第4話

 しばらくはそのサイクルを続ける毎日だった。

 次第に、筋肉が付き背が伸びた。初めは水障壁ウォーターウォールを同じくらいだったのが、優に超すようになり、一年経てば師匠と同じくらいになった。


 その成長に比するように、木刀が小さく軽くなってきたので、師匠に伝えれば、どこからか、大きな重い木刀を持ち出してきた。

 どんどんと負荷を増やしていき、強くなったと実感できるようにまでなった。

 素振りは時間が許せば永遠にできそうなほどになったし、芯がぶれたり肩が上がったりなんてこともなくなってきた。


 しかし、それだけになっても壁を切ることは出来ていない。


 そんな悔しい日が続く中だ。


 今日は、切ることが出来そうな気がした。朝から、自分と世界が一体になったかのように感じられ、風を感じ、どこから風が来るのか、どう流れているのかも感じ取れる。


 「ずいぶん今日は素振りが冴えてんなぁ。キヒヒヒ!俺らのプレートが見えるようになる日も近いか?」


 「ええ。今日であの壁叩き割ってやりますよ」


 「キヒヒヒ!そいつは楽しみだな!だけど叩くんじゃねぇぞ。切るんだ!こうスパッとな」


 師匠の言葉に笑いで答える。

 風が感じられ、その風に乗せて剣を振ってみる。

 そうすると師匠に今まで一番近づいただろう。風を切る音のない、きれいな振りをできた。


 もしかしたら本当に今日で切れるかもな!


 昼まで素振りをした後いつも通り美味いリプロの飯を食って、自分に喝を入れる。


 「じゃ、行くぞ。別に調子がいいからってペースは緩めねぇからな。ついて来いよ」


 最初と比べて、師匠も手加減が減って、随分速く走るようになった。

 しかし、森での走り方も覚えて、脚力も体力も向上した俺ならばしっかりついていける。これも成長を感じられる部分だな。





 ついてみれば、珍しくマーキュリアが立っていた。腕組みをして、こちらを笑みを浮かべてみている。


 「どうした?無い胸を強調しやがって。わざわざその姿勢見せるために出てきたんだったら邪魔だぞ?」


 「何が無い胸じゃ!!!少しくらいあるわボケェ!……ヴァンディールくんもよくこんな奴と一緒に生活してるわね。こっちにおいでなさいな」


 「あはは……お断りさせていただきますよ。こんな人でも師匠なので」


 「“こんな”っていうんじゃねぇ。弟子ならフォローしてくれよ……まぁいいや。要件は何だって言ってるんだが?」


 不満を隠しきれない顔でマーキュリアは答える。


 「ふうちゃんが、調子がいいらしいって騒いでたから。来てみたのよ。せっかくなら、この目で切るとこ見たいじゃない」


 「なるほどな。確かに風の読み方がさっき上手かったな。ふうのやつがいうんだったら本当に今日は調子がいいんだろう。良かったなヴァンディール。ふうのお墨付きだ。期待してるぞ」


 俺にはふうというのが誰なのかは全くわからないが、応援してくれる人が多いっていうのはうれしいな。

 いいところを見せなければ。



 俺は壁の前へ進み出る。

 風が優しく流れ、俺を祝福してくれているかのようだ。

 先ほどの素振りと同じように、目を閉じ集中して、風を読む。


 スッ――――――――


 音もなく振り下ろされた俺の木剣は、手ごたえもなく、あっけなく壁を切り裂いてしまった。

 今まで、ずっと苦戦していたのがウソみたいに簡単に切れてしまった。

 思いのままに逆袈裟に剣を振れば壁はまたも、容易く切れてしまった。


 後ろで、手を叩く乾いた音が聞こえてくる。


 振り向けば、目を細めて「キヒヒヒ!」と言いながら嬉しそうにしている師匠。

 「当たり前だ」とでもいうように首を振り、手をゆっくりと叩くマーキュリア。

 そして、薄めの緑の短い髪を揺らして、深緑の美しい瞳を細めニコニコと笑っている、俺と同じくらいの少女が手を叩いている。


 「誰ぇ!!!???」


 あまりに馴染んでいる。俺の叫びに三人は顔を合わせ、師匠とマーキュリアは目を丸くし、緑の少女は微笑を浮かべながら首をかしげている。

 壁を切れれば、プレートが見えるようになると言っていたのを思い出して、彼らの頭上を見てみる。


 師匠の頭上には【上悪魔ハイデーモンlv.??】。

 マーキュリアの頭上には【水精霊lv.??】と念願のプレートが浮かんでいて、少女の頭上には【風精霊lv.??】と書かれている。


 風精霊の少女が元気そうに声を上げる。


 「お兄さんすごいねー!マーキュリアの壁壊しちゃうんだ!風ともレプロと同じように仲良くしてくれるし、ふうもうれしいな!」


 「そうだろ?俺が一年間教えたんだ。本人は意識してないだろうが、風を意識する土台ができてる。振り下ろしはなかなか強いぜ?」


 どうやら、二人とこの少女は知り合いらしい。特に仲が悪いとかも無いようだ。

 そのまま、師匠と、自身をふうとよぶ少女が久しぶりに会ったらしく、会話を始めてしまった。

 おいていかれてしまって、話についていけない。


 後ろから肩を叩かれる。

 

 「ついに『水障壁ウォーターウォール』を切れたわね。成長を見れてうれしいわ。明日からは、もっと固くなってるから切れるよう頑張ってね」


 「ありがとうございます。まずは全部の固さを切れるようになるのが目標ですね……ところで、あの精霊さんは一体……?」


 「ああ、あいつら勝手に話し始めちゃったから、わからないわよね。彼女は詩風シー・フー。この森にすみ着いてる風の精霊ね。あなたが、わかっているかわからないけど、あなたの師匠の剣は、風を大切にしているの。そんな剣を受け継いで、手加減したとはいえ、精霊の魔法を切った人がいたから、気になって出てきたみたいね」


 「そーだよ!ただでさえ珍しい人間さんが、マーキュリアの壁を切っちゃうんだもん!風に逆らってなかったし、気になっちゃった!」


 いつの間にかこちらに耳を傾けていた詩風が話に入ってくる

 その顔は嬉しそうで、少しほおが緩んでしまう。


 「おいマーキュリア。うちの弟子が、見た目に騙されてやがるぞ」


 「まぁいいじゃない。見た目は若いんだし、そういうのも青春ってやつよ」


 なんか二人が言ってるけどいいだろう。

 というか話を聞くに


 「もしかして、次の修行の相手はこの子ですか?」


 「そうだ、よくわかったな。今のメニューに追加して、こいつに修行を手伝ってもらおうと思っている」


 「よろしくね!ふう、頑張るからね!人間さんも頑張ろ!」


 笑顔が輝いている。

 疲れが吹き飛びそうだ。


 「じゃあ、どんなことをやるか一回試してみるか」


 師匠は詩風に離れるよう指示し、俺に目隠しをつけ始める。


 「ちょっと師匠?!前見えなくなっちゃいますよ?!」


 「見えなくていいんだよ。それが目的だからな」


 目隠しをされ、全く辺りが見えなくなる。

 遠くから「じゃあ!行くよー!」と声が聞こえてくる。

 いや行くって言われても何が何だかッ―――――


 何となく風の勢いを右前から感じる。

 

 それを飛びのいて避ければ、飛びのいた先にも、風が飛んでくるのが感じられる。


 それを何回も避け続けていれば、一回に飛んでくる量が二つ、三つと増えてくる。

 四つになったところで、体力も切れ、集中力も切れてしまって風にあたってしまう。

 その風に触れると、強い衝撃が走り、力が抜けてしまう。


 「そこまでだ」


 師匠が近寄ってきて、助け起こしてくれる。


 「おー!四つ目まで行けたね!最初からすごいよヴァンディール君!これは風の読みだけなら、レプロ超えちゃいそうだね!」


 少しうれしい。

 師匠を超えられそうなものがあると聞いて、少し興奮してしまうが、やはり疲れが出ている。


 「そんな簡単に超えられてたまるかよ。才能があんのは事実だけどな。でも今日はここまでだ。本格的なのは明日からだな」


 「壁も出し続けるでいいのよね?」


 「ああ、ふうの修行は追加でって話だからな。じゃあ、ヴァンディールも疲れてるし帰るわ」


 師匠が俺を抱えて走り出す。

 人を運ぶにはあんまりにも気づかいのない速さだったが、俺と一緒に走る時よりも大幅に速い。

 この速さを俺も出せるようになりたいな。


 あの泉のほとりを出てから日の位置がほぼ変わらず着いてしまった。


 『おうどうした!?ヴァンディールになんかあったか!?』


 「いやただ動けないくらい疲れてるだけだ。ふうが調子乗ったてのもあるかもだけどな」


 調子乗った?どおりで風の一撃が痛いわけだ。


 『あああの風精霊か。あんま得意じゃねぇんだよな。こいつは俺も腕を振るって回復させなきゃだな』


 どうやらいつも以上においしい料理を作ってくれるらしい。

 楽しみだな。




 出てきた料理は、湯気が立って何とも言えない美しさを醸し出す、スープだった。


 『そいつの中には、ちょいと魔法使って回復効果を混ぜている。英雄ダコを入れた、海鮮のスープだ。さっさと食べちまって元気になりな』


 口に含めば、美味しい海鮮の風味が広がり、優しく包み込んでくれるように感じる。温かい。体の疲労も食べているうちに和らいだ。

 一番すごいのはリプロの料理じゃないか……。


 師匠にさっさと寝ろと言われたので、その後はとくに何もせずに、眠りについた。

 明日からの新しい修行でもっと強くなって、転生者あいつらを絶対殺してやるんだ。そのためにも今日は体を休めようか。

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