魔道具《セオドア side》

 ポカンと固まるアランとキースの前で、私はこう言い放つ。


「私は義務や責任のある立場など、御免だ。面倒臭い」


「「セオドア(くん)……」」


 『そういう事情ことか』と納得しながら、アランとキースは何とも言えない表情を浮かべた。

と同時に、私は書類のリーダー欄をトントンと指先でつつく。


「それで、どちらがやる?」


「僕は遠慮したいッス。リーダーという柄では、ないし……何より、気が引けるというか」


 チラリとこちらを見て、キースは身を縮こまらせた。

恐らく、私を差し置いてリーダーになるのは抵抗があるのだろう。

『キースらしい理由だな』と感じる中、アランがポリポリと頬を掻く。


「じゃあ、俺か。まあ、いいけど」


 小さく肩を竦め、アランはあっさりリーダーを引き受けた。

その横で、私はパーティーの申請書類にも記入を行い、登録用の書類と共に提出。

晴れて、冒険者になった。


「では、二人とも改めてよろしく頼む」


 ────その言葉を合図に、私は現実へ意識を引き戻す。

手元にあるタブレットを見つめ、『本当に変わったものだ』と目を細めた。

なんだか感慨深く思いつつ、私は紙とペンを手に取って作業する。


「────設計図の簡略化、終わったぞ」


 三十分と経たずに作業を終え、私はタブレットと作成した資料を差し出した。

すると、キースはソレらを受け取って僅かに表情を和らげる。


「早くて、助かるッス」


 『これで本格的に作業出来るッス』と意気込み、キースは視線を上げた。


「じゃあ、今度はこっちをお願いしてもいいッスか?」


「ああ」


 当たり前のように次の指示を出すキースに、私はやはり違和感を覚えるものの……それと同時に、心地良さを感じた。

『必要に応じて始めた対等な関係だが、悪くないな』と思う中、魔道具の制作は進み────数ヶ月ほど経過する。


「で、出来た〜!」


 キースはついに完成した魔道具を眺め、うんと表情を柔らかくした。

緑の瞳に安堵と歓喜を宿す彼の前で、私達も肩の力を抜く。

キースほどではないものの、結構大変だったので。


「じゃあ、セオドアくん。早速ジーク様のところに行って、魔道具を取り付けてほしいッス」


 こちらに完成した魔道具を差し出すキースに、私は少しばかり目を剥いた。


「キース自らやらなくて、いいのか?」


 魔道具の実践は謂わば、有終の美だ。

一番制作に貢献した者が、担うべき事項だろう。


「正直、もう疲れたんで休みたいッス」


 『寝不足で、ヘロヘロなんスよ……』と苦笑し、キースは小さく肩を竦めた。


 恐らく、これは本音半分建前半分だな。

家族である私に、兄の治療を譲ってやりたい思いも少なからずある筈だ。

全く……そんな気遣いは不要だというのに。

だが、まあ────


「分かった」


 ────せっかくの厚意なのだから、受け取っておこう。


 『無下にするものでは、ない』と判断し、私は魔道具を手にする。

そして、一度この場を後にすると、兄の自室へ足を運んだ。


「お前達は席を外せ」


 部屋に詰めていた主治医や侍女を退室させ、私はベッドに近づく。


「相変わらずの間抜け面だな」


 久々に見る兄を前に、私は悪態をついた。

『起きたら、少しはマシになるか』と考えながら、彼の顔に手を伸ばす。


 この留め具をそれぞれ左右の耳に掛ければいいんだったな。


 マスクのような……顔の下半分だけ、隠れる仮面みたいな形状の魔道具を兄に取り付ける。

その際、彼の短い黒髪がサラリと揺れた。


「あとは、スイッチを入れるだけだな」


 しっかり装着出来たことを確認し、私は顎の下あたりにある突起を押す。

ジジッと微かな音を立てて起動する魔道具を眺め、私は顎に手を当てた。


 効果内容が効果内容なだけに、ちゃんと作用しているのか分からないな。


 『マナを使用者の体内へ入る前にある程度分解しておく』という仕様を思い浮かべ、私は近くの椅子に座る。

そのまましばらく様子を見ていると、兄の顔色が少し良くなった。


 詳しいことは医者に聞いてみなければ分からないが、回復傾向にはあるようだ。


 きちんと魔道具が作用していることを確信し、私はおもむろに席を立つ。

『そろそろ、主治医を連れてくるか』と思案する中、不意に────


「ん……セオドア?」


 ────と、私を呼ぶ声がした。

反射的にそちらへ視線を向ける私は、母そっくりの青い瞳と目が合う。


「ようやく起きたか、愚か者」


 溜め息混じりにそう言うと、兄が目を瞬かせた。


「あ、ああ……お前、帰ってきていたんだな」


「お前が倒れたと聞いたものでな、仕方なく」


「倒れた、だと?一体、何故……あと、このマスクはなんだ?」


「そこら辺はまた後程、説明する。とりあえず、マスクは外さないように」


 まだミレイ達と細かい口裏合わせが出来てないため、私は質問を躱した。


「それより、体調はどうだ?」


「ちょっと怠いが……それ以外に異変はないな」


 手を閉じたり開いたりしながら答える兄に、私は小さく相槌を打つ。


「そうか。なら、いい」


 クルリと身を翻し、私は真っ直ぐ扉に向かっていく。

『一先ず、主治医を呼んできて……両親にも、声を掛けなければ』と考えていると、


「なあ、セオドア」


 兄に呼び止められた。

『何か用でもあるのか』と思い、振り返る私の前で、彼は上体を起こす。


「────ありがとう」


「何の感謝だ」


「私を治療してくれたことへの、だ」


 治療については一切言及していないというのに、兄は何故か見抜いていた。


「確信はないが、きっとお前のおかげだろう?今こうして、いられるのは」


「……私一人の力では、ない」


 さすがに自分だけの手柄にするのは気が引けて、私は訂正した。

ミレイの存在があるから迂闊なことは言えないが、これくらいは構わないだろう。


「なら、協力してくれた人達にもお礼を言わなければな」


「それは私から、伝えておこう。だから、安静にしておけ。それで────」


 一度言葉を切り、私は腰に手を当てる。


「────今後はもう二度と、このようなことが起きないようにしろ。兄上が健在でなければ、私が困るのだ」


 『次期当主になど、なりたくない』と告げる私に、兄はクスリと笑みを漏らした。


「ああ、気をつける。セオドアが自由を謳歌出来るよう、せいぜい長生きするさ」


 ポンッと軽く胸元を叩んで、兄は意気込む。

相変わらず真っ直ぐで太陽のように暑苦しい彼を前に、私はスッと目を細めた。

『その言葉、忘れるなよ』と述べつつ、兄の自室を後にする。

そのとき、少し頬が緩んでいたのは……きっと気のせいだ。

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