異世界最強パーティは私の家でよしよしされたい~母性カンストJKに甘やかされて魔王を瞬殺できそうです〜
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第1話 雨と泥と肉まん
一言で言うなら、それは「捨て猫」だった。
いや、正確には猫じゃない。人間だ。しかも四人。
さらに言うなら、全員がとびっきりの美少女ときた。
十一月の冷たい雨が降る、夕暮れの公園。
スーパーからの帰り道、いつもの植え込みの陰に、彼女たちはうずくまっていた。
泥だらけのローブ。
刃の欠けた剣。
まるで、ハロウィンの仮装パーティーの帰りに、ドブ川に落ちてそのまま遭難したような有様だ。
普通なら、関わっちゃいけない案件だ。
見て見ぬふりをして、足早に通り過ぎるのが、正しい現代人の防衛本能だと思う。
でも。
「……うぅ」
四人の真ん中で、一番
濡れた仔犬みたいな、情けない声。
その瞬間、私の胸の奥にあるスイッチが、カチリと音を立てて入ってしまったのだ。
ああ、もう。
放っておけないじゃないか。
「……あー、もしもし」
私は傘を差し掛けながら、しゃがみ込んだ。
エコバッグの中で、温かいコンビニの袋がカサリと鳴る。
声をかけた瞬間、四人の空気が一変した。
ピリッとした緊張感が走る。
金髪の子が、ガバリと顔を上げた。
その
「
彼女は私の喉元に、欠けた剣の切っ先を突きつけた。
手がプルプルと震えているせいで、狙いは定まっていないけれど。
「魔王軍の追っ手か……! 貴様、どこまで我らを追い詰めれば気が済むのだ!」
「えっと、あの」
「答えろ! 我が名はアリシア! 誇り高き王国の勇者なり! たとえ魔力が尽きようとも、貴様ごときに後れは取らぬ!」
勇者、と言った。
たぶん、そういう設定なんだろう。
真に迫った表情だけど、顔についた泥のせいで、威厳というよりは「必死な迷子」にしか見えない。
「落ち着いて。私は
「問答無用! 皆、下がっていろ! 私が最後の力を振り絞って……!」
勇者ちゃんが叫び、後ろの三人――小柄な子、修道服っぽい子、背の高い騎士っぽい子――を
けなげだ。
でも、その「最後の力」とやらが残っていないのは、私にだってわかる。
だって。
――グゥゥゥゥゥ……キュルルルル……。
雷鳴かと思った。
いや、違う。
それは、勇者ちゃんの可愛らしいお腹から響き渡った、生命の悲鳴だった。
時が止まる。
雨音だけが、サーッと
「……あ」
勇者ちゃんの顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。
剣を持つ手が、恥ずかしさでさらに激しく震え出した。
「ち、違う! 今のは、腹の虫が鳴いたのではない! 体内に封印されし魔獣の
「はいはい、わかったわかった」
私は苦笑して、エコバッグをごそごそと探る。
もう、強がっちゃって。
限界なんでしょ?
顔に書いてあるよ。「お腹すいた、助けて」って。
「これ、あげる」
私が差し出したのは、さっきコンビニで買ったばかりの「特選豚まん」。
ほかほかだ。
薄い紙に包まれた白い塊から、美味しそうな湯気が立ち上っている。
冷え切った雨の中で、その湯気だけが唯一の「救い」のように見えたはずだ。
勇者ちゃんの鼻が、ヒクヒクと動いた。
本能だ。
理屈より先に、匂いが脳を揺さぶっている。
「な、なんだこれは……」
「豚まん。毒じゃないよ」
「毒……? そうか、これは罠か! 魅了の魔法がかかった
疑り深いなぁ。
でも、その視線は豚まんから一ミリも動いていない。
後ろの三人も、ゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「罠じゃないってば。ほら」
私は豚まんを二つに割った。
ふわっ、と濃厚な肉の香りが弾ける。
ジューシーな肉汁が、断面からじわりと溢れ出す。
これは暴力だ。
空腹の胃袋に対する、抗いようのない暴力的な誘惑。
「ん」
半分を、彼女の口元に近づける。
彼女はビクリと身を引いたけれど、もう限界だったようだ。
震える手で、剣を地面に落とした。
そして、恐る恐る、私の手から白い塊を受け取る。
「……熱っ」
「ふふ、熱いから気をつけてね」
「い、いただきます……」
彼女は小さな口を大きく開けて、豚まんを頬張った。
ハフッ、ハフッ。
熱さに目を白黒させながら、
その瞬間。
カッ。
彼女の碧い瞳が、見開かれた。
世界が変わったような顔をした。
「……う」
「どう?」
「うまい……」
ぽろり。
大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。
雨粒と混じって、頬の泥を洗い流していく。
「うまい……なんだこれ、温かい……柔らかい……」
「コンビニのだけどね。美味しいでしょ?」
「……うぅ……うわぁぁぁん!」
勇者ちゃんは、泣き出した。
子供みたいに。
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、豚まんを握りしめたまま、声を上げて泣きじゃくる。
緊張の糸が、ぷっつりと切れたんだろう。
「よしよし、怖かったね。お腹すいたね」
私は自然と手を伸ばしていた。
雨に濡れた金色の髪を、ゆっくりと撫でる。
雨水で冷たいけれど、その下にある体温は、ちゃんと温かい。
「もう大丈夫だよ。誰もいじめたりしないから」
彼女は抵抗しなかった。
むしろ、私の手のひらに頭を押し付けるようにして、擦り寄ってくる。
ああ、やっぱり猫だ。
それも、すごく甘えん坊な猫。
「そっちの子たちも、おいで。あと三個あるから」
私が声をかけると、後ろで様子を伺っていた三人も、わらわらと寄ってきた。
みんな、私の周りに集まって、豚まんをハフハフと頬張る。
夢中で食べるその姿は、物語の英雄なんかじゃない。
ただの、お腹をすかせた女の子たちだ。
――さて。
私は四人が食べ終わるのを待ちながら、空を見上げた。
雨はまだ止みそうにない。
十一月の雨は、骨まで冷やす。
こんなところに置いていったら、本当に死んでしまうかもしれない。
うちのアパート、狭いけど。
六畳二間だけど。
まあ、四人くらいなら、
食べ終わって、少しだけ落ち着いた様子の四人が、不安げに私を見上げている。
まるで「次はどうなるの?」と問いかけるような目。
捨てられた子たちが、新しい飼い主の顔色を伺うような、あの目だ。
私はしゃがんだまま、ニッコリと笑ってみせた。
できるだけ、安心できるように。
「うちはお風呂あるよ。あったまるよ。来る?」
四人が、コクコクと同時に頷いた。
「よし、決まり。帰ろうか」
私は立ち上がり、勇者ちゃんの手を引いた。
その手は小さくて、ボロボロで、でも強く握り返してきた。
これが、私と、異世界最強(らしい)彼女たちとの、奇妙な共同生活の始まりだった。
まさかこの後、うちのトイレで勇者ちゃんが絶叫することになるとは、この時の私はまだ知らなかったけれど。
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