそちらを見た一瞬の隙に、脇を通り抜けて村の中へ姿を消しました。



  △



「防具屋は……あそこか」


 「堂々としていればいい」とミタライには言ったが、このような格好、できるだけ他人に見られないに越したことはないはずである。

 しかしあろうことか、アウラは敢えて通りの真ん中を、堂々たる歩き方で防具屋へ向かう。何か意図があってのことか、あるいは見られてもどうにでもなるという、絶対的な自信ゆえか。

 村人たちが好奇の目、そして下賤な目で彼女の肢体を眺め、舌なめずりをする……ようなことはなく、誰にも見られずに、あっけなく防具屋の前に到着した。


「……ま、まぁ、小さな村だからな。こういうこともあるだろう……」


 防具屋に入ると、店主がカウンターの向こうから「らっしゃーい」と、顔を上げずにやる気のない挨拶をする。どうやら本を読んでいるようだ。

 アウラは、カウンターの前に立って声をかける。


「店主、この鱗を買い取ってはもらえないだろうか?」


 店主が顔をあげてアウラの姿を見ると、ガタンッ、と危うくイスから落ちそうになる。


「な、な……あんた、なんだその格好……!」


 無理もない。目の前には見たこともないようなエルフの美女、そのうえ身につけているものといえば……それは前述のとおりである。


「……理由わけは聞かないでほしい。これを買い取ってくれ」


 アウラは、店主の熱い視線を感じながら手短に言う。


「お、おぉ……。ど、どれどれ?」


 店主はちらちらとアウラの肉体を気にしながらも、鱗の鑑定をはじめる。


「……」


「……うーん……。十ゴールド」


 ……は?


「マッハドラゴンの鱗だぞ! それも五枚! 目が腐っているのか!?」


 そう言うと、店主は先ほどまでと打って変わり、ギラリと鋭い視線をアウラに向ける。


「な……なんだ?」


「こいつぁアシナガリザードの鱗だ。マッハドラゴン? 姉さん、嘘はいけねぇな」


「そ、そんなはずはない! 特徴は確かに一致していた! スピードもかなりのもので……」


 店主はふぅっ、とため息をつき、カウンターを指でとんとんと叩きながら話す。


「緑色の鱗に覆われ、赤い目で、二足歩行」


「……そうだ」


「そして、約十五メートルの巨大なカラダで、大きな翼を持ち、音よりも速く飛ぶと言われる幻のドラゴン」


「……は? 巨大なカラダと、大きな翼……?」


 ギロリ、と睨みつけられ、アウラは思わず視線を逸らす。


「たしかに、マッハドラゴンはこの地域に存在する。アカシ山のてっぺんにな。だが、最後に目撃されたのは十年以上前。俺も、鱗を見たことは一度しかねぇ……」


 店主は、どこか遠い目でそれを語る。


「しかし、アシナガリザードはふつうモトクロさんに住み、この辺にはいないはずなんだがな……」


 しかし、アウラはこの状況にもめげずに交渉を続ける。


「ふ……そうか。なら、仕方ない。私は訳あって金が必要だ。……好きにしろ」


「……なに?」


「私のカラダを、好きにしろと言っている……! 見られたときから気づいていた。くっ……、私のカラダが、欲しいのだろう?」


 アウラは顔を赤らめて両腕を組み、胸を下から押し上げ強調する。


「……エルフの姉さん。ニンゲンを……いや、防具屋を舐めとんのか?」


 ……店主の目は、職人の、漢の目だった。アウラのカラダには一瞥もくれず、彼女の目だけを真っ直ぐ見つめている。


「ば、ばかな……」


「マッハドラゴンの鱗は防具屋の夢だ! 簡単に口にするんじゃねぇ! そのうえ、『カラダが欲しいんだろう』、だと?」


 ゴゴゴゴゴ……!

 

 店主が身を乗り出す。この男……手強い……! そう直感し、たじろいだアウラは、立てかけてあったひのきの棒を手に取り、反射的に彼の頭に振り下ろしていた。


 ゴンッ!


 店主はカウンターに突っ伏し、動かなくなった。


「し、しまった! つい殺気を感じて……!」



  △



 ガサガサッ! 音がしたのでそちらを見ると、アウラさんでした。


「あ! アウラさん、おかえりなさい!……あ、あれ? 服は……」


「……すまん」


 アウラさんはポツリと言いました。

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