16番目の彼女 ~元お嬢様学校で、クラスワーストの子に恋をする~
緑茶わいん
まるで少女マンガの世界
緩い坂道を上って、歴史を感じる校門をくぐって。
桜舞う並木道の向こうに──その学校はあった。
『私立白鈴学院』。
十年くらい前に共学になった元お嬢様学校。
昔の名残か、道行く生徒は今でも女子のほうがだいぶ多い。
この学校に通うことになったのは家庭の事情だ。
中学三年の夏頃、親の転勤で引っ越しが決まった。
中学はそのまま卒業することになったものの、両親は高校での一人暮らしには難色を示した。
そんな時、母が思い出したのが自身の母校。
新しい家からも近いし、どうせならここに通ったらいいと推されて、つい頷いてしまった。
「どんなところなんだろう」
知り合いのいない環境は不安もあるが、わくわくする気持ちもある。
中は改装されて使いやすくなったものの、外観は古風なままの校舎。
マンガに出てきそうな環境は、新しい始まりを予感させてくれる。
体感2倍くらいいる女子にまじってクラス分けを確認し。
真新しい制服を気にしながら入学式を迎えて。
「きゃああ、生徒会長よ!」
「ああ、お姉様……いつ見てもお美しい……!」
『みなさん、入学おめでとうございます。この良き日に、学院に新たな仲間を迎えられたことを嬉しく思います』
「副会長も、いつ見ても凛々しくて……」
「本当に絵になるお二人だわ……!」
『この伝統ある学校を受け継いでいく者として、学院の名に恥じない行動を期待する』
ウェーブロングの、お姫様のような生徒会長。
黒縁眼鏡に短髪の、見るからに堅物な副会長。
控えめながらあちこちから上がる上品な歓声に「えええ……!?」ぽかん、と口が開いてしまった。
マンガみたいな学校だとは思っていたものの。
◇ ◇ ◇
「僕の名前は
「
これじゃ少女マンガの世界だろ……!?
振り分けられた『1-A』のクラスメートは美男美女ばかり。
きらきらした雰囲気に包まれているようで、ついつい気後れしてしまう。
ただでさえ自己紹介は緊張するのに。
順番が回ってきたので仕方なく席を立って、ぎこちない笑顔を作る。
「
こういう時、なんて言えばいいのか本当に迷う。
マンガが好きとか言うのは場違いな気がするし、かといって読書が趣味ですって言って後で突っ込まれても困る。
こういう時、マンガの登場人物はどうやって乗り切って──さっきのきらきらした自己紹介がそれか?
「母がここの卒業生で、勧められて入学しました。卒業前に楽しい思い出が作れたらいいな、と思っています」
結局、当たり障りのないことを言って乗り切った。
ただ、本当に乗り切れたかどうか──みんなにどう思われたかは詳しくわからないのも怖いんだよなこれ。
でも、今回は大丈夫かもしれない。
だって、目立つ人が多いからみんな一和の話なんてそんなにちゃんと聞いてない。
◇ ◇ ◇
入学式後のLHRが終わると一気に教室内が賑わい出した。
クラスの人数は男8女16の計24人。
女子が多いので、白い女子制服に黒い男子制服が紛れている感じになる。
「うん、今使ってるヴァイオリンは祖父からのプレゼントなんだ。好きでよく弾く曲は──」
「ヴァイオリンとか洒落てるよなー。俺なんてリコーダーくらいしかできないぜ」
一番人だかりができているのは、王子様めいた少年──あの一ノ瀬の周りだ。
そんな彼に気安く話しかけて肩を叩く別の少年もいる。
少女マンガのメインキャラと、その相棒役っぽい。
もしここがマンガの世界だとして、主人公もどこかにいるとすれば。
「つぐみちゃん、どこの部に入るか決めた……?」
「うーん、まだ悩んでるんだよね。家庭科部も面白そうだし、合唱部も捨てがたいし。いっそ運動部に入ってみるのも面白そう」
自己紹介で明るい笑顔を振りまいていた陽坂つぐみだろうか。
身軽そうなショートボブ。
一目で強い印象に残るタイプではないものの、よく見ると整った顔立ち。
愛嬌があって表情がころころ変わるのが、話していて楽しそうなタイプだ。
一ノ瀬に話しかけるクラスメートをよそにマイペースなのもポイントが高──。
「陽坂はクラス内ランキング8位ってとこだな」
帰るタイミングも誰かに話しかけるタイミングも逃した一和がクラスを見渡していると、前の席に黒い男子制服が腰かけた。
愛嬌はあるものの、どこかやんちゃというか、悪戯が好きそうな雰囲気。
「……ランキングって?」
「彼女にしたいランキングに決まってるだろ」
決まってるか? と、一和は首を傾げた。
「陽坂さんはすごく可愛いと思うけど」
「お? お前、陽坂みたいなのがタイプなの? じゃあ告っちゃえよ、付き合うなら今のうちだぜ?」
「ちょっ、声が大きいって」
本人に聞こえたらどうする──「この学校にもいるんだね、ああいう人」「あはは、可愛いって言われて悪い気はしないけどね」ほらやっぱり。
「そういうのやめてくれないかな」
「悪い悪い。で、陽坂はいいとして、誰を1位にするかで迷ってるんだよなあ」
話を聞け。
「……独断と偏見で作ってるだけなんだよね?」
「そうだけど。あ、ちなみに最下位は決まってるぜ。誰だと思う?」
「ランキングとか言って勝手に人に点数付けるのは良くないと思う」
「ばばーん! 最下位は
良くわかった、彼は少女マンガなら「無駄に女子にちょっかいかけて引っかきまわしたり、傷ついているところに追い打ちをかけて泣かせる役」だ。
無視してさっさと帰るなり、一言言ってやるなりしたほうがいい、と思ったところで「ちょっと、いい加減にしてよ!」と怒声が降りかかった。
立ち上がって一和たちのほうに歩いてきたのは他でもない、陽坂つぐみ。
「なんだよ。こいつも言ってただろ? 独断と偏見で勝手に言ってるだけだって。なあ?」
危機を察して作り笑いを浮かべる少年──名前なんだっけ。
一方の陽坂は笑顔で怒りを表して、
「芳乃くん、だっけ? この人と知り合い?」
「いや、初対面」
「おまっ、助けろよ! 同じ男なら気持ちわかるだろ!?」
「大きな声で人を馬鹿にする気持ちはわからない」
助命の嘆願を切って捨てると、陽坂は「気が合うね」と微笑んでから少年を叱り始めた。
「あのね、ああいうの、人に悪口言ってるのと同じなんだからね!?」
やっぱり彼女は主人公になれる器だ。
あのランキング男は憎まれるタイプのわき役として──少しでも主人公と話ができた一和も、わき役Cくらいにはなれただろうか。
それから一和が、月下雛菊=陽坂と話をしていた女子だと気づいたのは、家に帰りついてからのことで。
◇ ◇ ◇
「……あのね、芳乃くん。わたしと、お付き合いしてくれませんか……?」
夕陽に染まる教室で。
男子から「彼女にしたいランキング最下位」と評された少女──月下雛菊に。
恥ずかしそうに、それでも、ちらちらとこちらへ視線を送りながら。
そっと、告白の言葉を投げかけられたのは、それから一か月ほど後のこと。
お互いに、少女マンガでメインを張れる器じゃない。
せいぜいサブキャラ同士だけれど、雛菊が可愛くない、などとは一和は決して思わない。
むしろ、オレンジ色の光に淡く照らされた彼女はとても綺麗で。
「僕でよければ、喜んで」
少女マンガではないにしても、平凡なラブコメの始まりのように。
一和は、クラスで一番可愛くないらしい──とても可愛い女の子と恋人同士になった。
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